39.陛下の命令
私はオーバンを見上げた。
「そと!」
「……それはできません」
「なんで?」
「今日は中にいるようにと言われております」
「なんで?」
オーバンが苦々しい顔をする。
「陛下のご命令です」
「や!」
オーバンがダメだと言うのなら、一人で行くしかない。
私は両手両足をバタつかせた。しかし、オーバンはびくともしない。
大人と子ども。いや、巨人にはどうやったって敵わない。
(こんなことをしてるあいだに、イズールが……!)
どうしたらイズールのもとに行けるだろうか。
なぜ、いつものように魔法が発動しないのだろうか。
いつもであれば、連れて行ってくれたではないか。
ルノーが怪我をしたときも、シェリルが危ないときも、そして、イズールが誘拐されたときも。
(お願い! イズールのところに連れていって……!)
ペンダントの宝石が黒く濁っている。これはイズールが危険な目にあっている証拠だ。
私は何度も願った。
ただ、イズールのところに連れて行ってくれるだけでいい。
けれど、何度強く願っても瞬間移動の魔法は発動しなかった。
「やーーーー!」
私は感情任せに子どものように叫んだ。
腹から叫んだのは初めてだった。
「イズー!」
「イズール殿下は陛下と妃殿下とご一緒です。ですから、ご安心ください」
「ない!」
(一緒じゃない!)
鏡で見たところ、アランもシェリルも近くにいなかった。
それに、アランもシェリルも近くにいるのであれば、余計危険だ。
すると、廊下の奥から一人の少年が顔を出した――ルノーだ。
「レティ? どうしたの?」
「おにー……たま?」
私は目を見開いた。
どこを探しても見つからなかったのに。
「お医者様に診てもらっていたんだ。それにしても何が?」
ルノーは不思議そうに首を傾げた。
目的を思い出し、私は再び両手両足をバタつかせる。
「おろちて! イズー! たすける!」
「イズールに何か? オーバンどういうこと?」
ルノーに問われ、オーバンは眉根を寄せる。
「イズール殿下はただいま陛下とパーティの打ち合わせ中です」
「イズー! あぶない!」
「陛下から絶対に出ないようにと言いつけられております」
オーバンは私をつかんだまま離さなかった。
腕から抜けることも難しく、瞬間移動すらできない。
そんなとき、ルノーが静かに言った。
「オーバン、イズールのところに連れて行って」
「ですが、陛下から今日はどこにも出さないようにと命じられております」
「僕が責任を取るから。僕とレティをイズールのところに連れて行って」
「ルノー殿下……」
「それができないなら、レティを下ろして」
ルノーは厳しい口調で言った。
まるでアランのような雰囲気だ。親子なんだと改めて思う。
オーバンは難しいわずかのあいだ思案したあと、私を抱え直した。
「ルノー殿下、失礼します」
オーバンはそう言うと、ルノーも抱き上げる。
左手に私、右手にルノーを軽々と持ち上げたのだ。
「走ります。捕まっていてください」
言い終わるか言い終わらないかのタイミングでオーバンは走り出した。その速さに舌を噛みそうになって、私は彼の腕にしがみつく。
瞬間移動よりは遅いが、自分で走るよりは何百倍も速い。
オーバンは廊下を走った。
「飛びます」
小さく、しかしハッキリと言った瞬間、階段を飛び降りる。
ふわりと身体が浮いたときは、思わず目を見開いた。
私の部屋は広い王族の居住区の奥にある。奥から、入り口までは相当な距離があるのだが、一瞬と言ってもいい時間で到着した。
居住区の玄関ホールに到着して、オーバンは足を止めた。
私は目を丸める。
王族の居住区の出入り口には多くの人が集まっていたのだ。
アランやシェリルだけではない。
複数の使用人とそれより多い騎士たち。そして、一人の使用人が騎士たちに拘束されていた。
(どういうこと?)
状況がつかめない。
オーバンから床に下ろされても、私は呆然とその様子を眺めることしかできなかった。
「あらあら、レティったら目が覚めたのね。ルノーも一緒だったの?」
シェリルが私のもとへと駆け寄り、私とルノーの頭を撫でた。
彼女の笑顔はすべてを癒やす。物々しい雰囲気の中に、太陽が差しこんだようだ。
すると、ルノーが大きな声を上げる。
「イズール!」
ルノーの視線を辿ると、イズールが人混みの中からひょっこりと顔を出す。
「やあ。ルノー。それに、レティシア姫も。どうしたの?」
イズールはいつもの、なんともない笑顔で私たちに向かって笑みを浮かべた。
額にハンカチを押し当てながら。
私は慌ててイズールに駆け寄る。
「イズー! きず!」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと当たっただけ」
大丈夫と言う言葉は本当なのだろう。
黒く濁っていたはずのペンダントの宝石は綺麗な輝きを取り戻していた。
「レティシア姫、安心して。犯人は捕まえられたから」
「え?」
「陛下にお願いして、捕まえてもらったんだ」
「イズーが?」
「うん。目的は私だろう? だから、トリスティン様にも手伝ってもらって」
イズールが騎士たちを見る。彼の視線を辿ると、騎士たちに拘束された使用人の姿があった。
あれがイズールを狙っていた犯人ということなのか。
つまり、私には秘密で犯人を捕まえたということだ。
トリスティンも一枚かんでいるということは、最近の特訓もこれのためだったのかもしれない。
私は頬を膨らませた。
「ごめんね、ないしょにしてて」
「め!」
「ごめん。だって、レティシア姫が危ない目にあうのは嫌だったんだ」
イズールが申し訳なさそうに私の頭を撫でる。
だからって、秘密にする必要はなかったではないか。教えてくれれば、もっと安心できたのに。
「ひどいな。僕にも秘密だなんて」
ルノーが腕を組んで訴える。
イズールは困ったように笑った。
「ルノーも教えたら無茶するだろう?」
「だからって、秘密にするなんてひどいと思う」
私はルノーの言葉に首が取れそうになるくらい何度も頷いた。
一言くらいほしかった。
「無関係な二人を巻き込みたくなかったんだ。ごめん」
「僕たちだって命を狙われたんだから、無関係じゃないよ」
「ん」
私がルノーに同意した瞬間、騎士たちに拘束されている使用人が叫んだ。
「私は知りません……!」
玄関ホールにいた全員が一斉に使用人に視線を向ける。
「わ、私はわが国のためにイズール・サシュエントを排除するように命じられただけ。他は知りません……!」
使用人はわなわなと震えた。
顔は真っ青だ。そこには恐怖の感情が見える。
嘘か、誠か。
使用人の言葉に反応したのはアランだった。
「どういうことだ?」
アランが使用人のもとに歩み寄る。騎士たちに押さえつけられた使用人は唇を震わせながら言った。
「私はこの国のために動いただけでございます。わかっております。陛下では外交の問題で受け入れるしかなかったのでしょう?」
「それは王である私が決めることだ」
使用人は悲しそうに顔を歪めた。そして、何度も頭を横に振る。
「ですが、私は陛下たちを傷つけようとしたことはございません! この命に賭けても」
使用人の顔は真剣だった。
嘘を言っているとは思えない。
補佐官のクロッツが不思議そうに首を傾げる。
「どういうことでしょうか?」
「詳しい話はあとで聞こう。この者を地下牢へ連れて行け!」
アランが騎士たちに命じた瞬間だ。私の胸にぶら下がっているペンダントの宝石が弾けた。




