3. 父の裏切り
ガゼルは青空の下シーツを干していた。
男2人暮らしの家にはベッドが2つしかない。イオが泊まることになったのでどこにイオを寝かすかでガゼルと親父はもめた。
この日、親父は夕方に家を出て翌日まで帰らない予定だった。なのでイオは親父のベッドで寝ればよかったのだが、なぜか親父が渋った。若い女の子におじさんのベッドを貸すのは可哀想だと拒否をしたのだ。
ガゼルも自分のベッドを使わせるのは何だか抵抗があり、じゃあ床に寝かすか・・・と考えたが、イオは女の子。そういう訳にもいかないと思い直した。そこは親父も同じ意見だった。
そして折り合いのつかない2人は、話し合いの結果、どっちのベッドを貸すかジャンケンで決める事にした。
(いい年したおっさんが若い女の子にベッドを貸せないとか、そんな心配する必要ないだろ。本当、変な所でピュアなんだよな、親父って・・・。)
ガゼルと親父が向き合うと、お互い気合を入れて手を構えた!!
「「じゃん、けん・・・」」
「グー!!!」
「チョッ、パーーーッ!!!」
ーーーーガゼルは目を疑った!!いい年をしたおっさんである親父が、事もあろうに後出しをしたのだ!!!
「おい、今絶対チョキだっただろ!!?『チョッ』って言ってたよな!?手も最初チョキだったじゃんか!!後出しなんて、ずりぃぞ、親父!!!」
「お前の見間違いだろ、ガゼル。言っておくが、俺は人生で一回もジャンケンで負けた事がない。勝負をする前からお前の負けは決まっていたんだ、ガゼル。」
「そんな訳あるかっっ!!見え透いた嘘をつくなよっ!!どんだけ貸したくないんだ!!」
「コラっ!!親に口答えをするのか!!?」
散々言い合った末、2人はもう一度ジャンケンをした。
「「ジャンケン・・・ポンッ!!!」」
ーーーーそしてあっさり負けたガゼルは、今青空の下シーツを干しているのだった。
ジャンケンに勝ち気を良くしていた親父だったが、家事をするガゼルの隣で小姑の様にしつこくしつこく注意を繰り返していた。
「ガゼル、間違っても変な気は起こすなよ!」
「だぁーーからっ!!分かってるって言ってるだろ!!!!」
さっきから親父は同じ事を繰り返し繰り返し言っている。
「本当に分かってるのか!?かわいいから助けたんだろう!だがな、あの娘は天族の王の娘だからなっ!!間違っても変な気は起こすなよ!」
「何回言うんだよ!もう耳にタコができてる!それに下心があって助けた訳じゃねぇって何回言ったら分かるんだよ!!」
これで10回目だ。親父があまりにもしつこ過ぎて、ガゼルは親父を怒鳴った!ジャンケンとベッドの恨みも込めて!!
ーーーーガゼル達が外で言い合いをしている間、イオは湯浴みをしていた。体を流していると、壁を隔てている上にイオのいる浴室とは反対側でシーツを干しているガゼル親子の怒鳴り声がよく聞こえ、申し訳ない気持ちで一杯になった。
(私のせいで・・・ごめんなさい。それにしても、魔族って元気いっぱいなのね。とってもパワフルだわ。それに、親子で仲が良さそう。私とお父様とは違って・・・。)
夕方にはベッドを借りて休んでいた。疲れていたが、目を閉じると今朝のことが蘇って来た。
※ ※ ※
イオは物心ついた時から、朝と夕方に水晶玉に向かって祈りを捧げてきた。そういう習慣だった。そして今朝もいつも通り祈りを捧げ、自室に戻る途中に神官と王ーつまり父親ーの話を偶然聞いてしまったのだ。
「娘達の法力を込めた水晶玉を使えば、魔族を滅ぼすことができるが・・・もうすぐ法力が満ちる頃だな。準備は出来ているのか?」
「勿論でございます。」
イオは耳を疑った。天族の王族は類稀な法力の量を持って生まれる。イオには2人の姉がいたが、イオが一番多くの法力を持って生まれた。だが、その力を少しずつ水晶玉に溜め込んで、魔族を滅ぼす為に使おうとしていたとは思ってもみなかった。
イオは誰かが傷つくのが嫌いだった。それは魔族だ天族だとか種族に関わらず、ただ、誰かが傷つくのを見たくなかったのだ。
(なぜ私達は戦争をしているのだろう?)
時々考える事があった。
そもそも魔族と天族はイオが生まれるずっとずっと前から戦争をしていた。
尖った耳を持った魔族は、邪悪な魔の力「魔力」を持ち「魔術」を使う悪魔の使徒である。神の聖なる力「法力」を用いて「法術」を使う天族とは相反する存在であった。
分かりあうことの出来ない2つの種族は長い間戦争を続けていた。
そしてあまりにも長い間戦争を続け、お互いに疲弊していた。そんな時に魔族の最高権力を持つ3人の魔神により、休戦協定が提案されたのだ。
天族は最初こそ反対したものの、資源も食糧も底を尽きていた為、渋々協定を結んだのだった。
そして、ここ数十年は何事もなく平和な様子を見せていた。
しかし今朝その協定を終わらせようとする父親の動きを知り、深く傷付いた。尊敬する父親が、再び戦争を起こそうとするなんて。
心の優しいイオには辛い現実だった。例え敵である魔族だったとしても、誰も傷つけたくなかった。
そうして隙を見てエデンから脱走してきたのだ。だから誰にもこの秘密を言うことが出来ない。最も、話すこと自体が出来ないのだが。
イオは悩んでいた。戦争を起こすために自分を利用しようとする天族の父親と、敵であるにも関わらず自分を助け理由も聞かず匿ってくれた魔族の青年。
果たしてどちらが邪悪な存在なのだろうかと。
※ ※ ※
コンコン。
・・・返事がない。
「入るぞ。」
ガゼルは部屋のドアを開けた。ベッドを見るとイオがいた。寝息を立てている。
「そうだよな、疲れてるよな。」
ガゼルはずれていた布団を掛け直すと、部屋を後にした。