第2の仕事
美緒はまだ中学生で、いまも学校に通っている。彼女が能力者であることを、他の生徒は知らない。機密事項であるために、口外してはならないことになっている。
能力者という存在は国の安全保障に大きな影響を与えるもの。その力は場合によってはひとりで軍隊に匹敵する場合もある。軽々しく口にすればテロリストのような存在に利用されてしまう恐れもあるからだ。
美緒が「スカウト」されたのは一年ほど前のことだった。二年生に進級した直後、帰宅をしている最中にスーツ姿の怪しい男女に声をかけられた。
誘拐でもされるのかと思って悲鳴を上げようとしたら、丁寧な動作で名刺を差し出してきた。その二人は能力者を管轄する組織から派遣されてきたと言い、美緒がそれに該当する存在だと告げた。
能力者は現代社会では目立った存在ではない。時代から必要とされなくなったのか、いまではその数も激減している。気づけば歴史の教科書からは消え、公の場で政府が語ることはなく、マスコミも取り上げることはしない。公然の秘密という感じではあるが、だからこそ興味本位で語られることもある。
美緒もそういった情報を知っていたので二人の立場を疑うことはあまりなかったが、それでも警戒心をすぐには解けなかったのは、自分の能力というものを自覚したことがこれまでになかったからだ。
美緒は吹奏楽部に所属していた。トランペットを担当していて、演奏で失敗することも多かった。短気な性格ではなかったものの、思春期という年頃では感情を抑えられない場面も少なくはなかった。
能力者であると発覚するのは、大抵そういうときだという。感情の激しい揺れがあるとき、能力の暴走を引き起こす。そうなればすぐに政府のものがどこからか現れ、密かにその人物を回収していくーーという話を美緒は聞いたことがある。
少なくとも、美緒にはそのような場面はなかった。体から炎が出るとか、腹を立てた相手を吹き飛ばすとか、そういうことが一切なかった。
結局、いまでもどうしてスカウトの対象になったのかはわからない。おそらく、能力者であるかどうかを見た目で判断できるような能力があるのだろうと考えている。
実際、スカウトの担当者は美緒の能力を確かめるまでもなく封魔師であると告げた。事前に何かがあったわけではないのだから、つまりはそういうことになる。能力者相手でも情報を制限することが治安の安定に繋がると考えているのかもしれない。
能力者として生きるかどうか、その選択の自由は最初からなかった。美緒が能力者として国家に忠誠を誓うことはすでに決まっているようなものだった。彼らは決して口にはしなかったが、国の活動に協力をしないといえば身の安全が保証されないことは明らかだった。
その日から美緒は能力者として訓練を行うことになった。まだ義務教育の期間ということもあり、あくまでも学校に通いながら指導を受けた。吹奏楽部はやめ、友達と遊べる機会も減った。それでも美緒がこの運命を受けることにさほど抵抗を感じなかったのは、家庭の状態があったからかもしれない。
美緒は片親だった。母親との二人暮らしをしていて、父親は小学生の時に家を出た。父親に対しては悪いイメージしかない。短気で酒癖が悪く、家を出た理由も別の女性と付き合うためだという。要するに不倫。父親がいなくなっても美緒は悲しむこともなく、むしろせいせいしたくらいだった。
それで急に生活が苦しくなったわけでもなかったが、元々体があまり強くない母親が働きに出ているのを見るのは胸が傷んだ。本人はあくまでも気晴らしのつもりでバートをしていると言っていたが、父親に続いて母親まで失うことになるのは避けたいという気持ちがあった。
能力者として雇用されれば、成果による幅はあるものの、かなりの収入が得られることになる。美緒は自分の力で母親の負担を減らすことができるのなら、とむしろ前向きにとらえていた。
美緒は三年生で、義務教育の残りはあと一年しか残っていない。学校を卒業すれば、能力者としての活動がメインになっていく。そうなればもう、普通の生活には戻れないのかもしれない。
学生として、一般人として、美緒にはわずかな時間しか残されていなかった。