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18.お祭り

「今日はみんなでお出かけをするんだよ!」

「おでかけ?」

「そう、父上が時間を作ってくれたんだ。お外に行けるよ」

「おとと」


 外ということは、王宮の外だ。


(外に出るのは初めてかも)


 私の許される行動範囲は王宮の中でも王族の居住区と庭園、そしてイズールの屋敷までだった。

 人と会うこともない。


 私はメイドたちに朝の支度をしてもらい、ルノーと一緒に食堂に向かった。

 廊下でルノーの手を握った瞬間、彼の眉がピクリと跳ねた。


(あ、右手)


 私は慌てて手を離した。

 最近、歩くときは誰かの手を握るのが当たり前になってしまっていたのだ。

 けれど、ルノーの右肩はまだ完治していない。

 ルノーは優しい笑みで笑った。


「大丈夫。ほら」


 ルノーは右手を差し出す。

 痛いはずなのに。私はそっと彼の手を握った。

 どうしてか、そうしたほうがいいと思ったのだ。彼の痛みに気づかないように私は歩いた。

 食堂に入ると、すでにアランとシェリルは席に着いていた。


「あらあら、二人仲よく来たのね」


 シェリルは嬉しそうに笑うと席を立ち、私を抱き上げる。そして、私を席に座らせた。


「ルノーはもうすっかりお兄様ね」


 シェリルに言われ、ルノーは恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに頬を染めた。


「二人とも、今日もゆっくり眠れたか?」


 アランがいつも顔でいつもの質問をする。

 これはアラン流の挨拶のようなものだ。

 ルノーは大きな声で返事をした。


「はい。ぐっすり眠れました」

「レティシアはどうだ?」

「ん。いっぱい」


 事実、ぐっすり眠れた。

 積み木で疲れていたからだろうか。

 気づいたら朝だったのだ。


「それならよかった」


 アランは満足そうに頷くとスープを飲み始める。


「おとーたま」

「どうした?」

「おとと、いく?」

「ルノーに聞いたのか?」

「ん」


 私はシェリルがちぎってくれたパンを口に頬張りながら頷いた。

 アランの代わりにシェリルが口を開く。


「今日はね、お外でお祭りがあるの」

「おまちゅり?」

「そうよ~。お父様の視察のついでにみんなで変装して行きましょうね」


 シェリルがにこやかに言う。

 アランが静かに頷いた。


「レティ、祭りにはいろんなお店があるんだよ。きっと楽しいよ」

「ん」


(お祭りか。初めてかも)


 ガルバトール帝国でも祭りは多くあった。しかし、皇女という立場上、皇帝から許可をもらわなければ後宮の外には出してもらえなかった。

 そういうのがうまいきょうだい達は、皇帝からの許可をうまく取っていたようだ。

 しかし、私にはそういう術がなかった。そして、魔法使いの才が開花したあと、私は皇帝の指示に従うばかりで、祭りどころではなかったのだ。

 賑やかだったのは覚えている。

 みんな笑顔だったことも。


「楽しみだね」


 ルノーが笑う。

 その笑顔を見ていたら、楽しそうだと思えてきた。私はパンを頬張りながら頷いた。


 **


 魔法で髪色を変え、私たちは外に出た。

 ふだん着るような服ではない。落ち着いた色の服だ。

 私はアランの腕に抱かれていた。

 アランの隣にはシェリル、ルノー、そしてイズールが立っている。


「今日は私もお呼びいただきありがとうございます」


 イズールがアランとシェリルに向かって頭を下げた。

 シェリルがにこりと笑う。


「ずっとお屋敷の中だとつまらないでしょう? それに、あなたがいたほうがルノーもレティも喜ぶと思ったの」

「お気遣いありがとうございます」


 イズールは礼儀正しい。そして、堅苦しかった。

 他国の王族相手だからかもしれない。しかし、八歳でそこまで考えられるほうがおかしいのだ。


「僕もイズールと一緒に出かけられて嬉しいよ。ね、レティ」


 ルノーに声をかけられ、私はアランの腕の中で頷く。


「ん。みんな、いっしょ」

「ルノーもレティシア姫もありがとう。こういうところに来るのは初めてだから少し緊張しているよ」

「サシュエント王国にも祭りはあるだろ? 行ったことないの?」

「うん、僕がでかけると、みんなの手を煩わせてしまうからね」

「……そうか。だったら、今日は楽しもう! 僕も久しぶりなんだ」


 ルノーがイズールの手を握る。

 今にも走り出しそうな気配に、アランが咳払いで止めた。


「ここからは人が多い。だから、ぜったいに離れないように」

「はーい」


 ルノーが元気に返事をする。

 心配は不要だろう。

 周りには数多くの護衛がいる。

 意識しないとわからないが、一般人に紛れて何人もの護衛が私たちに注力していた。


(この視線がちょっと苦手なんだけど)


