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29.アラン葛藤

 私はスカートをつかみ袋を作ると、その中にブルーベリーを入れる。

 これから、オーバンにあげたよりも多くのブルーベリーをアランに献上することができるだろう。

 両手でスカートを広げアランのもとへと戻った。


「あげる」

「これを? 私に?」

「ん。おいちい」


 私は一つ二つとアランの手に乗せる。

 スカートに乗せたブルーベリーを全部乗せきった。

 オーバンにあげた量の倍だ。それでもアランの両手には満たない。

 私の手が小さすぎるのだろう。

 もっと大きくならないと。

 アランはしばらくのあいだ、ジッとブルーベリーを見つめた。


(もしかして、ブルーベリーは嫌い?)


 嫌いな物をあげて怒っていたらどうしよう。そう思った。

 すると、補佐官がすかさず言う。


「レティシア様はこちらのブルーベリーを、陛下に差し上げにいらっしゃったのですか?」

「ん。おいちいから」


 私はバスケットから二粒のブルーベリーを取り出し、補佐官の手にも乗せた。

 アランだけにあげて、補佐官には何もなしではかわいそうだと思ったのだ。

 アランにはたくさん、補佐官には二粒。これだけ差をつけておけば、わだかまりは残らないだろう。


「私にもいただけるのですか?」

「ん。おいちい」

「ありがとうございます」


 アランはまだブルーベリーを見つめていた。

 やはり、ブルーベリーは嫌いだっただろうか。


(「食べて」とは言わないほうがいいわね)


 もし嫌いなら、補佐官や他の人に食べさせることもできる。

 私が今ここで「食べて」と言えば、嫌いな物を無理に食べる必要が出てくるだろう。


「おとーたま」

「あ、ああ。ありがとう。おいしそうだ」

「ん。ちゅっぱい、あまい」


 私はブルーベリーの味を思い出し、両頬を押さえる。

 記憶が蘇り、口の中に唾液があふれた。


「そうか、あとで食べるとしよう」

「ん」


 アランは補佐官が用意した皿にブルーベリーを移しながら言う。

 やはり、今は食べないようだ。


(やっぱりブルーベリーは嫌いなようね)


 探るように見ても、アランの表情は崩れない。


(次は好きな物をリサーチして来たほうがよさそう)


