14.かくれんぼ
私の少しうしろには、背の高い騎士が立っていた。白銀の髪が太陽の光を受けてキラキラと輝く。
彼の名前はオーバン。この国一番の騎士らしい。
右目に傷のあるオーバンは、昨日から私のあとを金魚の糞のようについてくる。
「私のことはお気になさらず」
彼は涼しい顔で言った。
「きになる」
「私のことは影だと思っていただければ」
こんな大きな影は知らない。
私は頬を膨らませた。
部屋ではメイドが数名、私の側を離れない。オーバンは部屋には入らないが扉の前に待機している。
そして、部屋を出れば彼が少しうしろをついて回ってくるのだ。
(休まらない!)
生まれてからずっと多くの人の監視を受けてきた。
何度も訪れる家族たち、いつもいるメイドたち。だから人がそばにいることには慣れた。
しかし、オーバンは他の人たちとは違う。
常に私に意識が向いているのだ。
視線だけじゃない。もっと野性的な何かだ。ぴりぴりと感じる。
(こんなに見られてたら、魔法の練習ができないじゃない!)
一番の問題はそれだ。
魔法の使用は禁じられている。幼い心と身体で魔法を使うのは危険だという判断だろう。
しかし、私は二度目の人生を生きている。身体は三歳だが、心のほうは前世と合わせると両親の年齢に近いのだ。
大人になるのを待ってはいられない。
もっと、もっと強くならなければ。
ガルバトール帝国は大陸統一を虎視眈々と狙っているはずだ。
悠長にしている暇はない。前世ではこの国は最後まで残った。しかし、前世で私が処刑されたあとのことまではわからない。
この優しい家族を守りたいのだ。
(でも、魔法を使ったら絶対に報告される……)
今まではメイドたちの目だけをかいくぐればよかった。しかし、メイドと騎士では難易度がまったく違う。
(夜中なら誰にも見られないけど、一番の問題は私が起きてられないことよね)
この身体は睡眠に貪欲だ。
どうしてか自分の意志よりも、欲求のほうが勝る。
起きていようと寝たふりをしていると、そのまま寝てしまう。目が覚めたら朝だったことが何回あっただろうか。
(なんかいい方法ないかな~)
私は庭園を歩きながら考える。
「一人になりたい」という希望は受け入れてくれない。
狼の一件以降、みんな過保護になったように思う。
オーバンを出し抜いて一人になるのは難しい。彼はとても大柄で、一歩がぜんぜん違うのだ。
(そうだ!)
私は視界の端に映った建物を見てにやりと笑った。
「あっち」
「イズール殿下のもとへ行くのですか?」
「ん」
「では許可を取ってからにしましょう」
「へーき」
私はまっすぐ歩き出す。
イズールの屋敷ならば、オーバンも好き勝手にはできまい。
そして、イズールならば匿ってくれそうな気がした。
**
イズールは相変わらず本を読んで過ごしていたらしい。
日に日に積み上がっていく本を私は見上げた。
「あぶない」
「これくらいなら大丈夫だよ」
私よりも背の高い本の山は本当に大丈夫なのだろうか。
私は首を傾げる。
「今日はどうしたの?」
「かくれんぼ」
「かくれんぼ? ああ、もしかしてみんながいるのが嫌だったの?」
「ん」
「そっか。でも、みんなレティシア姫のことが心配なんだよ」
「ん」
それはわかっている。
両親やルノーが私のことを心配してオーバンをつけていることくらい。しかし、私にも譲れないものがある。
「でも、窮屈なのもわかるよ」
イズールが私の頭を撫でる。
最近思うのだが、みんなことあるごとに私の頭を撫でる。
なぜこんなに撫でるのだろうか。
撫でられるたびに少しくすぐったい気持ちになる。
「レティシア姫だって、ひとりでゆっくりしたいときがあるよね」
「ん」
「いいよ。僕はここで本を読んでいるから、好きにして」
「ありあと」
私はさっそく部屋を出た。
特別な理由がない限り、リオーク王国の者がこの屋敷に入ることはない。
イズールが住んでいる今、この屋敷だけはサシュエント王国と変わらないという認識らしい。
私が自由に来ているのは、半分以上イズールの好意によるものだった。
(よし、ひとりになれる場所は確保できた!)