 しかし、国王の視察だ。これくらい護衛の視線が集中するのが普通なのだろう。


(……ん?)


 私は視線のするほうを振り返った。

 アランが不思議そうに首を傾げる。


「どうした?」


 私は小さく頭を横に振った。


(なんだか、護衛の視線に混じって違う視線を感じた気がしたんだけど……。気のせいかな)


 視線にも感情がある。

 前世、私は多くの戦場を経験した。

 私に集まる視線は大抵のものが恐怖と殺意。そのどちらかだった。

 稀代の魔女と呼ばれた私は、どの戦場においても恐怖の対象だったのだ。

 だから、私は物言わぬ視線が苦手だ。

 苦しかったころを思い出す。その視線から感情を読み取ろうとしてしまう。


「おとーたま、あれ」


 私は気を取り直して目に入った店を指差した。

 屋台にびっしりと動物の面が並べられている。


「あれは夜になるとつけるお面だ」

「よる?」


 アランの説明に私は首を傾げる。

 すると、ルノーが身を乗り出して言った。


「うん。夜だけなんだって。大人になったら一緒につけようね」


 ルノーがにこりと笑った。

 今日のお出かけは昼だけだと聞いている。

 だから、お面は不要のようだ。男女のカップルが、楽しそうに二人でお面を選び合っていた。


「父上、母上、あそこに行きましょう!」


 ルノーが別の屋台を指差す。

 ルノーの意見が採用され、一同は屋台に向かう。

 近くで見ると、屋台の上に小さな動物がたくさん飾ってあった。

 アランが私を地上に降ろす。

 私は屋台に顔を近づけた。手の平に乗りそうな動物がたくさん並んでいる。

 ルノーが隣から説明を始めた。


「レティ、これは全部飴なんだよ」

「あめ。うささんも?」

「そう。食べられるんだ」


 私は感嘆の声を上げる。

 こんなにかわいい食べ物は見たことがなかった。


「どれがいい? うささん? ねこさんもいるよ」

「ん~……。これ」


 私は強そうなドラゴンを指差す。

 赤いドラゴンは今にも火を噴きそうだった。


「これでいいの? もっとかわいいのたくさんあるよ?」

「ドラゴ、かわいい」


 私はにっこりと笑った。

 ルノーが屋台の店主からドラゴンを買って、私に手渡してくれる。

 私は思わず破顔した。

 串に刺さったドラゴンは太陽の光を受けてキラキラと輝く。私は天に掲げた。

 ドラゴンは人間がいけないような山の奥深くに眠っているという。いつかは見てみたいと思っていたのだ。

 前世ではそれが叶わなかった。


「レティシア姫はドラゴンが好き?」

「ん」

「怖くない?」

「こわ、ない。つよい」

「火を噴くらしいよ?」

「ん」


 ドラゴンが火を噴くところを一度でも見られたら最高だろう。

 私は頬を染めてドラゴンの飴を見つめた。


「おにーたまと、イズーは?」

「ん?」

「なにする?」


 屋台にはドラゴンの他にもたくさんの動物が並んでいた。

 可愛らしい動物から獰猛な動物、そして、伝説の動物までさまざまだ。


「せっかくだから、私のはレティシア姫に選んでもらいたいな」

「それはいい。レティ、僕のも選んで」


 私は目を瞬かせた。せっかく好きな物を選べる機会を失ってもいいものなのだろうか。

 それとも飴には興味がないのだろうか。

 私は真剣に屋台に並ぶ動物たちを見つめた。


(二人が好きなもの……)


 狼はなしだ。怖い思いをしたから。

『光の剣士』にふさわしい動物とはなんだろうか。


(あ、これにしよ)


 私が手を伸ばす。すると、アランがひょいっと私の脇腹を抱えた。


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