7.牢屋
あぁ、またこの夢か。
俺は泣いていた。誰かに俺の味方になって欲しくて。今まで父親だと思っていた存在が、本当の父親じゃなかった。それが嫌で嫌で逃げたけど、同じ位の年の子には「両親がいない」「気味が悪い」と仲間に入れて貰えなかった。森の中で泣いている俺の足に、何かぶつかった。それは見たこともない俺の両親の死体だったーーー
「起きろっ!みなしご!!」
ギルに足を蹴られてガゼルは目が覚めた。いつも見る悪夢だった。汗びっしょりになりながら、ガゼルは自分の両手両足がロープで拘束されていることに気がついた。
(そうだ。天族に負けて・・・それから、どうなったんだ?ここは、どこだ?)
周りを見回すと、カビ臭い牢屋だった。上の方に鉄格子の窓が一つあるだけで、あとは何もない。ガゼル以外にも、ギル、ミリアム、ダリルが捕まっていた。ダリルだけ、いびきをかいて寝ていた。
皆ガゼルと同じように両手両足をロープで縛られ床に転がされていた。ミリアムは冷たい床の温度を頬で感じながら、震える声で呟いた。
「なんでこんなことに・・・。」
ガゼルは罪悪感が湧いた。偶然にせよイオを庇った際に一緒に居た事で、ミリアム達まで捕まってしまったのだ。理由くらいは説明しなければと、重い口を開いた。
「お前らには言っておいた方がいいかもな・・・。イオは天族の王の娘なんだ。理由があってエデンから国境まで逃げてた。」
「げっ!!王族ですって!?あの子が!!?・・・あんたって、いつも面倒事に首を突っ込んでるわよね。でも今回は最悪。」
ミリアムは大きなため息をついた後、ボソッと呟いた。
「私たち、生きて帰れるのかな。」
すかさずギルが芋虫のように元気にくねくねと動き、キメ顔で叫んだ。
「俺は天使ちゃんのためなら死んでもいい!!」
((そうだった。コイツ面倒臭くなってるんだった・・・))
ガゼルとミリアムは呆れた顔でギルを見たが、ギルはそんな事は露知らずで脱出方法を考えていた。そしてうまく脱出できたら、どうやってイオを口説くかまで妄想していた。
「看守が来たら鍵を奪うんだ。脱出して天使ちゃんに会ったら俺は言う。どんな美しい星よりも、君が1番輝いて見える・・。そしてここで天使ちゃんの顎を俺に引き寄せてチューを」
「気持ち悪いからそれ以上言わないで!!!!!」
ミリアムが全力でギルを遮った。ミリアムの「気持ち悪い」発言は全く気にせず、ギルの顔は緩み切っていた。
ギルにはインキュパスの血が流れているせいか、恋とか愛だとかに関して並々ならぬ関心を持っていた。そして惚れた相手ができると頭の中の妄想をすぐ口に出してしまう悪い癖があった。
性格も悪いし面倒臭いし、おまけにイオを口説き落とそうとしているギルを見て、改めて嫌いだとガゼルは思った。
ギルと目が合った。
「ガゼル、天使ちゃんは俺様のものだ。お前には渡さない!」
「は!?何言ってるんだ??」
「お前も天使ちゃんが好きなんだろ??」
「ちっ・・違う!!」
「いや、お前の目を見れば分かる!」
「もうギル!やめなよ!今はどうやってここを出るか考えるんでしょ!!」
痺れを切らしたミリアムが怒鳴った。その声でダリルが起きた。
「ふぁーぁ・・よく寝た。」
ダリルはロープで縛られた両腕を上げようとしたが、後ろ手に縛られていたので出来なかった。一瞬ダリルは困った顔をしたが、次の瞬間ーーーー
「ふんっ!!」
力を入れて両手首を縛っていたロープをぶちりと切った。そして気持ちよさそうに両腕を伸ばした。
ガゼル、ギル、ミリアムは目をまん丸にしてダリルを見つめた。
「あれ?足にも何かある。・・・ふんっ!!」
ブチッ!!
ダリルが力を込めると、両足のロープも切れた。
ダリルはトロールの血が混じっていて、いつも温和でどこか抜けているが、とんでもない怪力の持ち主だった。一度怒らせると手がつけられない怖い面も持っており、ミリアムがダリルの楽しみにしていたドーナツを食べてしまった時は山一つを崩すほど暴れ回った事もある。
「みんな、何見てるの?」
ダリルはきょとんとした。そして両手で両方の鼻の穴をほじっていた。
「ダリル、汚いから鼻をほじるな。」
ギルが叱ると、ダリルは手を止めた。
「え〜、でも、鼻の穴の中に何か詰まってるんだよぉ。取らないと。」
そう言うと、また両手で鼻をほじり始めた。「そりゃあ仕方ないな」とガゼルが呟くと、ギルが睨んだ。
鼻の詰まりが取れた頃に、ダリルは気がついた。
「あれぇ?みんな、縛られてるね。僕がロープを解いてあげるよ。」
一瞬、時が止まった。
(((えぇーーー!!!助かる!!助かるけど、その手ではやめて!!)))
3人は近寄ってくるダリルを見て怯えていた。ニコニコしたダリルが近づいたのは、ギルだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!来るな、寄るなぁぁぁぁぁ!!ここはミリアムから先にっっっ!!!」
「なんで私よ!!?リーダーなんだから、一番最初はギルに決まってるでしょ!?ねっ!?ダリル!!!」
「うん、そうだね。」
「なんだとぉっっっ!!!?来るな!!寄るなぁぁぁぁぁ!!うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
(こいつら馬鹿なんじゃないか・・・?)
ガゼルは冷めた目で3人を眺めた。