2.王の娘
少女とガゼル親子はテーブルを囲んで座っていた。窓の外からは昼間の日差しが燦々と入り込んでいたが、部屋の中はどんよりした重苦しい空気だった。
「なんでこうなった?」
親父に聞かれ、ガゼルは渋々事の成り行きを説明した。
「つまり、たまたま見かけた天族同士の喧嘩に首を突っ込んだと?」
「・・・おう。」
「馬鹿野郎っ!!天族は魔族の敵だぞ!ここは天族の国境が近いから俺達魔族の領土に天族が居ることも、たまにはあるかもしれねぇが・・・自分から関わる馬鹿があるかっ!!!」
また始まってしまった。困り果てた少女は近くに置いてあった紙とペンを見つけて何かを書き始めた。
気づいたガゼルは説教を続ける親父を無視して紙を覗き込んだ。
「なになに・・・わたしの名前はイオ。おふたりを巻き込んでしまって、すみません。」
それからイオはペンを走らせ続けた。そのお陰で、親父の言う通りイオが天族の王の娘であることが分かった。そしてなぜか、天族の住む塔「エデン」から、魔族の領土に逃げてきたらしい。
ガゼルは不思議に思い、イオに尋ねた。
「なんでここまで逃げてきたんだ?何か理由があるんだろ?」
イオは眉尻を下げると、ペンを持つ手を止めた。理由を教えたく無いようだった。
ガゼルは質問を変えた。
「お前を襲ってた天族の男と女は、エデンから追って来てたのか?」
イオが頷くのを見ると、ガゼルは真っ青になった。とんでもないことに首を突っ込んでしまったと後悔していた。
すると、イオが何かを書いて紙を渡してきた。
『ごめんなさい。すぐに出て行きます。』
読み終わったガゼルは暫く黙り込んだ。
それからゆっくりと口を開いた。
「・・・お前、出て行っても行く宛がないんだろ?頼れる奴はいるのか?」
イオは困った顔をして俯いた。
「俺も昔似たような事があったから、お前を助けたんだ。遠慮するなよ。俺が親父を説得する。」
そう言い切ると、ガゼルは親父を睨みつけた。
親父は睨まれても痛くも痒くも無かったが、ガゼルの話を聞いていて心に引っ掛かる事があった。
親父はゆっくりとガゼルとイオの顔を見比べた。そして最後にガゼルの真剣な眼差しを見ると、深いため息をついた。
「・・・仕方のない奴だ。こうなるとお前は梃子でも動かないからな。」
親父はイオに言った。
「いいぞ、家に居ても。ただし、一晩だけだ。明日にはエデンに帰りなさい。」
イオはにっこり笑うと親父に深く会釈をした。顔を上げた後も笑顔を作っていたイオだったが、その心の内は穏やかでは無かった。イオは誰にも言えない大きな秘密を抱えていた。