21.まもる、やくそく
気づけば私はイズールのもとにいた。
瞬間移動もこれで三度目。
もう驚くことはない。
私はイズールの目の前に落ちた。
「いたた……」
幸い、低いところから落ちたようで強い痛みはない。
私はぶつけた膝をさすって立ち上がった。寝転がるイズールを見下ろす。
(よかった。大きな怪我はなさそう)
私はホッと安堵のため息をついた。
「レティ、シア姫……?」
「ん」
「どうして……」
イズールの瞳が揺れる。よく考えてみれば、驚くのも無理はない。
イズールからしてみれば、突然私が現れたのだから。
しかし、その質問に答えることはできない。
なぜここにいるのかなんて、私もよくわからないのだ。
「ひみちゅ」
「秘密かぁ」
イズールは眉尻を下げた。
私はイズールを縛っている縄を解くことにした。三歳の身体で八歳のイズールを担ぐことはできない。だから、縄を解いて自分の足で歩いてもらわなければならなかった。
(もう一回瞬間移動ができればいいけど、そんな簡単にはいかないし)
三度も瞬間移動をしているのだ。
四度目だって簡単だと思うのだが、発動条件がわからない。
呪文があるわけでもなかった。
魔法で逃げることはできない。
しかし、残念なことに縄は固く縛られていてまったく解けそうになかった。
三歳の手は小さくか弱い。
大人の男が縛った縄が簡単に解けるわけがなかった。
「おい、下からなんか音がしなかったか?」
「起きたんじゃねぇか?」
誘拐犯たちの声が聞こえる。
(時間がない!)
「レティシア姫、私は大丈夫だから逃げて」
「や」
それではここまで来た意味がない。
(こうなったら、戦うしかないか)
「危ない。私が何とかするから、レティシア姫は隠れて」
「め」
私は小さく笑った。
縛られて動けないイズールがなんとかできるわけがない。
彼には魔法の才があるわけでもなく、剣豪でもないのだ。
「まもる、やくそく」
「相手は大人だ。危ないよ」
「へーき。あたち、つよい」
イズールを心配させないように、私はニッと笑って見せた。
(攻撃魔法は私の得意分野よ)
前世では攻撃魔法ばかり磨いていた。
大人数名くらい一瞬で殺すことができるだろう。
(けど……)
私はちらりとイズールを見る。
イズールを誘拐した者は悪い奴らだろう。だから、彼らが死ぬのは必然だ。
私も、多くの人を殺めた結果、殺された。悪いことをすれば、処罰される。それが世の中の道理だ。
(けど、本当にそれでいい?)
悪党であることはわかっている。けれど、本当に彼らを殺めていいのかわからなかった。
前世の私なら、考えることもなく一瞬で殺していただろう。
殺さなければ死ぬ。そういう世界だったから。生きるために必要な殺生だった。
けれど、本当にそれでいいのだろうか?
