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13.ルノーとイズール

 毎日が不安だった。傷口は塞がった。しかし、まだ動かすと痛みが走る。


「いいですか? 無理は禁物です。今日は終わりにしましょう」


 医師が終わりを告げる。

 ルノーは頭を下げて医師の部屋を出た。部屋に戻る気にはならず、庭園を歩く。


(無理は禁物。それしか言わない……)


 いまだ痛みで目が覚める時がある。

 医師の言うことはじゅうぶんわかっっていた。


(レティを守れるくらい、強くならないといけないのに……)


 ルノーは花に手を伸ばす。

 しかし、引きつった痛みに手を引っ込めた。

 ときどき怖くなるときがある。もう二度と剣を握れないのではないか。そんな悪いことばかり考えてしまう。


「ルノー、そんな怖い顔をしてどうしたんだ?」


 声をかけられて顔を上げる。目の前にイズールが立っていた。


「イズール」

「やあ。元気がないみたいだ」

「いろいろあるんだ」


 ルノーは苦笑をもらした。


「そうか」


 イズールはそれだけ言うと、ルノーの隣に並ぶ。

 彼は何も聞かない。

 ただ、隣で同じほうを見た。

 静寂が二人を包む。何かを言ったほうがいいのか、ルノーは悩んだ。

 悩みを打ち明けるべきか、それともまったく違う話をするべきか。しかし、ルノーよりも早くイズールが口を開く。


「ルノーは少し焦りすぎだよ」

「そうかな?」

「うん。まあ、でもその気持ちもわかるよ。私もいつも焦っているから」

「イズールが? そうは見えないな」


 イズールはいつも落ち着いて見える。

 レティシアもそんな彼に懐いているようだった。

 少し羨ましく思うときがあるのだ。イズールのほうが信頼されているのではないかと思うときが。


「五年後、私が帰ったときに居場所はあるだろうか? そういつも思っている」


 イズールは前を向いたまま言った。


(イズールのところは家族仲がよくないんだっけ……)


「それくらい大丈夫」などという無神経なことは言えない。

 家族内で王位争いが起こる例は、たくさん習ってきた。彼らは家族を殺し合いのし上がろうとするのだ。


(そんなの間違っていると思うけど)


 思うけど、言ったところで意味はない。

 彼らはそうやって王位を手に入れてきたのだ。

 ルノーは何も言えずにいた。


「だから、必死に勉強ばかりしているんだ」


 イズールは自嘲気味に笑った。


「読書家なのかと思った」

「ルノーの剣と一緒さ。今できることがこれしか思いつかないから」

「そうか」


 ルノーは笑う。

 同じだと思うとなぜか安心できた。


「僕も一緒に勉強しようかな」


 ルノーはポツリと呟く。

 レティシアを守るために強くなりたいと思っていた。

 ルノーは剣技が得意だ。騎士たちと練習をするのが好きだった。狼に襲われたのは「剣の才能がある」と言われてその気になった矢先のことだった。

 今は好きになった剣を持つことも難しい。

 今は休むのが大切。そう、みんなが言う。頭ではわかっているが、まだ八歳のルノーには気持ちの整理がしきれずにいた。

 何かやっていないと不安なのだ。

 もし、勉強をすることでこの不安が少しでも消えるなら。


「今は無理をする必要はないと思うけど、不安ならそれもいいんじゃないかな」


 イズールは穏やかに笑った。

 同じ年なのにすごいと思う。ルノーがイズールの立場だったら、不安でしかたなかっただろう。

 見知らぬ土地での五年。勉強もできずに泣いてばかりいたかもしれない。


「勉強は嫌いなんだ。だけど、やってみる。もしよかったら、いろいろ教えてくれないか?」

「もちろん。その代わり、剣が持てるようになったら、私にも教えてほしい」

「ああ。それくらいならいくらでも」


 ルノーとイズールは笑い合った。

 心が軽くなる。

 こんな風に不安を誰かに吐露したのは初めてだ。

 友人と呼べる人は何人かいる。しかし、彼らに愚痴や不満をこぼしたことはなかった。

 ルノーはいずれ王になり、この国を統べる者だ。友人とはいえ、いつかは臣下となる関係だった。

 そこには決定的な違いがある。

 もしかしたら、彼らは親に言われてルノーの友人をしているのかもしれない。という、不安もあった。

 友人だと思っているのは自分だけ。

 相手はしかたなく付き合っている。反抗することもできず。

 だから、ルノーはずっと上辺だけの付き合いをしていた。


「失礼かもしれないけど、僕はイズールがここに来てくれてよかったと思ってる」

「ははは。本当に失礼だなぁ。でも、私も逃げた場所がここでよかったよ」


 イズールが目を細めて笑う。


「サシュエントには友人と呼べる人はいなかったから。君が最初の友人だ。ルノー」

「嬉しいな。僕も、本当の友人は君が初めてだ」


 二人は右手の拳を突き合わせた。

 ピリッと肩が痛む。

 ルノーはわずかに眉を寄せる。


「イズールが困ったら、僕は友人として手を貸すよ」

「ありがとう。心強いよ。私も君に何かあれば友として動こう」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 きっと、この日のことは一生忘れないだろう。


 その日から、ルノーは暇さえあれば机に向かうようになった。


 **


 ここ数日、私は窮屈さを感じている。


(し、視線を感じる……)


 私はチラリとうしろを振り返った。


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