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16.いいわけ

 目が覚めた私に、はじめは誰も何も聞かなかった。

 何か聞かれるのではないかと、最初はビクビクしていたのだ。

 しかし、目が覚めてから三日経ってもアランもシェリルも何も聞いてこなかったから、安心しきっていた。


 しかし、元気を取り戻した四日目。それは突然訪れた。

 アランの執務室に連れてこられた私は顔を引きつらせる。

 執室には私の他に、アラン、シェリル、そして補佐官の三人が集まった。

 みんなの視線が私に集中する。


「レティ、少しお話しを聞かせてもらえる?」

「……ん」


 シェリルが優しい声で言う。

 言い逃れはできそうにない。私はそう確信していた。


(なんて言い訳しよう……)


 実のところそこまで考えていなかった。

 まず第一に、禁止された魔法を使ってしまったこと。

 そして、第二にシェリルのお茶会を覗き見していたこと。

 この二つをどうやって説明すればいいだろうか。


「レティはどうやって紅茶に毒が入れられていたって知ったの?」


 優しい尋問が始まる。


(こんなときこそ……よくわからない子どものふりよね!)


「みえたの」

「見えた?」

「ん。こーちゃ、へんなの」


 私はメイドが紅茶に毒を入れるそぶりを真似した。


「あのメイドが紅茶に変な物を入れている姿が見えたのね」

「ん」


 シェリルの的確な通訳に私は力強く頷く。

 シェリルは困ったように眉尻を下げた。


「陛下、どういうことでしょうか? これも魔法?」

「その可能性は高いな。レティシア、魔法を使って見たのか?」


 アランの問いに私は首を傾げる。

 わからないふり。

 それが一番だ。三歳児でよかったと思う。


「無意識のうちに魔法を使った可能性がありますね」


 補佐官が訳知り顔で言う。


(そういうことにしよう!)


