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学校の倉庫に閉じ込められたと思ったら、先客の美少女がいました

作者: ポット


 よし、着いた。ここで合ってるよな……?


 学校祭で使う毛布を探すため、南校舎3階の倉庫に一人でやってきた。

 準備に追われ、今はもうほとんどの生徒が下校している時間。外は暗くなっていて、どこからか漏れてきた秋夜の冷たい風が体の表面をひんやりと撫でてくる。

 

 そんなもの寂しい雰囲気の中、誰もいない廊下で目的の倉庫の扉を見つめる。 

 旧校舎なだけあって年期の入ったドアだ。最初から少しだけ空いているという点も、その扉の不気味さを際立たせている。

 

 しかしここまできて誰かを呼びに戻るほど、俺も臆病な性格でない。意を決してドアノブを握り、暗闇の中に足を踏み入れた。


 ガサッ!!

 

 入ってすぐのところで足元にあった何かにつまずいてしまった。サイズ感からすると、ちょっと厚めの本だろうか。

 何を蹴飛ばしてしまったのか確認するためその場に屈むと、自分が入ってきたドアがガチャンと音を立て、ひとりでに閉じた。

  

 廊下の明かりが入らなくなってしまったので、とりあえず閉じてしまった扉を空けようとドアノブに手を掛ける。

 すると、ある悲しい事実に気付いてしまった……。


 

 あれ……?……開かない……。


 

 ドアノブを回そうとしても、抵抗なく空回りするだけ。必死にドアを押したり引いたりしてみても、隙間すら見えてこない。


 もしかして、こんな誰もいない校舎の倉庫で、閉じ込められた……??

 

「やばっ……まじで……?」


  

 暗がりの中焦って一人で呟くと、それに反応するように部屋の奥からゴソゴソと物音がした。

 誰もいないと思っていた部屋の中から音が聞こえ、俺も驚きのあまり「わっ」と声を出す。


 

「……んん……。……誰か、いるの?」


 部屋の奥から聞こえてきたのは、か細く穏やかで、今起きたばかり人が出しそうな欠伸(あくび)混じりの声。


 その問いかけと同時に毛布の中からゆっくりと起き上がったのは、同じ学校の制服を着た少女だった。


 横になっていたせいか髪は乱れていて、制服も左肩に片寄って着崩れている。

 そして眠たそうに自分の目を擦っている彼女の顔を、窓からの月明かりがうっすらと照らす。気付けば俺は、そんな彼女の姿に目を奪われていた。


 

「ねぇ……聞こえてる?」


「あっ、あぁ、ごめんなさい。います。2年の朝日です」


 返事をしつつ2、3歩前に出る。

 

「朝日……。あぁ、1組の朝日くん?」


 少女は落ち着いた声で俺の名前を言い当てた。


「そうですけど……。って、もしかして、4組の夜野(よるの)さん……?」 

 

「そうだよ。おはよう」


「お、おはよう」


 薄暗くて分からなかったが、部屋の中にいたのは、違うクラスの同級生、夜野さんだった。

 白い肌と対照的な深みのある黒髪に、どこか人を寄せ付けない雰囲気も感じる猫のような目つき。クール系の空気を醸し出しながら、比較的小柄な身長と幼さの残る輪郭で、どっち付かずの魅力を放っている美少女。それが俺から見た彼女の印象だ。 


「てか、夜野さん、ごめん。何か俺たち、閉じ込められちゃったみたいなんだけど」 

 

「もしかして入口の扉、閉まっちゃった?」


 彼女は控えめなトーンで返事をした。

 

「うん」


「ここの扉壊れてて、内側からは開けられないようになってるんだよ」


「……え、そんなからくり屋敷みたいな仕組みになってたのか」


「うん。だから扉の隙間に本を置いて、閉まらないようにしてたはずなんだけど」


「うわ、ごめん。やっぱり本だったんだ。俺が入るときに蹴っ飛ばしちゃったかも」


「そっか。じゃあ、閉じ込められちゃったね」


「…………」


 淡々と話す彼女からは、この特異なシチュエーションに動揺している様子は一切感じられない。ただ真実をありのまま受け入れている。


「ごめん、俺のせいで。今誰か呼んでみるから」


「スマホ持ってきたの?」


「いや、教室。だから大声で呼んでみようと思って」


「そこまでしなくていいよ。この校舎、滅多に誰も来ないから。呼んでも無駄だと思う」


「そう……だよね。夜野さんはスマホ持ってる?」


「私も教室」


「そっか……」


 