私は使われていない部屋に入る。
何も置かれていないガランとした部屋だ。
部屋の内鍵をかけると、私はゆっくりと息を吐いた。
(身体の中のマナはだいぶ増えてる。お父様が集めた魔法石のおかげかな)
私が倒れた際、国中からかき集めた魔法石が私の部屋にところ狭しと置かれている。
魔法石はマナが凝縮されてできている。だから、マナが枯渇した場合、近くに置いておくと有効なのだという。
(それでもまだぜんぜん足りない。本当に器が大きくなったみたい)
魔法使いにはそれぞれマナの器がある。
体内に蓄積できるマナの量は魔法使いによってだいぶ違った。このマナの量こそが魔法の質と量を決めると言っても過言ではない。
器が大きければ大きいほど、難しい魔法が何度も使える。
器が小さい魔法使いは、簡単な魔法を一度しか使えない場合も多い。
前世の私は大陸一のマナの量と、大陸一の魔法の才を持っていた。
(前とは量も質もぜんぜん違う……)
前世の私は最初から魔法の才があったわけではない。
自ら毒を飲み、目が覚めたときに魔法が使えることに気づいたのだ。
そこから私は魔法を習得するために凄まじい努力を重ねた。
(マナの器を大きくするには、マナを限界まで使う必要がある。もしかして、瞬間移動の魔法を使うことで、器を広げちゃったのかも)
前世ではマナの器を広げるために何度もマナを使い切り生死の境を彷徨った。
マナとは第二の血液。
人間には等しくマナが流れている。それを魔法に変えられるのが、魔法使いだ。
(これだけマナの器が大きければ、なんだってできる)
これでマナの量に悩むことはなくなる。これから先は魔法の質を向上することだけを考えればいいのだ。
(マナもだいぶたまったし、今日はお母様の様子でも見てみようかな)
この時間は客人を招いて、お茶会をしていることが多い。
ふだん、貴族の夫人たちがどんな話をしているのか気になった。
前世では令嬢らしいことは、いっさいしてこなかったからだ。
私は呪文を唱えて魔法の鏡を出す。鏡にはシェリルと三名の夫人が一つのテーブルを囲んでいた。
テーブルの上には色とりどりのスイーツや紅茶が並ぶ。
『王妃殿下、サシュエント王国からお客様が来ているとお聞きました』
『ええ、第一王子が。ルノーと同じ年だから仲よくさせていただいているわ』
『せっかくですから、歓迎のパーティを開催されてはいかがですか?』
『それはいい考えですわ! 殿下、子どもたちをたくさん呼んで交流会になさるのはいかがですか?』
夫人たちが楽しそうに提案をはじめる。
シェリルはしばらくのあいだ思案すると、にこりと微笑んだ。
『そうね。陛下に相談してみましょう』
シェリルが答えると、夫人たちは嬉しそうに声を上げた。
『殿下、お聞きしました? 先日──……』
歓迎パーティに関して満足したのか、一人の夫人が新しい話題を提供する。
(お母様も大変そう)
ただお茶を飲んでいるだけではないようだ。シェリルはいつもののほほんとした笑顔ではなく、王妃としての顔をしていた。
(あの顔は家族だけに見せる表情だったんだ)
会話の内容はあまり楽しくない。
夫人たちは王妃に取り入り、夫の地位を向上したいのだろう。それが透けて見える。
あまりにも暇で私は魔法の鏡を回した。
ふだんは見ない裏側──使用人たちを観察することにしたのだ。
新しい紅茶を準備する使用人たち。
そのうちの一人が何か怪しい動きをしていた。
(何してるの……?)