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23.ネフェリアの花

 私は扉に目を向けた。


「レティ、入るよ」


 私が返事をする前に扉が開いた。

 声の主はルノーだ。

 しかし、来客は彼だけではなかった。ルノーのうしろからイズールが入ってくる。

 すぐに二人と目が合った。二人は目を見開く。


「レティッ!」


 ルノーは弾んだ声を上げると、ベッドまで駆け寄った。


「目が覚めたんだね、よかった」


 ルノーが私の頭を撫でる。

 いつもの手だ。たったこれだけのことでホッとする。私は思わず目を細めた。


「十日も眠っていたんだよ」


(十日か。前回が五日。前々回が三十日だっけ?)


 結構な無茶をしている自覚はある。しかし、十日で済んでよかった。

 今回使った魔法は瞬間移動だけではなかったことを考えたら、十日は短い方だ。


(少しは力がついてきたのかも)


 私はご満悦だったのだが、ルノーは悲しそうな顔をした。


「レティ、迎えに行くのが遅くなってごめん」


 ルノーが何を言いたいのかすぐにわかった。

 私がイズールのもとに瞬間移動したことで、ルノーは大変な目にあったはずだ。

 私は慌てて頭を横に振る。


「おにーたま、わる、ない」

「そうだよ。ルノーのおかげですぐに迎えが来て助かったんだよ」


 イズールが助け船を出す。

 イズールの口ぶりからするに、あのあとすぐに迎えが来たようだ。


(お兄様と一緒にイズールを探していてよかった)


 もし、一人で探していたら見つけてもらうのに時間がかかっただろう。

 イズールは縛られていたし、私はマナの枯渇で眠っていた。最悪、数日そのままだった可能性がある。

 私はルノーの袖を握る。


「おにーたま、ありあと」


 ルノーは私の願いを聞いてくれた。

 イズールを探すために魔法を使うことを理解してくれたのだ。

 ルノーの顔がくしゃりと歪んだ。今にも泣きそうな、そんな顔だった。

 しかし、彼の瞳から涙はあふれない。その代わり、泣き顔のような笑顔のようなよくわからない表情を見せる。


「うん。これからも何でも相談するんだよ」

「ん」


(相談……)


 なんだか胸がそわそわする。

 誰かに頼るのは苦手だ。人に頼るということは、弱みをさらけ出すことになる。

 弱さは死に直結するのは、ガルバトール帝国では常識だ。

 けれど、ルノーには相談をしてもいいような気がした。

 きっとルノーは私の命を奪わない。それどころか、いつだって私のことを守ろうとしてくれているのだから。


「それにしても、レティシア姫が予定よりも早く目覚めてよかったよ」


 イズールが花瓶の花を変えながら、落ち着いた声で言った。

 いつもの声色。

 いつもの笑顔。

 誘拐されたとは思えないほど落ち着いている。

 八歳というのは、これほど落ち着いていられるものだろうか。


「イズー、いた、ない?」

「うん、レティシア姫のおかげで大きな怪我はないよ」

「ん」


 私はホッと安堵のため息をつく。

 約束を守ると大見得を切った割に、最後に魔法を使って倒れてしまったのだ。


「レティシア姫があんなにすごい魔法使いだったなんて、驚いたよ」

「……ん」


 イズールは笑顔のまま言った。

 なんだか気まずくて、私は彼から目をそらす。

 魔法を使えることは、ずっと秘密にしてきたことだ。

 イズールは察しがいい。頭がいいのだろう。

 今回のことで、イズールの屋敷でこっそり魔法を使っていたことにも気づいているに違いない。


「秘密、知っちゃってごめん」

「へーき」


 ずっと隠しておけることでもない。

 いつか、この国のためにも私の力を公表する日はくるだろう。

 今のところ、私が家族のために役立てるのはこの魔法の力くらいだからだ。

 ただ、まだアランたちは公表するつもりがないことも知っている。

 その状態でイズールが秘密を知ることで、大きな負担にならなければいいと思う。


「レティが早く目覚めたのは、多分、イズールのおかげなんだ」


 ルノーが弾んだ声で言った。

 彼の言っている意味がわからず、私は目を瞬かせる。


(イズールのおかげってどういうこと?)