アランやシェリル、ルノーの顔が頭を過る。
(みんなに嫌われるのはいやかも)
こんなふうに思うのは初めてだ。
前世では誰に嫌われてもかまわなかった。
愛されることに興味はなかったのだ。いいや、愛がどういうものなのか知らなかったというほうが正しい。
けれど、今は違う。
私は唇をかみしめた。
バタバタと複数の足音が響き、扉が開いた。
私の何倍もある男たちが二人現れる。
猫と犬のお面をつけた、大男だった。
私を見て二人は顔を見合わせる。
「おい、こんなガキ誰か連れてきたか?」
「いや、あっちのガキだけだろ?」
「だよ、な?」
(攻撃魔法が一番簡単だけど)
マナの消費量を考えるなら、攻撃魔法で終わらせるのが一番だ。
けど。
けど。
けど。
私の頭の中はぐるぐると家族の顔が回る。
ここで攻撃魔法を使ったら、もう二度と抱きしめてもらえないかもしれない。
もう二度と笑顔を向けてくれないかもしれない。
(でも)
チラリとイズールを見る。
イズールを助ける必要があった。
「おい。どこから入った?」
「アニキ、こういうときは優しく言わないと」
大男が私に向かって話しかける。
「お嬢ちゃん、パパとママはどこかなー?」
猫のお面をつけた男が高い声で言う。
私は男たちを睨みつけた。
「おとーたまとおかーたま、おうち」
「おうちか〜。どうやってここに入ったのかな?」
「イズー、むかえ、きた」
「イズー? ああ、そこの王子様か。ごめんねー。お友達はおうちに帰ることになったんだー」
「イズー、あげない」
イズールはあげない。
殺させない。
私が守ると約束したから。
「逃して居場所がバレるとまずい。とりあえず、一緒にしておこう」
「そうだな」
男たちが私に手を伸ばした瞬間、私は小さな身体を利用して、男の股のあいだを潜って逃げる。
彼らはバランスを崩して床に転がった。
「ってぇな! 小賢しいガキが! 捕まえるぞ」
私は一階に繋がる階段を数段登ってから、短い呪文を唱えた。
しかし、何も起こらない。
「なんだい? お嬢ちゃん、魔法使いごっこかい?」
男はバカにしたような顔でへらと笑った。
私はニッと笑う。
「ん? なんだ? この音は」
男たちは辺りを見回した。
地面から地響きが鳴り響いているのだ。
「じ、地震か!?」
「おい、逃げ――うわぁああああああ」
太い木の根が石が敷き詰められた床を突き破る。飛び出してきた木の根は蛇のようにうねるとそのまま男たちに絡みついた。
「ぎゃあああああ! なんだこれ!?」
一階からも叫び声が聞こえる。
木の根は男たちを締め上げた。声を上げていた男たちが気を失うまで。
そんな中、床に転がったままのイズールが呆然と締め上げられる男たちを見上げる。
「イズー」
「これ、レティシア姫が?」
「ん」
私は小さく頷いた。
(嫌われちゃったかな)
怖がられるかもしれない。
もう、部屋に入れてくれないかもしれない。
そう思うと少しだけ寂しい。
けれど、これ以上の最善策を見つけられなかったのだ。
誰も殺さず、イズールを守る方法なんて、前世では習ってこなかったから。
たらりと、私の額から汗が流れる。
身体が重い。
(使いすぎちゃった……)
私はイズールのそばに座り込む。
「レティシア姫!?」
「おにーたま、すぐ……くる」
イズールの頭を撫でた。
(大丈夫。悪い奴らは全部捕まえたから)
私たちの場所はルノーが知っている。
きっと今ごろアランに伝えてくれているはずだ。
私はそのまま崩れ落ちた。
イズールが私の名を何度も呼ぶ声が聞こえる。
けれど、残念なことにもう、指の一本も動かせそうになかった。
**
レティシアがイズールのもとに消えてすぐ、ルノーは父――アランのもとへと走った。
アランはイズールを捜索するための指揮を執務室でとっていったところだ。
補佐官以外にも数名の騎士がいた。
「父上! レティが! イズールが!」
「どうした? 落ち着きなさい。イズールのことは私たちが見つけるから、おまえは――……」
「違うんです! レティがイズールのところに!」
ルノーの言葉で、アランはある程度察したのだろう。補佐官を残し、すべての騎士を退室させた。
「レティシアがイズールのもとへ行ったんだな?」
「はい。光に包まれて……」
「場所はわかるか?」
ルノーは一つ頷く。
テーブルに広げられた大きな地図を見る。
レティシアと見た蝶の景色を思い出しながら、指でなぞった。
「ここ。ここの地下にイズールが縛られていました」
「わかった。急ごう」
「父上、僕も! 僕も連れて行ってください!」
ルノーは必死にアランの腕をつかんだ。しかし、アランは頭を横に振る。
「だめだ。相手は悪意を持った敵だ。そんな場所に連れてはいけない」
「僕のせいだから。僕のせいでレティは……。お願いします」
王宮で待っていることなんてできなかった。レティシアがイズールのもとに行ってしまった責任はルノーにある。