 無意識で使った魔法なら咎められることもない。


「ではなぜ、私のもとに瞬間移動した?」

「わかんない」


 それに関しては本当にわからなかった。

 私はシェリルを助けたいと願っただけ。


「おかーたま、たすけて。おねがいした」

「願ったら私のもとに辿り着いたと。たしか、イズールのもとにいたようだな」

「ん」


 そうだった。イズールは心配していないだろうか。

 遊びに行ったのに、突然消えてしまったのだ。


「いいか、レティシア。魔法はレティシアの小さな身体には負担がかかりすぎる」

「ん」

「だから、使ってはいけない」

「ん」

「陛下、レティは無意識で使っているのです。きっとダメと言われてやめられるようなものではないわ」


 すかさずシェリルが助け舟を出す。

 シェリルは私の頭を撫でた。


「レティのおかげで助かったわ。ありがとう」


 シェリルがにこやかに笑う。

 私はシェリルに抱きついた。


「おかーたま。だいすき」

「私も大好きよ」


 シェリルが私を抱き上げる。

 そして、視線を合わせて言った。


「でも、お父様もお母様もレティが心配なの。魔法はたくさん使っちゃうと、レティが倒れちゃうから」

「ん」

「陛下、この子に魔法を学ばせるのはいかがでしょうか?」


 シェリルが唐突に言った。


「しかし、まだレティシアは幼い」

「ええ、わかっています。でも、何もわからないせいで無意識に魔法を使ってしまうのであれば、幼いうちから学ばせたほうが危険は少ないのではないかしら?」


 アランの眉間に皺が寄った。

 私は慌てて手をあげる。


「あたち、まほ、やる!」


 堂々と魔法の練習ができるのであれば、これほど嬉しい事はない。

 過保護な両親や兄を持つ身としては、人の目をかいくぐって魔法を使うのは大変だった。


「レティもやる気ですよ。陛下。力の使い方を早くから知ることは悪いことではないでしょう?」

「……そうだな。魔法を学ばせよう。しかし、まだ公表は避けたい。外部から人は雇わず、王宮の魔法使いに任せよう」

「はい。そういたしましょう」


 シェリルがにこりと笑う。

 彼女は私の顔を覗き込んだ。


「よかったわね。魔法のお勉強ができるわ」

「ん。まほ、つかう」

「ええ、きちんと覚えて、私たちを安心させてね」

「ん」


 私はしっかりと頷いた。

 もっと強くなろう。

 家族を守れるくらい強く。

 この人たちを一人も失いたくない。私はそう思ったから。


 **


 アランは眉間に皺を寄せたまま、小瓶を見つめた。


「中身は遅効性の毒。ノクターナ・ヴェールと判明しました」

「ノクターナ・ヴェールか。無味無臭で、飲めば眠るように死ぬというあれか」

「そのようです。しかし、この材料は我が国で摂れるものではありません」


 ノクターナ・ヴェールに使う花はリオーク王国では採ることができない。

 暑さに弱く、寒い地域でしか咲かないのだ。

 だから、リオーク王国で出回ることがは少なかった。


「ガルバトール帝国か……」


 アランは呟く。

 大陸の北に位置するガルバトール帝国。

 かの国は歴史的に見ても好戦的だった。

 広大な土地を持つが、年中雪に閉ざされ作物が育たない不毛な地が大半だ。

 だから、彼らは力をつけて南に進軍してくる。


「レティシアの件が露見すれば、必ずレティシアを狙ってくるだろうな」

「おそらくは。ですが、なぜこちらを狙ったのでしょうか?」


 ガルバトール帝国とリオーク王国は隣接していない。どこかの国を経由しなければ行き来することもできないのだ。

 そんな遠くの国が狙われることがあるのだろうか。補佐官はそう言いたいのだろう。


「相手の考えわからん。もしかすると、うちだけではないのかもしれない」

「大陸にある国々の王族を狙っている可能性があるということですか? そんなまさか」


 補佐官は「ははは」と乾いた笑い声を出した。


「今回の件がもし、ガルバトール帝国が裏にいるのだとしたら、狼の件も彼らの仕業である可能性が高い」

「そうなると、わが国の貴族の中に手引している者がいる可能性がありますね」

「そうだな」


 ガルバトール帝国の者がリオーク王国の王宮に簡単に入るかとは難しい。そうなると、リオーク王国の中に裏切り者がいる可能性がある。

 まずはそれを突き止める必要があるだろう。


(誰であろうとも、わが国をわが家族を傷つけるものは許さない)


 アランは拳を握りしめた。

 王として、父として、夫として。アランは決意を新たにした。


 **


 私は鏡に映し出されたアランと補佐官の会話を聞きながら、小さくため息をついた。


(なるほど。ガルバトール帝国が関係してる可能性があるのか……)


 見ていた魔法の鏡をしまう。

 アランやシェリルとは、魔法の授業が始まるまでは魔法を使わない約束をしている。

 しかし、私はみんなに内緒でこっそりとその魔法を使う。


(お父様は私の前で絶対に危険な話をしないんだもん。これくらいしないと)


 自ら動かなければ、三歳の私のもとには情報がまったく入ってこない。

 毎日積み木で遊んで、疲れたら眠って。そんな呑気で平和な一日になるだろう。

 それはとても魅力的だ。

 しかし、それでは突然命を狙われる可能性が出てくる。もしかしたら、家族を失うことになるのだ。

 あの日、私が魔法を使わなければ、シェリルは毒を飲んでいた。

 考えただけで、胸が締めつけられる。


(ガルバトール帝国と繋がりのある貴族か……)


 私は前世の記憶を辿った。この記憶だけが家族を救う手立てだからだ。

 ガルバトール帝国の皇帝は野心家だった。

 少しでも学がある娘は他国の王族に嫁がせ、スパイのようなことをさせていたような人だ。


(特に、人の弱みを握るのが得意だったのよね)


 皇帝は誰一人信じてはいなかった。だから、彼は人の弱みを手に入れ、それを利用することが多い。


(よく王宮に出入りしている人物だろうから、私も気をつけて見ておこう)


 私が考え事に耽っていると、扉が叩かれた。

 コンコンと二回。その音が私を現実に引き戻す。

 私は慌てて立ち上がると、鍵を開け扉を開ける。


「今日はいたね」


 私の顔を見て、イズールがホッと息を吐いた。


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