 こんなところに閉じ込められて、しかも女の子と2人きり。夜野さんとは話したことすらなかったし、このままずっと出られなかったら色々とまずい。

 

 ……とりあえずは電気だ。

 入口の壁の辺りに戻り、俺は手探りでスイッチの場所を確認し始めた。

  

 すると夜野さんが再び落ち着いた声で呼び掛けてくる。


「電気……付けてくれようとしてる?」


「うん。この辺にあると思うんだけど」


「この部屋、電気のスイッチも壊れてるから」 

 

「え、そうなの……」


「うん」


 落胆して部屋の方を振り返ると、俺の目が少しだけ暗さに順応してきたのか、部屋の壁にもたれている夜野さんの顔がさっきよりよく見えた。


「じゃあ、誰か人が来るまで待つよ……」


「うん、それがいいと思う。来るかは分からないけど」


 夜野さんは未だ平常運転。焦った様子は全く、どちらかというとまだ眠そうだ。

 しかしよく考えると、彼女はこの部屋の事を知りすぎているような。

 ……もしかして……。


「夜野さん、この部屋のこと詳しいね」


「前にも1度閉じ込められた事があったから」


「……そうだったんだ」


「だから今日は、扉に本を挟んでおいたの」


「それを俺が台無しにしちゃったわけね……。てか、本もごめん。探すよ」


「いいよ、そのまま放っておいて」


「……そう?何の本だったの?」


「開かぬなら、開くまで待とう、部屋のドア」


「え?」

 

「家康だよ」


「いえやす?」


「そう。漫画で学ぶ偉人シリーズの、徳川家康」


「なるほど。ごめん、蹴っ飛ばしちゃって」


「いいよ。私のじゃなくて、ここに置いてあったやつだし。でも、家康には謝った方がいいかも」


「ごめん、家康」


「いいよ」


 彼女は少しも変わらない声色で返事をした。


「……家康って、もっと貫禄のある声だと思ってた」


「先入観に囚われちゃだめだよ」


「はは。そうだね」



 初めて話す彼女は、イメージ通り落ち着いていて、感情の動きが分かりづらくて。でも、思っていたよりも少しだけ口数は多かった。

 


 俺が彼女の存在を知ったのは、2年の春から。用があって昼休みに中庭へ通うようになってからだ。


 学校の中庭に、ひとつだけ木でできた三人掛けぐらいのベンチが置かれている。木陰の下で、風通しもよく、でもあまり存在が認知されていないベンチ。

 

 夜野さんは、一人でそのベンチの上いた。……横になって、寝ていた。

 初めはただ疲れて眠たい日だったのかなと思っていた。しかし次の日もその次の日も、それが毎日のように続いて。いつから通っていたのかは分からないが、中庭に行く日、彼女はほとんどその場所で静かに眠っていた。

 俺は話しかけず遠くから眺めるだけだったが、誰かと過ごす時間よりも、一人でゆっくりする事を選ぶ。そういう自由で何にも囚われない姿を見て、次第に彼女の事を気にかけるようになっていた。

 

 だから初めて話す彼女は、概ねイメージ通り。でも、人と話すのが苦手なのかも……と思っていた点だけは、先入観に囚われていたらしい。


  

「それにしても、同じクラスになったことないし、夜野さんに認知されてるとは思わなかった」

 

 俺は入口付近にあった本棚にもたれかかる形で座った。

 

「よく中庭にいたから」


「気付いてたんだ?」


「うん。毎日、花壇のお花に水あげてたでしょ? そんなことする人、朝日君だけだったから」 


「誰もやらないから、やってただけだよ」


「それでもえらいよ。私も嬉しかった」


「え?なんで?」


「そうやって頑張ってる人を見ると、よく眠れるから」


「……えぇ、そんな作用あるの……」


「あとは、朝日君が手入れするようになってから、中庭にお花のいい匂いがするようになったんだよ」


「……それで、よく眠れるようになったとか?」


「そう」


 彼女はフフッと小さく笑った。普段とギャップがあって、笑ったときの顔が可愛らしい。


「寝るの、好きなんだね」


「うん。……今も、まだ眠れそう」


 そう言って彼女はまた毛布を纏って横になった。

 

