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最初の仕事 4

 儀式当日、美緒はやはり緊張していたが、透にそのような様子はなかった。ベットで上体を起こしたまま、にこやかな笑顔で美緒を迎えた。


 美緒はベットの横に立ったまま、透を見下ろした。誰かの命を奪うのは今日が初めてだった。これが自分に課せられた仕事とはいえ、そう簡単に納得できるものではない。


「ぼくなら心の準備はできているよ。どうすればいいのかな?」

「横になってもらえれば、それでいいです」


 透はベッドの横にあるスイッチを押した。病院のベッドは可動式で、スイッチ一つで上げ下げすることができる。


「最後に、誰かに伝えたいことなどはありませんか?もしあるのなら、そのメッセージをわたしか代わりに伝えますけど」

「いや、ない」


 通は短く言って、横になった。

 封印のやり方は、さほど難しくはない。封魔師は相手の体に触れることで、内部に進入することが可能だ。


 美緒は透の胸に手を置いて、目を閉じた。自分のなかにある妖精の魂を意識すると、その一部を分離させ、手の先へと送る。そこから相手へと入り込むと、妖精の魂同士が引かれ合い、自然な形でそこへとたどり着くことができるのだ。


 透の魂に触れた瞬間、美緒の意識の中には相手のあらゆる過去が一気に流れ込んでくる。それは断片的なもので、はっきりと認識できるものは少なかった。


 ただそれでも、いくつかの欠片は具体的な映像や音声、そして心を伴って美緒の頭のなかで再生した。それにはあの日の事件も含まれていた。

 美緒は儀式を中断し、目を開けた。透の胸から手をどかし、難しい表情を浮かべる。


 その気配を察した透が、

「どうかしたのかい?」

 と言って身を起こした。


「わたし、佐伯さんの奥さんに会ったんです」


 美緒はドアの方も見ずに言った。


「奥さん、莉子さんは言ってました。あなたが自分を守るために結界を張ろうとしたから、失敗したって。それで被害が拡大してしまっって」

「ああ、その通りだよ。ぼくは怖かったんだ。呪いに巻き込まれることが。だからまず自分を守ろうとした。一般市民よりも、自分の命を優先させたんだ」

「でも、それは間違いだったんですね」

「え?」

「封魔師のこと、あまり詳しく知らないようですが、わたしは相手の心に触れるとき、その過去を見ることがあるんです。これはただの回想ではありません。本人の心の声を聞くこともできるんです」

「まさか、あの日のことを?」


 美緒はゆっくりと頷いた。


「そうか。それはまいったな」

「佐伯さん、あなたはわざと結界を張らなかったんですね。奥さんを守るために」


 美緒が見たものは、その時の直人の心理だった。彼が何を考えて行動していたのかが手に取るようにわかった。そこには怯えはなく、妻に対する愛情が溢れていた。


「あなたは莉子さんのことを愛していた。だからどうにかして戦いから身を引かせたいと考えていた。呪術師は体力の消耗が激しく、他の魔術師と比べても寿命は短い傾向にある。しかし、莉子さんにそのつもりはなく、むしろ社会に貢献できている充実感と使命感を抱いていた」

「……」


「そんなとき、あの事件が起こった。周囲を敵に囲まれ、絶対絶命のピンチに追い込まれたとき、あなたは一つの方策を思い浮かべた。わざと結界を張らないことで、呪いによる被害を拡大させた。そうして奥さんに立ち直れないほどのショックを与えることで、前線から身を引かせようとしたんですね」

「……愚かな話だよ。市民を守るべき協会に属する魔術師が、市民を犠牲にしてまで私的な願いを叶えようとしたんだからね。決して許される行為じゃない」


 でも、と透は続けた。


「そのときはこれしかないと思ったんだ。彼女はとても優しい女性であることは、夫であるぼくが一番良く知っていた。もし市民に被害が及べば、きっと彼女も魔術師を諦めると思ったんだ」

「その後の奥さんのことはご存じですか?」

「いや、知らない。弁護士を通じて離婚してからは、なんの接触もないからね」

「そうですか」

「動機がなんであったとしても、市民や彼女が傷ついたことに間違いはない。その事実こそが一番大きいんだ」


 透はそう言って、再び横になり、天井をしばらく見つめた。


「もし、彼女に会う機会があっても、このことは伝えないでほしい。こんな話を聞かされても、迷惑なだけだからね」

「わかりました」

「最後に君にこの事実を伝えられて良かった。きっと君も、これから色々なことを経験するだろう。そのとき、ぼくの過去が何かしらの役に立つことを願っているよ」


 そうして透は眼を閉じた。

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