19.芝居
私はそのまま、一番奥に飾ってあったうさぎを手にする。
「おにーたまの」
「うさぎさん?」
「ん。つよい、うさぎ」
ただのうさぎではない。この兎は剣を持っているのだ。剣を天に掲げる兎だ。
ルノーは目を細めて笑った。
「本当だ。かわいいな。ありがとう」
「ん」
やはり、ルノーには剣が似合う。
今はまだ剣を持つことは難しいのかもしれない。しかし、毎日医師のもとで治療に励んでいるのを知っている。
きっと、彼は前世と同じように「光の剣士」になるだろう。
「次は私だね」
イズールが期待の眼差しを向けた。
(イズールに似合う動物か)
彼の好きな物はなんだろうか?
彼の屋敷に行くと、いつも本を読んでいる。
しかし、好きなのかはわからない。ただ本を読むくらいしかないのかもしれない。
前世ではどうだっただろうか。
彼はどんな人だっただろうか。
緊張する私を気遣ってくれる優しい青年だった。私の緊張の理由がこれから毒を飲むためだったとも知らず、彼は飲み物を手渡したのだ。
私はイズールをジッと見上げる。私が初めて殺した男。
昔から、何かに耐え続けていたように思う。
(これにしよう)
私が手を伸ばすと、すかさずアランが私の脇腹を抱える。
私は中ほどにあった大きな鷹を選んだ。そして、イズールに差し出す。
「イズーの」
「鷹?」
「ん。たかく、とぶ」
私は空を見上げる。
イズールは目を見開く。何も言わず鷹の飴をジッと見つめた。
「高く飛ぶ……か。ありがとう」
笑顔のような悲しいようなそんな顔で、イズールは私の頭を撫でた。
「いいなぁ。お母様もレティに選んでほしいわ。あなたもそう思うでしょう?」
シェリルが明るい声で言った。
アランは彼女の言葉に頷く。結局私は全員分の動物を選んだ。
アランには大きなライオンを。強そうだったし、何より目つきがアランに似ていた。
シェリルはかわいいリスにした。花冠がついていて、愛らしい。実にシェリルに似ていたのだ。
みんなが喜ぶ顔を見せたので、よかったと思う。
こんな風に誰かに物を選ぶのは初めての経験だ。
「さあ、もっといろいろ見てまわりましょうね」
シェリルが号令を出す。
すると私はアランにまた抱きかかえられた。
人が多いため、私が歩くのは危険だと考えたのだろう。
高いところからいろいろな物が見られるので、これはこれで楽しい。
みんなでいろいろと見て回った。
変な置物を置いている店、変わった形のお菓子。
占いの店というのもあった。そこは若い女性たちがこぞって並んでいたのだ。
「レティ、楽しい?」
「ん」
「よかった」
ルノーが目を細めて笑う。
祭り自体も楽しいが、何よりみんなで一緒にいることが楽しいのだ。
しかし、それは言わないでおこう。
彼らはときどき感情的になる。
言ったら大騒ぎになりそうだ。
「あれ」
私は向こうを指差す。
広場で人が集まっていた。他の場所よりも子ども連れが多いように見える。
「あれは芝居だ」
「しばい」
「気になるか?」
「ん」
私は頷いた。
芝居は知っている。役者が物語を演じるものだ。
ガルバトール帝国でも人気があった。皇帝は宴に演者を呼んで、よく芝居をさせていたのだ。
私も皇帝に気に入られてからはよく見ていた。
どれも皇帝が他国を打ち破る話ばかりだったが。きっと、リオーク王国の芝居はまた違うのだろう。
「じゃあ、見に行こう! 僕も一度しか見たことがないんだ。イズールは見たことある?」
「向こうで何回か。どんな演目だろう? レティシア姫が楽しめる内容だといいね」
円形の広場で、真ん中が舞台になっている。
石畳の階段が円形に広がっており、そこに座って芝居をみるようだ。私たちはちょうど空いている席に並んで座った。
私の左隣にはアランが、そして右にルノーとイズール、シェリルと並ぶ。
演目は子ども向けの物語だった。
魔女を倒す勇者の物語だ。まるで前世の世界を見ているようだった。
私はドラゴンの飴を握りしめながら見つめた。
『魔女よ、おまえは何人の人を殺した?』
『数など覚えてはいない』
魔女は笑う。
そうだ。殺した人間の数なんて覚えていない。
私は生きたかった。生きるために毒を飲んだ。そして、魔法の力を手に入れた。
手に入れた力を必死に磨いた。最初から魔法に秀でていたわけではない。何度も生死の境を彷徨った。
磨き上げた魔法でもって、私は皇帝に取り入ったのだ。
皇帝のそばが一番、生に近いと思ったから。
娘として他国に嫁いだ姉たちは、みな苦しみながら死んでいった。ガルバトール帝国に情報を流した罪で殺された者も多い。
だから、そばに置いておくのが一番だと思われるくらい強くなった。
そして、皇帝に言われるがまま多くの者を殺した。
『おまえのせいで涙を流す者が大勢いる!』
『家族を失った者の悲しみがわからないのか!?』
勇者一行が叫んだ。
(そんなの、知らなかった)
家族を失った悲しみなど、私は知らない。
母が死んだとき、「ああ、死んだのか」と思った。
「もう殴られずに済む」
そう思った。
涙の一つも出なかったのだ。
数多くいたきょうだい達の訃報を聞くたびに、「こうはならない」と心に決めた。
とにかく長く生きること。それが私の望みだ。
誰からも望まれぬ命だった。だから、最後の抵抗として長く生きたいと思ったのだ。
胸が痛い。
私は胸を押さえた。
「レティ、大丈夫?」
隣に座っていたルノーが、私の顔を心配そうに覗き込む。
(もし、お兄様が殺されたら)
私はルノーを見上げる。
もしもルノーが殺されたら、私はその者を殺しに行くだろう。どんな手を使っても。
「レティ!?」
ルノーは目を丸くして、私を見た。
なぜか私の目から大粒の涙が零れていたのだ。
慌てて袖で拭う。しかし、涙は止まらない。
(お兄様が死ぬのはいや。お父様もお母様だめ)
私はルノーに抱きついた。
「もしかして、怖かったのかな?」
イズールの声が聞こえる。
怖い。そう、怖いのだ。家族を失いたくない。
失うと想像しただけで怖い。
私が泣きじゃくっている中、拍手が鳴り響く。
芝居が終わったようだ。人が動き出したらしい。
「場所を移そう」
アランが私を抱き上げる。ルノーから離された私はアランに抱きついた。
「どうした? まだ怖いか?」
私は何度も頷く。
この人たちを失うのは死ぬよりも怖い。
前世では生きられればそれでよかった。死ぬよりはマシだと思っていた。
けれど、今は違う。自分の死よりも怖いものができた。
「少し予定より早いが、帰ろう」
アランが言った。
シェリルが頷く。
「そうね。レティも疲れちゃったでしょうし」
「あれ? イズール……?」
ルノーが呟いた。