「え、また寝るの?」


「うん……。じゃあ、半分だけにするよ。とりあえず右脳だけ」


「そんなことできるんだ?」


「今日は初めてできそうな気がするの」


「できたことないんじゃん……」


 横になっている彼女は、静かに目を瞑る。

 いつもは遠目で見えていた寝顔。近くで見ると、彼女の綺麗な肌や整った顔立ちがよく分かり、その無防備な姿に改めて目を奪われる。


「……ひ、暇だし、俺は家康でも読むよ」


「こんなに暗いのに?」


「た、たしかに……」

 

 見惚れていた事から気を反らそうと付いた言い訳が、彼女に見透かされたように感じてしまい、赤っ恥をかいた気分になる。

 

 

 すると彼女は目を瞑ったまま、眠そうな声で俺を呼んだ。


「朝日君もおいでよ……。寒いでしょ……?」


「え、ええっ。その毛布に……?」


 思ってもみなかった提案に、分かりやすく動揺してしまった。

 ……しかし、上着も持ってきていない俺にとって、この部屋は結構寒い。女の子と同じ毛布を被るなんて心臓がもつか分からないが、このままだと冷えすぎて風邪を引いてしまう。

 そんなこちらの葛藤を知ってか知らずか、夜野さんは安心しきった顔でぬくぬくしている。彼女の顔を見ていると、やはり俺だって毛布がほしくなる。


 俺は彼女の横に近づき、その華奢な身体に触れないよう、そっと毛布の端っこをいただいた。


 

 ……すると夜野さんはもぞもぞと動き出し、ゆっくりと起き上がって体操座りの体勢になった。


「うおっ、どうしたの?寝るんじゃ……」 


「……だって。……ほんとに来るとは思わなかった」


 彼女は毛布のかかった自分の膝に顔をうずめ、そう呟いた。


「ごめん。嫌だった?」


「……嫌じゃない……けど……眠気がどっか、いっちゃった」


 恥ずかしそうにボソボソと返事をするので、俺も言葉を詰まらせる。

 

 無言の時間が過ぎた後、彼女はうずめていた顔を上げ、こちらを見てこう呟く。

 

「朝日君が、責任とってよ」


「せ、責任っ?」


「うん。私の眠りを妨げたんだから、起きてる間付き合って」


「あ、あぁ、そういうことね」

 

「じゃあ、しりとり、します」


「それはまた急だね」


「密室・徹夜……ときたら、しりとりだから」


「その3点セットは初耳だよ。てか、徹夜なんだ……」


「ルールは、"ん"がついた方が負けね」


 いたって普通のルール説明をしたかと思うと、夜野さんはすぐに最初の単語を繰り出した。


「しりとり」


「"り"……か。……りんご」


「はい、朝日君の負け」


「え?…………え?」


「りんごって、"ん"がつくでしょ?」


「えぇ……。それは初めてのルールだったよ」


「よし、じゃあ負けた方はどうしよっか。一枚脱ぐ?」


「後出しでえっちなルール追加しないで……。ていうか、毛布もらった意味」


 彼女はフッと静かに笑うと、「じゃあ、再戦を許します」と言ってまたしりとりをスタートさせた。


「しりとり」


「りす」


「すいか」


「かに」


 月明かりだけの暗い部屋にも慣れてきた。だが、すぐ隣に彼女がいることにはなかなか慣れない。

 2人で壁にもたれながら、正面のドアの方を向いて淡々と単語の掛け合いを続ける。


「にら」


「らっこ」


「こねこ」

 

「こども」


「もろこし」

  

「も、もろこし……?……し、ししとう」


「うま」


 少し痛んでいて建て付けの悪い窓の隙間から、ひゅうと冷たい風が流れてくる。

  

「ま……まだ、ちょっと寒いかも」


「も……?……もう少し、こっち来てもいいよ……」


「よ……夜野(よるの)さんがいいなら……」


「いいよ。……でも、朝日君の負けだね」


「え?…………あっ」


  