 そこには怒りも落胆も見えないのだ。しかし、それもいつものこと。

 国の主というのは、感情を表に出さないものなのかもしれない。


「おかーたま、いく」

「そうか。気をつけて行きなさい」

「ん」


 アランは私の頭を撫でて、私を送り出した。


 **


 レティシアを見送ったあと、扉が閉まった途端、アランは肩を震わせた。


「見たか?」

「へ? は? はあ……」


 補佐官が間抜けな返事をする。

 アランの問いの意味がわからなかったのだろう。

 アランは神妙な面持ちで器の中のブルーベリーを見下ろす。

 艶々としたブルーベリーは輝いて見えた。


「魔法使いを呼んでくれ」

「へ?」


 補佐官は意味もわからず、素っ頓狂な声をあげる。


「レティシアのプレゼントだ。保存魔法をかけてもらわなければならない」

「陛下……。さすがにただのブルーベリーに保存魔法はやりすぎかと」


 やりすぎということはない。

 娘が手ずから運んだブルーベリー。それは宝石と変わりないではないか。

 アランはスカートに一杯ブルーベリーを入れて歩くレティシアを思い出す。

 彼女は一つ一つアランの手に移すと満足そうに笑った。

 思わずアランから笑みがこぼれる。


「しかし陛下、レティシア様は食べてもらうために持って来たのだと思います」


 補佐官が真剣な顔で言う。

 アランは眉根を寄せる。

 たしかにレティシアは「おいちいから」と言っていた。

 しかし、食べればなくなってしまう。


「食べなかったと知ったらレティシア様は落胆されるかもしれません」


 アランの眉根の皺が深くなる。

 レティシアの落胆する姿を想像すると、胸が痛んだ。


「すべて食べて『おいしかった』と言ったほうが、レティシア様もお喜びになるかと」

「そうだろうか?」

「間違いありません。レティシア様は聡い方ですから」

「そうか。では、そうしよう」


 アランはレティシアの笑顔を思い出しながら、ブルーベリーを口に含む。

 口の中に広がった酸味と甘み。レティシアが両頬を押さえていた姿が頭を過る。

 アランは小さく笑い、二粒目を口に入れた。


 **


 私はアランの執務室を出たあと、まっすぐ母――シェリルの部屋を訪れた。

 シェリル付のメイドは私の姿を見つけて、すぐにシェリルの部屋に招いてくれた。

 来客はなく、母も仕事をしているようだ。

 王妃にもたくさん仕事があるのだという。両親そろって働き者で驚きだ。

 前世の母は部屋で何もせず泣いているか怒っているかが常だった。それに比べて、シェリルはいつも穏やかで働き者で、人格者だと思う。

 シェリルは書類から顔を上げて、私を見つけると優しい笑みを浮かべる。


「あら? レティ。どうしたの?」

「おさんぽ」

「あらあら、お母様のところまでお散歩に来てくれたの?」

「ん」


 シェリルは書類を机に置くと、私のもとまで駆け寄った。

 目線を合わせるためにしゃがむと、ドレスがふわりと広がる。

 彼女のふわふわの笑顔は楽園に迷い込んだような気分になって気持ちが良い。

 私はすぐ、オーバンが持つバスケットからブルーベリーを取り出すと、シェリルの手に乗せた。

 両手にひとすくい。オーバンと同じ量だ。


「あら、ブルーベリー? くれるの?」

「ん。おいちい。おかーたま、すき?」

「ええ、ブルーベリーは大好きよ。嬉しいわ。ちょうど小腹が空いていたところなの」


 シェリルは本当に嬉しそうに目を細めて笑う。

 アランとは大違いだ。

 何を考えているかわからないアランと対照的に、シェリルは表情がコロコロ変わる。


(私としてはこれくらいわかりやすいほうが、楽でいいな)


 怒っているのか、喜んでいるのか、悲しんでいるのかわかると、対処もしやすい。

 その点、ルノーはシェリルに似てわかりやすかった。


(でも、お兄様もそのうちお父様に似てくるかも)


 なにせ父と息子。

 似てくるだろう。

 前世で私がルノーと対峙したとき、彼はにこりともしなかった。いや、対峙した場所が悪かっただけかもしれない。なにせ、前世でルノーと出会ったのは、戦場だったから。

 あの状況で笑うほうがおかしい。

 しかし、私の記憶に残るルノーはいつもアランのように表情を変えることはなかった。

 怒りも悲しみも喜びも、表に出しているところを目にしたことはない。

 それに比べ、今のルノーはシェリルのように柔らかく笑い、悲しいときや困ったときは眉尻を下げ、表情がコロコロと変る。


(国王になるにはお父様みたいなほうがいいのかもしれないけど……)


 私はシェリルを見上げた。

 彼女は不思議そうに首を傾げる。柔らな笑みは天使のようだ。


(やっぱり、お兄様は笑っていてほしい)


 勿論、アランにも笑ってもらえるのが一番だ。

 家族の笑顔がこんなに幸せな気持ちしてくれることを、私はレティシアとして生まれ変って初めて知ったから。

 私はバスケットからもう一粒取ると、シェリルに差し出す。


「おかーたま、あーん」

「まあ!」


 シェリルは顔を綻ばせて笑うと、口を開ける。私は口の中にブルーベリーを放り込んだ。


「いつも食べるブルーベリーよりおいしいわ」

「ん」

「レティが食べさせてくれたからかしら?」

「もっと、いる?」


 私はバスケットの中を覗き込む。

 まだじゅうぶん残っていた。


「これだけでじゅうぶんよ。レティの分がなくなってしまうわ」


 シェリルは私はの頭を撫でた。


「レティはどこをお散歩してきたの?」

「おとーたまのとこ」

「そうなのね。このあとはどこにお散歩に行くのかしら?」

「イズーも」

「そうね。きっとイズールも喜ぶわね。ルノーのところには行かないの?」

「おにーたま、くれた」


 私はブルーベリーを指さした。

 ルノーから貰った物を届けに行くのは少し違う気がする。それに、彼は今勉強中だ。邪魔をしてはいけない。


「そういうことだったのね。それなら、イズールのところに気をつけて行ってくるのよ」

「ん」

「レティのことをお願いね」


 シェリルはオーバンとメイドに言うと、二人は深々と頭を下げた。


「お任せください」


 ただ王宮の敷地内を歩くだけなのだが、最近はいろいろなことがあったから心配なのだろう。

 私はシェリルに別れを告げ、王宮を出てイズールのもとへと向かう。

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― 新着の感想 ―
なんて可愛いエピソードなんでしょう・・・! 小さい子が舌足らずな言い方で「おいちい」ってほっぺた抑える図、想像しただけでめっちゃくちゃ可愛い。 メイドになって後ろからくっついて歩きながら身悶えしたい…
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