20.イズールの居場所
ルノーの言葉に私は顔を上げる。
多くの人が行き交っている。芝居が終わって、みんなが移動を始めたのだ。
しかし、私たちの側にいたはずのイズールがいない。
「誰か」
アランが言った。すると、一人の男が近づいてくる。護衛の一人だろう。
「イズールはどこだ?」
「それが、先ほどまでは皆様の側にいらっしゃったのですが、人が行き交う中で姿を消してしまいました」
「総動員ですぐに探せ」
「しかし、皆様が安全な場所に移動するまでは……」
護衛が躊躇う。
護衛たちにとって、リオーク王国の王族の護衛が第一なのだろう。
「おとーたま、イズーは?」
「今、捜させる。私たちは安全な場所へ行こう」
護衛がルノーを抱き上げる。
そして、急ぎ祭り会場を出た。
帰宅用に用意していた馬車に乗り込む。数名の護衛たちを残し、消えていった。
「父上、イズールはすぐに見つかりますよね?」
「ああ、安心しなさい。総動員かけて捜させている」
「私たちは王宮に戻って待ちましょうね」
シェリルの言葉に私は頭を横に振った。
「イズー、待つ」
「僕も待ちたいです! イズールが一人でどこかに消えちゃうなんておかしいから。絶対に何かあったはずです」
ルノーの言葉に私は同意する。イズールが一人で遊びに行くとは思えない。人の波にのまれただけならば、すぐに見つかるはずだ。
胸がざわついた。
(狼の件、紅茶の毒。次はイズールを狙ったの?)
リオーク王国の王族を狙っているのかと思った。しかし、連れ去られたのはイズールだ。
アランはルノーと私の頭を撫でる。
「ここに私たちがいると、私たちを守るためにも人が必要になる。一度戻ったほうが効率的だ」
アランの言葉にルノーも私も反論することは出来なかった。
その通りだ。
この馬車を守るために配置されている人だけでも多くいる。
私たちは小さく頷いた。
**
王宮に戻った私たちはそれぞれの部屋へと戻された。
メイドがいつもの笑顔で迎えてくれる。
「レティシア様、お祭りはいかがでしたか?」
「ん」
私はドラゴンの飴を差し出す。
「まあ! ドラゴン。かっこいいですね。飾っておきましょう」
「ん」
私の頭の中はイズールのことでいっぱいだった。
(見つかったかな? 大丈夫かな?)
私にできることは何かあるだろうか。捜し出す方法。一つだけある。
魔法だ。魔法で捜せばいい。
しかし、部屋は人がいる。メイドや護衛であるオーバン。彼らに見られるわけにはいかない。
いつもであればイズールの屋敷に行っていた。
しかし、彼はいない。
(こうなったら)
私は部屋を出た。
「レティシア様!?」
「おにーたま、あそぶ」
「帰って来たばかりですのに!?」
「へーき。あそぶ」
私はルノーの部屋まで走った。
ルノーの部屋は私の部屋の三つ部屋を挟んだ先にある。
部屋に入ると、ルノーについているメイドが目を丸くした。
「レティシア様? どうされましたか?」
「おにーたま、あそぶ」
「まあ……」
メイドが困ったように眉尻を下げた。
「レティ、どうしたの?」
「おにーたま、あそぶ」
「まだ遊び足りない?」
「ん。ふたり、あそぶ」
私は必死にルノーの袖を握った。
そして、彼を見上げる。
「ふたり、だけ」
「そっか。わかった」
ルノーは私の頭を優しく撫でる。
「みんな、部屋の前で待機。レティが二人きりになりたいんだって」
「ですが……」
「早く」
ルノーが低い声で言った。まるで別人のようだ。いつも笑顔でキラキラとした姿しか知らない。
しかし、今のルノーは王族の顔をしていた。アランによく似ている。
メイドたちはおずおずと部屋を出て行った。
二人きりになる。
ルノーは満面の笑みを見せた。
「これでいい?」
「ん。ありあと」
「どういたしまして。どうしたの?」
「イズー、さがす」
私はそう言うとすぐに魔法の鏡を出す。
鏡は王宮を出て、祭りの会場を映し出した。
「えっ!? これって、祭りの会場?」
「ん」
日が暮れ、人々が動物の仮面をつけ始める。
子どもは消え、大人ばかりになっていく。
どこか異様な雰囲気に包まれた。
「これが魔法?」
「ん。ひみつ」
「イズールを捜すために、みんなに秘密で魔法が使いたいんだね」
「ん」
「わかった。でも、無理をしちゃだめだよ?」
「ん」
ルノーが兄で本当によかった。私の気持ちを理解してくれる。
私は魔法の鏡を食い入るように見た。
隣でルノーも真剣に見つめる。一緒に捜そうとしてくれているようだ。
