33.魔力耐性
「おにーたま殿下は魔力耐性が強いようですね」
「魔力……たいせい?」
ルノーは不思議そうに首を傾げる。
トリスティンが説明する前に、イズールが口を開いた。
「それって、魔法を跳ね返す力が強いってことですよね?」
「おや、イズー殿下は物知りですね。読書家だというのは本当のようだ」
「いえ……それほどでは」
トリスティンが目を細めて笑う。
イズールは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
(そうだった。お兄様は前世でも魔力耐性が強かったんだった)
そのせいで私は何度苦戦を強いられたことか。
偵察につけた蝶を何度も壊され、魔法攻撃は剣一つで跳ね返された。
「イズー殿下の言うとおり、おにーたま殿下は魔法を跳ね返すことができます。まだそこまで強くはありませんが、今から磨けばもっと強力になるでしょう」
「つまり、トリスティンの魔法をはね除けて扉を開けたということですか?」
「ええ、そういうことです。前回は大丈夫だったのに……おそろしい吸収力ですね」
トリスティンはどこか楽しそうだ。
(前回って……。ああ、最初の日の防音魔法……)
私はつい数日前を思い出す。
綺麗な魔法が何重にもかけられていた。
あの日、魔法を破った形跡は見られなかったから、たった一回で魔力耐性が強くなったということだろうか。
「愛の力ですかねぇ~」
トリスティンは乱暴にルノーの頭を撫でる。
ルノーは不服そうにしながらもされるがままだ。まるで猫のようだと思った。
ひとしきり撫でられると、ルノーはトリスティンに言う。
「そろそろ妹を返してください」
「もちろんです。おにーたま殿下は過保護ですねぇ」
「ルノーです!」
トリスティンは何度も頷きながら、私をルノーの前に下ろした。
私は小さく息を吐く。
抱き上げられるのは楽ではあるが、不自由さが好きではない。
相手に生殺与奪の権を握られたような気分になるからだ。
「レティ、大丈夫だった?」
「ん」
「すごい揺れと音が聞こえて、心配して来たんだよ」
「……ん」
私は目を泳がせる。
まさか私の魔法のせいだとは言えない。
「本当に怪我はない?」
「ん」
「トリスティンに怖いことされてない?」
「ん」
「本当に? さっきだって、放り投げられそうになってたじゃないか」
(あれは多分放り投げようとしたわけじゃないとは思うんだけど)
トリスティンに助けを求めるも、彼はニコニコと私たちのやりとりを見つめるだけで、何も言わない。
こういうときこそ師として助けるべきではないのか。
私がおろおろしていると、イズールが助け船を出してくれた。
「ルノーが真っ青になって大変だったんだよ」
「イズールだって、心配していただろう?」
「それはそうだよ。レティシア姫に何かあったらつらいからね」
イズールは私の頭を撫でた。
見上げると、彼は「よかった」と目を細めて笑う。
「レティ、もう勉強の時間は終わりだろう? お菓子をもらいに行こう。今日はレティがたくさん頑張る日だからって、特別なお菓子を作ってもらっているんだ」
ルノーが弾んだ声で言った。
(特別なお菓子……)
思わずゴクリと喉を鳴らす。
何と甘美な響きだろうか。ここの食べ物はすべてがおいしい。
ふだん食べる物も頬が落ちるおいしさなのだから、“特別”とつくということはそれ以上なのだろう。
彼が左手を差し出す。私はその手を取った。
すると、イズールは私に右手を差し出す。
なんだか、最近はこれがお決まりの並びになっている気がする。
いやではなかった。
**
翌日。
私は朝からイズールの屋敷に来ていた。
「朝から来るなんて珍しいね」
「め?」
「ダメじゃないよ。むしろ、嬉しい。どうせ本を読んでいるだけだから」
イズールは笑顔を見せる。
けれど、少しだけ寂しそうに感じた。
「それで、今日はどうしたのかな?」
