最初の仕事 3
「あの、聞きました。佐伯さんが元夫だって」
「そう。それで?」
莉子は平然と答える。微塵も動揺はうかがえない。
「いいんですか。わたし、封魔師なんですよ。それがどういうことか、わかりますよね」
「魔術師としてもわたしの方が先輩よ。それを忘れないで」
「佐伯さんの命を奪うことになります。それでもいいんですね」
莉子の意思によって結果が変わることはないものの、美緒はどうしても彼女の気持ちを確認したかった。
「あなた、何か勘違いしてるんじゃない。わたしと彼の関係は終わっているの。いまはもう、他人の一人でしかないのよ」
「でも、愛し合った過去があるなら、そんな簡単には割り切ることはできないはずです」
「残念だけど、彼に対する愛情は微塵も残ってはいないわ」
莉子は感情のこもらない口調でそう言う。
「聞いたんでしょう。彼が結界を張れなかったことで、呪いが拡散した話。なぜそんなことになったかわかる?」
「佐伯さんは焦っていたからと」
「それは正確じゃないわね。彼は自分の命を優先させたのよ。敵の増援に対し、彼は確かに焦っていた。焦りながら、自分が生き残る道を探していた」
「どういうことですか?」
「敵は銃を持っていたの。その弾丸が彼のすぐそばに着弾した。それに驚いた彼は集中を切らし、結界を解いてしまったのよ」
「結界を解いた……」
「慌てて新しい結界を張ろうとしたとき、彼が考えたのは自分を守ることだった。二つの結界を同時に張ること出来ない。一つ目を確立して初めて次の結界を生み出すことができる。すでにそのとき、わたしの呪いは発動していたから、周囲の影響を考えれば、第一に大きな結界をつくる必要があった。でも、彼はそうしなかった。まずは自分を守るための小さな結界を作ろうとしたの」
「それはおかしいです。だって佐伯さんは呪いによって体を蝕まれているんですよ」
「だから、失敗したのよ。もしも彼に強い覚悟と街を守るという意思があっなら、例え銃口に狙われていたとして結界をつくることはできたはず。でも彼はあくまでも自分の命を守ることしか考えなかった。一般市民の安全を無視して、自らが生き延びることを最優先にしたのよ。その弱い心が魔術にも影響した。魔術師は常に気高くあらねばならない。心の動揺こそが最大の敵だ、とあなたも教わったはずよ。その教えを忘れた結果なのよ」
「それは間違いないんですか?」
「彼がそう言っていたし、状況的にもそう判断できる」
はあ、と莉子はため息をついた。
「久しぶりよ、こんなに一気に話したのは。あの日の聞き取り調査でも、もっと簡潔だったわ」
「すいません。わたし、初めての仕事なので、どうしても詳しく知りたかったんです」
「その気持ちはわかるわ。でも、わたしに話せるのはこれくらいね。後は本人に聞いてちょうだい」
「最後に話さなくてもいいんですか?」
「伝えることは何もないわ」
そう言って、莉子は廊下を歩き去っていく。