王宮から遠いせいか、マナの消耗が大きい。
まだ大きくなった器にはマナが完全にはたまっていなかった。
(この鏡じゃだめだ。時間がかかっちゃう)
決まった場所を見るのには有益だが、人捜しには向いていない。
前世で使っていた魔法は、どちらかというと攻撃性の高い魔法ばかりだった。
戦争ではそれが一番使えるからだ。
人を捜すような魔法。何か応用出来るものはないだろうか。
(そうだ)
私は呪文を唱えて、両手に一匹の魔法の蝶を生み出す。
「蝶?」
「ん」
蝶は私の手を離れ、ひらひらと舞う。
「イズール・サシュエント」
私がイズールの名を言うと、蝶は私たちの周りを三周したのち、窓の外へと消えていった。
「今のは?」
「ちょーちょ」
「うん。どんな魔法?」
「人につく」
命じた人間につく魔法だ。
戦争の時には役に立った。
敵陣の要注意人物につけておくだけで、彼らの動きが手に取るようにわかるのだ。
前世ではルノーにつけたこともある。
これは魔法の鏡で連動することができた。
距離が遠いと話し声までは拾えなくなってしまうのが難点だ。
私は鏡に蝶の視界を映し出す。
蝶は空をひらひらと舞っていた。
「これは?」
「ちょーちょ、見てる」
「蝶の視界?」
「ん」
街の上を飛び、会場へと近づく。
再び祭りの会場が映し出された。
人々のあいだを飛び、するりと路地裏に入っていく。
「この蝶が向かっているところがイズールの場所?」
「ん」
私の額にじわりと汗が滲む。
マナの消費を感じる。まだこの身体で使い慣れていない魔法を使っているから、消費が激しいのだろう。
(もう少し効率的に使えればいいんだけど……)
私は息を吐き出した。
蝶が路地裏のボロ屋敷に入っていく。
ボロ屋敷には数名の男がいた。ルノーが声を上げた。
「こいつらに見つかっちゃう!」
「へーき。みえない」
蝶は基本的に私が許した人間にしか見えない。時々、魔力耐性の強い人間だけが見ることができる。
ルノーもその一人だ。
前世で私は何度もルノーに蝶をつけた。そして、何度も見つかり、壊されている。
男たちの周りをひらひらと舞った蝶は、扉を抜けた。
物置の中、その床に飛び込む。
「地下があるのか……!」
ルノーが感嘆の声を上げる。
ひらひらと舞った蝶は、地下の階段を降りて扉を抜けた。
地下の部屋は小さかった。そこにはイズールが一人倒れていた。
手足を縛られ、動けないようにされている。
「いた……!」
「イズー」
蝶がイズールの周りをひらひらと舞う。
イズールはまぶたを動かし、蝶を目で追った。
「生きてる……。よかった。父上に──……」
ルノーが言い終える前に私の身体が光る。
魔法の制御が効かない。
ただ、私の中で声が響いた。
『いかなきゃ』
(行かなきゃ。行かなきゃ。イズールのもとに!)
「レティ!?」
ルノーの叫び声が聞こえる。しかし、すぐにそれも消えてしまった。
**
イズールが連れ去られたのは、芝居が終わってすぐだった。
泣いているレティシアに声をかけようとした瞬間、横から抱きかかえられるようにして連れ去られたのだ。
口を塞がれ、叫ぶこともできなかった。
すっかりと油断していた。ここはリオーク王国だ。だから、自分自身は狙われないと。
すぐに胃の辺りを強く殴られ、気を失った。
目が覚めたときには知らない地下にいたのだ。
「あれがサシュエント王国の王子か」
「ああ、これで大金が入る」
「あとは引き渡しまで耐えるだけだ」
「外は危険だから出るな。王族が嗅ぎ回っている」
「面倒だな。全員殺しちゃだめなのか?」
「やめておけ。一人でも傷つければ、すぐに見つかる」
どうやら金で雇われた者らしい。
(継母の手の者か?)
継母はイズールのことをずっと邪魔者扱いしていた。
イズールは前妻が産んだ第一王子。継母の子に王位を継承させるためにはイズールが邪魔だった。
イズールはサシュエント王国にいるとき、何度も命を狙われている。
今日のように、何度も。今までは運がよかった。しかし、それも今日で終わりかもしれない。
(疲れたな……)
ずっと必死に生きてきた。
母と約束したからだ。立派な王になると。だけど、もう疲れた。
死んだほうがマシだと思ったのだ。
(母上、すみません……。私はもう……)
諦めかけたそのとき、視界の端に青く光る物体を見つけた。
(蝶?)
ひらひらと舞う蝶。どこか懐かしささえ感じる。その蝶が光り輝いた。
「イズー!」
光から現われた人物に、イズールは目を見開く。




