最初の仕事 2
封魔師。それはその名の通り、魔術を封じることを意味する。
魔術を使えるというのは生まれ持った才能であり、その後の努力で補えるものではない。魔術師の中には能力を司る妖精の魂が眠っているとされ、そこに触れることができるのが封魔師である。
もともと、封魔師は戦場で活躍する存在だった。相手の能力を封じるということは、どのような脅威にも対抗しうるということでもある。魔術師は全体的にも数が少なく、それだけに圧倒的な一人がそこにいれば、それだけで勝敗が決まるといっても過言ではない。
だからこそ、封魔師の価値は高いものだったが、国同士の戦争というものがとりあえずは沈静化した現代では、また別の価値を見いだされている。
それは、死神の役割だ。
魔術師の人としての魂は、妖精のそれと直結していると言われている。封魔師が魔術師の能力を封じるということは、相手の命を奪うことにも繋がる。
かつて、魔術師の暴走が問題になった時期があった。年老いた老齢の魔術師がその能力を使い、破壊活動を行うというケースが相次いだ。これはいまでは認知症の影響と分析されているが、当時は死の恐怖からもたらされる混乱によるものと考えられていた。
魔術師に対する批判が巻き起こり、対応を迫られた魔術師は、ある方針を決定する。それは死が避けられない、または周囲に害を及ぼすような場合には、封魔師によってその能力を封じるというものだった。
近代化とともに一般市民の人権意識が高まる中、国になくてはならない魔術師も対応せざるを得なかったのだ。
橘美緒も、その封魔師の一人だった。
「そうか。相手は素直に死を受け入れてるわけだな」
魔術師協会の本部長をつとめる浅木麗佳は、美緒の報告に満足げに頷いた。
「それなら次の機会に魂を封じるといい。病が進行すれば、判断力は薄れてしまう。そうなったら病院でも暴れかねない」
「そのような人には見えませんでした」
透との面談は終始、穏やかに進んだ。声を荒げることもなく、美緒の質問には淡々と答えていた。
「見た目で判断するのは危険だな。とくに魔術師はな」
魔術師協会内部には様々な部署が存在するが、麗佳はそれらを統括する立場にあった。
男尊女卑が色濃く残る中で、実力でその地位を手に入れたと言われていた。革張りの高価な椅子に身を沈め脚を組む姿は、男勝りというよりも、性別を超えた威厳に満ちていた。
「魔術師は生きようとする本能が一般人よりも強い。魂が一つ多いぶん、抵抗心がより強硬になる。だから儀式当日も決して油断しないことだ」
コンコン、と部屋のドアがノックされた。。入りなさい、という麗佳の声に応じて、一人の人物が入室してくる。
「失礼します。わたしに用事とのことでしたが」
落ち着いた雰囲気のある女性だった。長い髪を後ろにまとめていて、タイトなスーツを身に付けている。
「ああ。この子に会わせておきたかったんだ」
「はじめまして、封魔師の橘美緒といいます」
相手が誰かもわからなかったが、とりあえず美緒はそう挨拶をした。
「封魔師……」
「きみも現役を退いた以上は、それにふさわしい仕事を見つけないといけない。その一歩として封魔師の見届け人というのは適当だと思うのだが」
見届け人の仕事は、封魔師が本当に相手の命を奪えたかどうかを確認すること。魔術師同士であると、知らないうちに結託してしまう恐れがあるので、第三者的な立場での確認が求められるのだ。
「なるほど、わかりました」
そう言って、その女性は美緒に向き直った。
「わたしの名前は芹沢莉子。おそらくあなたより一回り年上だけれど、気兼ねなく接してちょうだい」
「はい。よろしくお願いします」
「仲良くするなとは言わないけれど、見届け人としての職務は忘れないようにしてちょうだい」
「わかっています。用事はこれだけですか?」
「ああ」
「では、失礼します」
そう言って身を翻して、ドアに向かい始めた莉子を、
「一ついい忘れていたことがある」
と麗佳が呼び止める。
「今回、彼女が担当する魔術師の名前を伝えてなかったな」
「名前はとくに重要ではないと思いますが」
振り向いて、莉子が言う。
「佐伯透、それがこの子が封じる相手の名前だ」
莉子の表情が一瞬、険しくなる。それはあくまでもわずかな間で、
「そうですか。では、わたしはここで」
そう言って頭を下げ、莉子は退室した。
「気丈な娘だな。本来なら文句の一つでも言いたかっただろうに」
「どういうことですか?」
「彼女の元夫なんだ、佐伯透は」
「え」
「自分を引退にまで追い込んだ夫の死を確認するというのは、一体どんな気持ちなのだろうな」
透の不手際により、莉子の呪いは外部に流出、その結果一般市民に被害が及んだ。幸い死人は出なかったが、莉子はかなりのショックを受け、現場には出られなくなったのだ。
美緒は麗佳に断りを入れ、莉子の後を追った。廊下を歩く姿を見つけ、声をかける。