 彼女はまたフッと笑うと、俺が身を寄せられるように毛布を持ち上げ、自分の隣にスペースを作ってくれた。

 こちらも遠慮しつつ、肌が触れない程度に近寄る。


「どうする?1枚脱ぐ?」


「選択権があるなら遠慮願うよ」


「そう。残念」



 閉じ込められたこの倉庫に届いているのは、リーンリーンと小さく聞こえる鈴虫の声だけ。

 掛け時計もないこの部屋の中では、今の時間すら把握しようがない。


 

「誰も来ないね」


「うん」 

 

「そういえば夜野さん、前はどうして閉じ込められたの?」


「前は、放課後に安らかに眠れる場所を探してて、ここを見つけたの」


「そんな死に場所を探すみたいな言い方しないで」


「それでドアが壊れてるって知らなくて、閉じ込められちゃった」


「……じゃあ、どうやって出られたの?」


「そのときはたまたま人が来て、開けてくれた」


「そっか、ラッキーだったんだね」


「うん」


 今日はみんな部活を終えてしまっているし、そんな事は起きないだろうな……。


「でもそんな経験したのに、またこの部屋に来たんだ?」


「うん。この部屋誰も来ないから気に入って。朝日君はなんでここに来たの?」


「俺は学校祭の準備で、使えそうな毛布を探しに来ただけだよ」


 そう伝えると、夜野さんは静かに自分の手元に視線を移した。俺も一緒に毛布を見る。


「ここに、いい毛布があるね」


「そうだね」


 そして彼女はなにか言いたげにこちらを見つめる。


「…………」

 

「大丈夫、とらないとらない」

 

「よかった。……これ、前に来た時見つけたの。眠るのにいいなって思って、新品だったけど、開けちゃった」


「それは見つかったら怒られちゃうかもね」


「うん。でも、もう一緒に使ってる朝日君も共犯だから」 

 

「……あ。もしかして、だからこっちにおいでって言ったんだ?」


「フフ。それもあるかも」



 夜野さんは時々こちらを見て平静と笑う。見つめられて胸の奥がくすぐったくなり、俺はそんな彼女からつい目を反らしてしまう。


 

「……あ、明日さ、違う部屋にも毛布ないか探してみるよ。学校祭で使うやつはこれじゃなくていいし」

 

「明日は学校、休みだけど?」


「…………そうだった」


 すっかり忘れていた。今日は金曜日だったことを。

 自分は明日も明後日も学校に来る予定がない。しかしそれはみんなも同じ。もし来るとしても、部活で学校を使う生徒ぐらいだ。


 つまり、今まで気付かなかったが、運が悪いと俺たちは月曜日まで閉じ込められたままになってしまうという事……。


 

「俺たち、もしかして月曜日までこのままなのかな」


「そうかもね」


「夜野さんは相変わらず落ち着いてるね」


「焦っても仕方がないから」


「まぁ、そうだね」

 

「早く出たいの?」


「もちろん出たいよ」


「そっか。私は朝日君とお話できるから、そうでもないけど」


「……ずるいよ。それなら俺だって、もう少し夜野さんといたいから。……このままでもいいかもって、ほんとは思ってる……」


「そう……」


 彼女は自分から言い出したのに、三角に立てた小さな膝に顔の下半分をうずめ、俺からそっぽを向いた。


 

「……と、とはいえ、家族とかも心配するから、やっぱり出ないとね」


「うん」


 彼女の仕草を見ていると、胸の辺りが制御できないほど熱くなる。

 自分の大きくなってしまった鼓動は、すぐ隣にいる夜野さんに聞こえないだろうか。心配になって「いま何時だろうね」なんて、必要のない会話で取り繕う。


「きっと、もう遅い時間だね」


「そうだよね」

   

「……朝日君は、ここから出られたら何したい?」


 夜野さんが唐突に質問してきた。

 

「なんか死亡フラグみたいな質問だね」


「そうなる可能性もあるかもしれないよ」


「……それだったらまぁ、勉強したいかな。勉強して、いい大学入って、それで教師になりたい。生徒を正しく導けるような、いい教師に」


「そうなんだ。朝日君ならきっとなれるよ」


「うん。ありがと」


「でも、ベッド職人とか、枕マイスターとか、アロマセラピストとかもいいと思う」


「……それは夜野さんの個人的な願望が入ってるような……。夜野さんは、ここから出られたら何したい?」

 