「まほ、つかう」
「そういうことか。でも、魔法の使いすぎはだめだって言っていたよ?」
「へーき。ちょっとだけ」
私は親指と人さし指で、それがどれくらい「ちょっと」かを示した。
私だって、自分のマナの残量はわかっている。
無理に使うようなことをするつもりはない。
「んー……でもなぁ……」
イズールは困ったように眉尻を下げた。
私に何かあれば、イズールが怒られるからだろう。
「イズー、しらない」
「違うよ。怒られるのが怖いわけじゃないよ」
「ちあう?」
私は首を傾げた。
罰を受けるのは誰だって怖い。それを避けようと思うのは当然だ。
だから、イズールは知らないふりをしてくれればいいと思った。
部屋だけ貸してくれればいい。あとの責任は自分で持つつもりだ。
「レティシア姫がまた倒れたら嫌だなって」
「へーき」
「三回も倒れたんだよ?」
それはいろいろと事情があったからだ。
ちょっと使う分には問題ない。
私はイズールをジッと見上げて言った。
「わるいやつ、さがす」
「悪い……やつ」
「ん」
「それって……」
「ん」
私が頷くと、イズールは眉根を寄せた。
今、一番真相が知りたがっているのはイズールだ。
「探すだけ?」
「だけ」
「魔法はちょっとだけ?」
「ん」
「危険はない?」
「ない」
イズールはわずかに悩んだあと、膝を曲げ私の目線に合わせる。
「本当に?」
「ん」
「……わかった。信じるよ」
「ありあと」
「でも、私も側にいる。いいね?」
「ん」
私が頷くと、イズールは困ったように眉尻を下げ、長い息を吐いた。
そして、私に右手を差し出す。
私は彼の手を握った。
二人で屋敷の廊下を歩く。
「なんで悪い奴を探そうと思ったの?」
歩きながらイズールに尋ねられ、私はまっすぐ前を見ながら答えた。
「こあい」
「怖い?」
「ん。いたい、や」
「いつもオーバンが側で守ってくれているよ? ルノーにも護衛はいるし」
私は頭を横に振った。
私たちは守られている。いつも大人たちが目を光らせ、私たちを危険から守っているのは知っている。
それでも、怖いものは怖い。
相手は容赦なく私たちを狙っている。
もし一歩でも間違えていれば、誰か死んでいたかもしれない。
どんなに守られていても、不安がつきまとう。
「じゃあ、悪い奴を見つけよう。そしたら、怖いのもなくなる」
「ん」
私たちはオーバンたちが待つ屋敷の入り口から一番遠い部屋へと入った。
部屋の鍵をしっかりとかける。
ガランとした何もない部屋だ。カーテンが閉じているせいか、薄暗い。
私たちは何もない部屋の真ん中でしゃがんだ。
「どうやって魔法で悪い奴を探すの?」
イズールの問いに私はどう答えるか迷う。
長い説明をするのは少し面倒だ。
私は説明の代わりに呪文を唱えた。
目の前に現れる魔法の鏡。
そこには父――アランとその補佐官が映し出された。
「えっ!? これって……」
「おとーたま」
イズールは素っ頓狂な声を上げる。
しかし、アランが話し始めたことで、イズールは押し黙った。
『これで全部か?』
『はい。間違いないかと』
(ちょうどいいタイミングだったかな?)
私は彼らの会話を聞き安堵する。
今朝、朝食を終えたときに、補佐官がアランに耳打ちをしていたのだ。
きっと、事件の調査の結果が出たに違いないと踏んでいた。
『誘拐の件を知る者は騎士数名と、王宮で暮らす使用人たち、か』
『はい。陛下が祭りに出かけることを知っていたのも、その者たちです』
『なるほど。関わった騎士か使用人たちが怪しいということか。だが特定するには人数が多いな』
『はい。そこが問題ですね』
(騎士と使用人か……)
たしかに、私たちの一番近くにいる使用人や護衛を任せられる騎士は情報を得やすい。
しかし、その中から犯人を捜すのは難しそうだ。
イズールは鏡の中を食い入るように見ていた。




