表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/36

19.芝居

 私はそのまま、一番奥に飾ってあったうさぎを手にする。


「おにーたまの」

「うさぎさん?」

「ん。つよい、うさぎ」


 ただのうさぎではない。この兎は剣を持っているのだ。剣を天に掲げる兎だ。

 ルノーは目を細めて笑った。


「本当だ。かわいいな。ありがとう」

「ん」


 やはり、ルノーには剣が似合う。

 今はまだ剣を持つことは難しいのかもしれない。しかし、毎日医師のもとで治療に励んでいるのを知っている。

 きっと、彼は前世と同じように「光の剣士」になるだろう。


「次は私だね」


 イズールが期待の眼差しを向けた。


(イズールに似合う動物か)


 彼の好きな物はなんだろうか?

 彼の屋敷に行くと、いつも本を読んでいる。

 しかし、好きなのかはわからない。ただ本を読むくらいしかないのかもしれない。

 前世ではどうだっただろうか。

 彼はどんな人だっただろうか。

 緊張する私を気遣ってくれる優しい青年だった。私の緊張の理由がこれから毒を飲むためだったとも知らず、彼は飲み物を手渡したのだ。

 私はイズールをジッと見上げる。私が初めて殺した男。

 昔から、何かに耐え続けていたように思う。


(これにしよう)


 私が手を伸ばすと、すかさずアランが私の脇腹を抱える。

 私は中ほどにあった大きな鷹を選んだ。そして、イズールに差し出す。


「イズーの」

「鷹?」

「ん。たかく、とぶ」


 私は空を見上げる。

 イズールは目を見開く。何も言わず鷹の飴をジッと見つめた。


「高く飛ぶ……か。ありがとう」


 笑顔のような悲しいようなそんな顔で、イズールは私の頭を撫でた。


「いいなぁ。お母様もレティに選んでほしいわ。あなたもそう思うでしょう?」


 シェリルが明るい声で言った。

 アランは彼女の言葉に頷く。結局私は全員分の動物を選んだ。

 アランには大きなライオンを。強そうだったし、何より目つきがアランに似ていた。

 シェリルはかわいいリスにした。花冠がついていて、愛らしい。実にシェリルに似ていたのだ。

 みんなが喜ぶ顔を見せたので、よかったと思う。

 こんな風に誰かに物を選ぶのは初めての経験だ。


「さあ、もっといろいろ見てまわりましょうね」


 シェリルが号令を出す。

 すると私はアランにまた抱きかかえられた。

 人が多いため、私が歩くのは危険だと考えたのだろう。

 高いところからいろいろな物が見られるので、これはこれで楽しい。

 みんなでいろいろと見て回った。

 変な置物を置いている店、変わった形のお菓子。

 占いの店というのもあった。そこは若い女性たちがこぞって並んでいたのだ。


「レティ、楽しい?」

「ん」

「よかった」


 ルノーが目を細めて笑う。

 祭り自体も楽しいが、何よりみんなで一緒にいることが楽しいのだ。

 しかし、それは言わないでおこう。

 彼らはときどき感情的になる。

 言ったら大騒ぎになりそうだ。


「あれ」


 私は向こうを指差す。

 広場で人が集まっていた。他の場所よりも子ども連れが多いように見える。


「あれは芝居だ」

「しばい」

「気になるか?」

「ん」


 私は頷いた。

 芝居は知っている。役者が物語を演じるものだ。

 ガルバトール帝国でも人気があった。皇帝は宴に演者を呼んで、よく芝居をさせていたのだ。

 私も皇帝に気に入られてからはよく見ていた。

 どれも皇帝が他国を打ち破る話ばかりだったが。きっと、リオーク王国の芝居はまた違うのだろう。


「じゃあ、見に行こう! 僕も一度しか見たことがないんだ。イズールは見たことある?」

「向こうで何回か。どんな演目だろう? レティシア姫が楽しめる内容だといいね」


 円形の広場で、真ん中が舞台になっている。

 石畳の階段が円形に広がっており、そこに座って芝居をみるようだ。私たちはちょうど空いている席に並んで座った。

 私の左隣にはアランが、そして右にルノーとイズール、シェリルと並ぶ。

 演目は子ども向けの物語だった。

 魔女を倒す勇者の物語だ。まるで前世の世界を見ているようだった。

 私はドラゴンの飴を握りしめながら見つめた。


『魔女よ、おまえは何人の人を殺した?』

『数など覚えてはいない』


 魔女は笑う。

 そうだ。殺した人間の数なんて覚えていない。

 私は生きたかった。生きるために毒を飲んだ。そして、魔法の力を手に入れた。

 手に入れた力を必死に磨いた。最初から魔法に秀でていたわけではない。何度も生死の境を彷徨った。

 磨き上げた魔法でもって、私は皇帝に取り入ったのだ。

 皇帝のそばが一番、生に近いと思ったから。

 娘として他国に嫁いだ姉たちは、みな苦しみながら死んでいった。ガルバトール帝国に情報を流した罪で殺された者も多い。

 だから、そばに置いておくのが一番だと思われるくらい強くなった。

 そして、皇帝に言われるがまま多くの者を殺した。


『おまえのせいで涙を流す者が大勢いる!』

『家族を失った者の悲しみがわからないのか!?』


 勇者一行が叫んだ。


(そんなの、知らなかった)


 家族を失った悲しみなど、私は知らない。

 母が死んだとき、「ああ、死んだのか」と思った。

「もう殴られずに済む」

 そう思った。

 涙の一つも出なかったのだ。

 数多くいたきょうだい達の訃報を聞くたびに、「こうはならない」と心に決めた。

 とにかく長く生きること。それが私の望みだ。

 誰からも望まれぬ命だった。だから、最後の抵抗として長く生きたいと思ったのだ。


 胸が痛い。

 私は胸を押さえた。


「レティ、大丈夫?」


 隣に座っていたルノーが、私の顔を心配そうに覗き込む。


(もし、お兄様が殺されたら)


 私はルノーを見上げる。

 もしもルノーが殺されたら、私はその者を殺しに行くだろう。どんな手を使っても。


「レティ!?」


 ルノーは目を丸くして、私を見た。

 なぜか私の目から大粒の涙が零れていたのだ。

 慌てて袖で拭う。しかし、涙は止まらない。


(お兄様が死ぬのはいや。お父様もお母様だめ)


 私はルノーに抱きついた。


「もしかして、怖かったのかな?」


 イズールの声が聞こえる。

 怖い。そう、怖いのだ。家族を失いたくない。

 失うと想像しただけで怖い。

 私が泣きじゃくっている中、拍手が鳴り響く。

 芝居が終わったようだ。人が動き出したらしい。


「場所を移そう」


 アランが私を抱き上げる。ルノーから離された私はアランに抱きついた。


「どうした? まだ怖いか?」


 私は何度も頷く。

 この人たちを失うのは死ぬよりも怖い。

 前世では生きられればそれでよかった。死ぬよりはマシだと思っていた。

 けれど、今は違う。自分の死よりも怖いものができた。


「少し予定より早いが、帰ろう」


 アランが言った。

 シェリルが頷く。


「そうね。レティも疲れちゃったでしょうし」

「あれ? イズール……?」


 ルノーが呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても良いお話だと思います。 更新を楽しみにしています。 ただ願わくはレティシアの愛する人々が、悪意で亡くなるような未来が無い事を。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