「ほら、見て。この花。ネフェリアっていう花なんだよ」

「ねひりゃ?」


 私はネフェリアと呼ばれた花をジッと見つめた。

 しずく形の花弁が五枚。首をもたげて咲いている。

 乳白色の花弁の奥はわずかに青白く光っていた。


「これは魔力をマナを溜める花と言われているんだ」


 私は目を見開いた。

 そんな花の存在を私は知らない。前世でも出会ったことはなかった。

 この花自体はどこにでも咲いてるような花だ。名前は興味がなくて知らなかったけれど、見たことはある。

 これにマナを溜める性質があることは有名なのだろうか。


「ネフェリアはね、夜のうちにマナをため込むんだけど、日の光りを浴びる空気中にマナをばら撒く性質を持っているんだ」


 私はイズールの話を相槌も打たずに聞いた。

 瞬きすら忘れていたかもしれない。

 前世魔法使いだった私よりもずっと詳しい。


「だけど、日が昇る前、早朝にその花を摘むと、マナを内包したままにしておける」

「ネフェリアのほうが、魔法石よりも人間がマナを吸収しやすいんだって」


 ルノーが合いの手を入れた。

 きっと、イズールはこの説明をルノーにもしていたのだろう。


「マナがなくなると、こんなふうに枯れちゃうんだ」

「毎日昼前には枯れてたから、きっとレティの中に移っていったんじゃないかな?」


 ルノーの言葉にイズールが頷く。


「前に本で読んだことがあって、もしかしたらと思ったんだ。レティシア姫が元気になってよかった」


 イズールは嬉しそうに目を細めて笑うと、私の頭を撫でた。

 私は自身の両手を見る。

 まだマナはぜんぜん足りない。しかし、いつも目が覚めたときよりも多く身体に残っている。


(でも、毎日って……)


 私は顔を上げ、二人の顔を見た。

 二人の目の下にはうっすらと隈ができているではないか。

 イズールの説明が正しければ、マナが溜まった状態で手に入れるには、朝日が昇る前にネフェリアを摘まなければならない。

 つまり、二人は毎日早朝に起き、私のためにネフェリアを摘んでいたということだろう。


「おにーたま、イズー……」


 私は二人の袖を握る。


「ん? レティ、どうしたの?」

「ねむ、ない?」


 二人は顔を合わせて笑った。


「眠くないよ」

「うん。朝は早かったけど、早めに寝てたしね」

「ああ、イズールの言うとおりだ」


 満面の笑みを見せた二人を、私は睨みつけた。

 それなら、目の下に隈なんてできていない。


「うそ、だめ」


 私はぐいぐいと二人の腕を引く。


「ねんね」

「もしかして、一緒に寝てくれるの?」

「ん」


 私のベッドは大きい。子ども三人くらい余裕だ。

 ルノーはくしゃっとした顔で笑うと、ベッドの上に転がった。


「レティの誘いなら断れないな」

「ん」


 それでいい。

 そんな隈をつけて歩かれては心配だ。

 イズールは困ったように笑うと、やんわりと私の手を解いた。


「私は部屋に戻って眠るよ」

「め」


 私は再びイズールの袖を掴む。

 イズールは絶対「寝る」と言って寝ないタイプだ。


「イズー、ほん、よむ」

「そうだな。イズールは絶対戻って読書するだろ?」


 ルノーが私の言葉に同意した。

 イズールは困ったように目を泳がせたあと、渋々ベッドの上に登った。


「いいのかな?」

「ん」


 この二人は放っておくと無理をする傾向がある。

 こういうときこそ、私が監視しないといけないのだろう。

 私は二人の間に座ると、布団を二人の胸まで引っ張った。


「ねんねん」


 ポンポンと胸を叩く。

 シェリルがいつもやってくれるものだ。

 不思議なことだが、これをされると抗えない眠気が襲ってくる。

 シェリルは無意識に魔法を使っているのではないかと思う。強力な睡眠魔法だ。

 ルノーもイズールも少し恥ずかしそうに笑ったが、諦めたように瞼を落とした。


「ねんねん」


 何度か繰り返すうちに二人から寝息がもれはじめる。

 やはり、「ねんねん」の魔法は強いようだ。

 私はふわりと欠伸をする。

 起きたばかりなのに眠くなってきた。

 私は二人のあいだに潜り込むと、そのまま目を閉じた。

 その日、私はとても優しい夢を見た。

 いつもよりもあたたかくて、心地よかったせいだろうか。


 **


 忘れてはいけないことがある。

 マナの枯渇から目覚めたら、私の身に何が起こるのか。

 目が覚めて最初に受けるのはそう――優しい尋問だ。

 アラン、シェリル。そして補佐官と知らない男が一人。


(誰?)


 長いローブから察するに、魔法使いなのだろう。しかし、以前から私を診てくれていた魔法使いではない。

 紫色の髪。同じ色の瞳。どこか怪しい雰囲気を持っている。

 男はわずかに口角を上げた。

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