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第2の仕事 3

 能力者用のホスピスは、もしもの時を想定して高原地帯に設置されている。能力者の力が暴走したとしても、周囲には迷惑がかからないような場所だ。


 何かが起こる、ということは実際のところほとんどない。かつては能力者も組織化されていなかったため様々なトラブルが発生したものだが、現代では徹底した管理下に置かれ、治療法も進化している。事前に異変も察知することだって可能だ。


 それでもホスピスはいまもこうして存続している。これはもはやひとつの儀式のようなものだった。

 美緒のような能力者がいる以上、その力を放置するわけにもいかない。戦闘現場に放り出すわけにもいないので、なにかしらの役割は与える必要がある。能力者の力を把握して利用する、このシステムを維持することもまた必要なことではあった。


 ホスピスは美緒の住んでいる街からはかなり離れたところにあり、学校帰りに寄れるようなところではないので、美緒の能力者としての仕事は休日のみと限られている。


 観光地としても知られているこの地に特別なホスピスがあることは、一般には知られていない。周囲の建物とは隔離されたような場所に建っており、地図にも載っておらず、どこかへ行く際に通りかかることもめったにない。


 ホスピスと名がつくものの、外観は瀟洒な洋館だった。漆喰の白壁に整然と窓が並び、切妻の屋根には突き出した形のドーマー。前庭には色鮮やかな花壇が整備され、まるで富豪が所有する別荘のようだった。


 協会の車によってここまでやってきたとき、美緒は最初この建物が宿泊場所なのだろうかと思った。ちょうど連休に入ったばかりだったので、しばらく研修のようなものが行われるのだろうと。


「たしかもうそろそろ、一年になるのよね。あなたが能力者として採用されてから」


 ホスピスの駐車場に車を停めた直後、見届け人の莉子がそう言った。ここまで美緒を送って来たのが彼女だった。彼女は単なる後処理のような立場ではなく、まだ幼い美緒をプライベートを含めてサポートする役目を担っていた。


「もうそろそろというか、一年は過ぎています。スカウトされたのが春休みのことだったので」


 すでに美緒は三年生に進級していた。いまは梅雨前の長期連休の最中。他のみなが受験や就職に頭を悩ませる中、美緒だけが実質的に進路は決まっていた。


「ここに始めてきたのは?」

「あ、そういえば、去年のいまの時期かもしれません」


 美緒にとってはこの一年は自分の運命を受け入れるのに必死で、学生らしい余裕も何もなかった。たった一年前のことでももうだいぶ前のことのようで、ここを訪れた初日のこともすっかり忘れていた。何よりも、隣の運転席に座る莉子との間に起きた出来事が一番大きい影響を与えたいたのかもしれない。


「あの、すいません」


 突然謝れても、莉子にはなんのことかわからないようだった。怪訝そうな顔で美緒のほうを見る。


「あ、透さんのことです」

「ああ、そのこと。あなたは仕事を全うしただけ。謝ることじゃない。あの時点で彼とはもう、他人のようなものだったし」


 莉子の表情には変化が見られない。本当にそう思っているのだろうか?


 あの日以来のことなので、莉子と会うのは今日で二回目のことだった。能力を行使したあのときもまともな会話はなかったので、美緒の胸にはどうしてもわだかまりのようなものが残っていた。

 やむを得ない状態だったとはいえ、夫だった人の命を奪った自分のことを平然と受け入れられるわけがないと思う美緒だった。

 しかし、そんな心情を察したように、莉子は笑みを浮かべた。


「そこをいつまでも気にしていたら、体が持たないんじゃない? これから確実に同じような経験をあなたはしていく。変なこだわりは捨てて、早めに割り切ったほうがいいと思うけど」

「そう出来たら楽なんですけど」

「わたしは何も気にしてない。この能力を自覚したときから、色々な可能性を思い浮かべて生きてきた。あの人もきっと同じだったと思うわ」

「遺族に恨まれたりすることもあるんでしょうか」

「さあ、どうかしら。わたしもこの仕事は初めてだから、なんとも言えないところね。同じ能力者の先輩に話を聞いたことはないの?」

「ありますけど」


 美緒がこのホスピスに初めて案内されたとき、同じ能力者の先輩を紹介されて、色々と指導を受けた。ただそれはあくまでも技術的なことで、本人の過去などまでは聞くことはなかった。


「その人はいまは?」

「別の場所に移ったみたいです」


 この能力は数が少なく、一箇所の施設に何人も集めることはできない。美緒が学生ながらもこうして働かされるのも、人手不足が主な要因だった。


「そう。この辺りは比較的長閑だから、もっと需要の多いところがあるんでしょうね」

「莉子さんの話は聞かせてもらえませんか?」

「わたしの能力者としての過去?」

「はい。別の能力でも、何かためになる話が聞けるんじゃないかと思って」


 莉子にも辛い過去があることは理解していたから躊躇いはあったものの、他にそのような話を聞ける相手はいなかったので、美緒はそんな話を振った。


「別に構わないけど、いまはまだやめておくわ。そういうことはもっと親しくなってからね」


 そう言いながら、莉子は車のドアを開けた。

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