「私は、家に帰りたい」


「……あれ? そういう答えでよかった感じ?」



 

 2人で閉じ込められてからどれぐらいの時間が経っただろうか。

 

 夜野さんはほとんど抑揚のない話し方をするけど、実は柔らかく親しみやすい性格で、たまに冗談を言ったりもする。

 隣にいるとドキドキと安心感が共存しているような、心地のよい不思議な感覚。

 

 もしここから出られて次に会った時は、話しかけてもいいのだろうか。ここでできた関係は、次会う時はリセットされてしまうのだろうか。


 部屋から出られない恐怖なんかより、そんな事で頭はいっぱいになっていた。



 

 ……そして、終わりの時間は突然やってきた。


 ガチャンッ。

 

 

 ずっと閉まっていた部屋のドアが開いた。

 廊下から入ってきたのは見覚えのある男性。自分のクラスの担任の先生だった。


「おぉ、ここにいたか。探したぞ」


「え、どうしてここに先生が……」


「毎晩部活が終わってから、校内の見回りをしてるからな。それと今日は朝日の机に荷物が置きっぱなしだったから、どこにいるか探してたんだ」


「そうだったんですね」


「隣にいるのは、4組の夜野か? またここにいたのか……」


「先生、"また"って?」 


「あぁ。言っただろ?毎晩見回りしてるって。この前も夜野がこの倉庫にいるのを見つけてな。遅くまで残らないよう注意したばっかりだったんだ」


「なるほど」


「2人ともとっくに下校時間過ぎてるからな。はい、さっさと教室の荷物回収して、帰った帰った」

 

  

 先生にそそのかされ、夜野さんとは別れてそれぞれの教室へ戻った。

 そして鞄を回収し、誰もいなくて真っ暗な生徒玄関へ向かう。玄関から出ると、校門の前で夜野さんが待っているのが見えた。

 


「夜野さん、待っててくれたの?」


「うん。朝日君怖がりかなと思って」


「いや、たしかに夜野さんより焦ってたかもしれないけど。一人で帰れるから大丈夫だよ」


「そう」


「でも、ありがと」


「うん」


「……ていうか、もしかして、先生が見回りに来ることも知ってた?」


「うん。朝日君の反応が面白くて、黙ってた」


「そんな……。追い込まれてたから、結構恥ずかしいこと言っちゃったかも……」

  

「……」


 夜野さんは少し横に視線を反らして(うつむ)いた。

 彼女の恥ずかしそうな表情を見て、"このまま閉じ込められててもいい"というような台詞を言った事を思い出し、恥ずかしさが込み上げてくる。


 

「……よ、夜野さんはまたあの倉庫行くの?」


「うん。気に入ってるから」


「そっか。じゃあ閉じ込められないようにね」


「うん。気を付ける」


「うん。気を付けて」


 

 放課後の遅く暗い時間、彼女はまたあの倉庫に行って、あの毛布をかぶって。きっとまた、ひとりで静かに眠るのだろう。 

 

 自分たちの会話が途切れ、その静寂を埋めるようにスズムシの優しい鳴き声が聴こえてくる。


  

  

「……私はこっちだから。じゃあね」


「うん」


 

 彼女は後ろを向いて、夜の暗い道を歩き出した。

 俺も、反対にある自分の家の方へ向いて歩き出す。



 

「……あ、朝日君」

 

 そして数歩だけ歩いた後、彼女は立ち止まって振り返った。

 

「どうしたの?」


「まだ読めてないよね。家康」


「そういえば読めなかったね」


「家康、蹴っ飛ばしただけだから怒ってるよ」


「そう……そうだよね。……じゃあ、また読みに行くよ。あの倉庫に」


「うん。……待ってる」

 

「……今のは、どっちの台詞?」


「……さぁ、どっちだろうね」


 彼女はフッと笑って振り返り、月明かりが照らす夜の道を、また歩き出した。



最後まで読んでいただきありがとうございました!


他にも作品を投稿しているので、覗いて行ってもらえると嬉しいです!

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