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第2の仕事 4

「あなたが橘美緒さん? 思ったよりも若いのね」


 美緒の姿を確認した水上優里亜の反応は、やはり見た目に対してのものだった。

 彼女はベッドで上体を起こした状態で本を読んでいた。読書をするときはあえてメガネを外すのか、美緒が病室に入った直後にサイドテーブルに手を伸ばした。そこに置いてあったメガネをかけ、近づいてくる美緒をまじまじと見た。


「はい。年齢は聞いてなかったんですね」

「ええ。あ、そこに座ってちょうだい」


 優里亜がベッドそばのスツールを示し、美緒はそれに腰を下ろした。それからお互いに改めて自己紹介をした。ふたりとも事前に得た情報は最小限のものだった。


 死を迎えることが決まっているにも関わらず、優里亜は明るかった。怯えている様子はなく、美緒に対して苛立ちを全く見せなかった。


 透のときも、そうではあった。美緒が聞いた話ではこういうケースのほうがむしろ多いらしい。ジタバタと暴れるのは稀。能力によってもたらされる死は苦しみがないとされているので、静かに受け入れる覚悟ができやすいのだという。


 ただ、それでも美緒が優里亜の落ち着き振りに違和感を覚えたのは、彼女が患っているのが普通の病気ではないからだった。


 能力者のみに現れる双子病。優里亜の寿命が突然終わりを迎えることになったのは、姉である世理奈が自殺をしたからだ。やむを得ない病気ではなく、姉の意思によって巻き込まれた形となっている。そう簡単に割り切れるものではないように思った。


「あの、優里亜さん、ひとつ聞いてもいいですか?」

「なに?」

「お姉さん、世理奈さんのことは恨んではいないんですか?」

「もちろん、恨んではいるわ」


 そんな答えにも関わらず、優里亜の口調には人を責めるような色はまったく含まれていなかった。


「そんな感じはしない? でもこれは本音なの。世理奈が自殺をしたと聞いたとき、たしかにわたしは怒りに狂いそうになった。こんなタイミングで自殺するなんて、なんてひどいことをしてくれたのかって思った」

「こんなタイミング?」

「わたしね、結婚してるの。子供もひとりだけいる。世理奈が自殺したのは、その子が生まれる少し前だったの」

「え?」


 優里亜が子供を生んだのは、今から二ヶ月ほど前のことだという。そして姉の世理奈はその一月ほど前に自殺をした。


「あてつけかと思ったの。自分が彼氏に振られたせいで、わたしの幸せを壊そうとしたんじゃないかと思った」


 世理奈にも付き合っている男性がいたが、自殺をするしばらく前に別れを告げられたと優里亜は本人から聞いていた。


「つまり、優里亜さんの幸せを妬んで、ということですか」

「かもしれない。遺書も何も残してはいなかったから、正確なところはわからないけれど、わたしーー妹が死ぬことをわかっての自殺であることは間違いがないから」

「それでも、いまは落ち着いて受け入れられているんですよね。何かあったんですか?」

「結局わたしたちは特別な双子なのよね。心が繋がった状態で何年も過ごしている。世理奈に対する怒りは、自分に向けられたものでもあると、どうしてもそう感じてしまうのよね」


 自分にとって世理奈は単なる姉ではなく、もうひとり自分でもある。どれだけ相手を恨もうと、最終的には自分に返って来てしまうもの。片割れとして生きてきた相手がいないなら、なおさらのことよ、そう優里亜は語った。


 美緒にはどうしてもわからない感覚だった。ふたりは単なる双子ではなく、双子の能力者だ。その気持ちを想像することは、おそらく同じ能力者でなければ難しいのだと思う。


「それは感覚が深化したからなんですか?それとも、元々そういう関係だったんですか?」

「どちらも、でしょうね。子どもの頃から仲は良かったけれど、仕事を通じて同化が進んだ感じかしら」

「人格は独立しているんですよね」

「もちろん。あくまでもわたしと世理奈は別人格。趣味や好みの男性のタイプだって全然違ったの」


 優里亜はどちらかといえば内向的で、室内で過ごすのを好んだと言う。一方、世理奈はアクティブな感じで、異性を気軽に誘えるタイプだったのだとか。


「でも、仕事を通じて曖昧になった部分はあるのよね。根底の性格はそう簡単には変わらないけれど、時折、姉の感覚に引きずられそうになることもある。あれ、これってわたしの趣味だったかな、そうふうに気づくこともあるの」

「世理奈さんの方も、そうだったんでしょうか」

「かもしれないわね。そこを深く話し合ったことはないの。プライバシーの一番大事な部分のような気がしたから。妙な話だと思うかもしれないけれど、深化が行き過ぎるのを恐れていたからかもしれないわね」


 美緒にとっては容易には想像できない関係性ではあったが、だからといって任務を放棄するわけにもいかない。


 ただ単に相手の能力を塞ぐこと、これが美緒の仕事ではなかった。しっかりと患者の心を理解し、安らかな眠りを提供する、そのための努力を怠ってはいけない。


「世理奈さんの自殺の理由は、本当に恋人に振られたから、なんですか?」

「他には思いつかないのよね。まあ、本人が亡くなっている以上、もう確認のしようがないから」

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