1.物言わぬ少女
「なんであいつらに追われてたの?」
「名前は?俺はガゼル。」
「・・・なんでなにも話さねーんだよ。」
新緑の森の中を、ガゼルと羽の生えた少女が歩いていた。
少女を助けたものの、ガゼルはほとんど女の子と話した経験がなく、何を話せば良いのか困っていた。
少女の首筋まで伸びる金髪は毛先に行くにつれくるくるとカールしていた。肌は白く、大きな黒い瞳が印象的だった。今は泥や葉っぱで汚れているが、美しい容姿をしている。時々真っ白な羽が羽ばたくとドキッとした。
だが、いくら話し掛けても返事がない。助けたのに無視をされてガゼルは妙に腹が立った。
「黙り込んでないで、なんか話せよ!!」
少女を怒鳴りつけると、ビクッと飛び跳ねて、俯いたまま肩を震わせていた。ガゼルは眉間に皺を寄せ茶色い髪をぐしゃっと掻き、ため息をついた。
「・・・もしかして、さっきの奴らに舌でも切られたのか?」
少女は驚いた顔をした後、ぶんぶんと首を横に振った。そして両手の人差し指でバツ印を作り、小さな口の前に持ってきて、パクパクさせた。
「お前、喋れないのか。」
伝わったのが嬉しかったのか、少女は口角を上げ何度も頷いた。ガゼルは目線を逸らした。
「・・・怒鳴って悪かったな。」
ガゼルがためらいがちに少女を見ると、黒い瞳を細めながら微笑んでいた。「大丈夫」というサインだろうか。
そのまましばらく歩くと、木造の簡素な家が見えてきた。2人は家の入り口まで歩いた。
「・・・着いたぞ。ここが俺ん家。俺、親父と2人で暮らしてるんだ。親父は顔が怖いけどいい奴だから、きっとお前も居ていいって言ってくれると思う。」
少女は少し緊張した面持ちでコクンと頷いた。
ドアを開けると、キッチンの前に中年の黒髪の男が立っていた。
「親父、ただいま。」
「遅かったじゃな・・・ガゼル、その子は!!?」
親父と呼ばれた男は持っていたフライパンを落としてしまった。
カーン!!!
大きな音が響いた。炒めていた食材が床に散らばった瞬間、親父は目にも止まらぬ速さでガゼルの前に移動して胸元を掴み、そのまま頭突きを喰らわせた!少女は大きく目を見開いて、その光景を見ていた。
「痛ってぇぇ・・・何すんだよ!!?」
「俺はお前の事を本当の子だと思ってこれまで心を込めて育ててきたってのに、お前ってやつは!!お前ってやつはよぉぉぉぉぉ!!!」
「や・・やめろ!!!」
親父はもう一発頭突きを喰らわせると、胸元を掴んだままガゼルを大きく揺さぶった。ガゼルの頭がぐらぐらぐらぐら大きく前後に揺さぶられ、真っ青になって気を失いかけていた。
「魔族が天族の子を攫うってことは、休戦中の今、一番やっちゃいけねぇことだって何度も何度も何度も言っただろうがよぉぉぉ!!!どうせ可愛いから連れてきちゃったんだろ!!?何も考えないでよぉぉぉぉ!!」
親父はブチ切れていた!
(全然話が違う!!!)
少女は顔を真っ青にして親父の腕を掴んで止めようとしたが、びくともしない。揺さぶられ続けたガゼルは白目をむいてダランとしていた。
少女は自分が話せない事を分かってはいたが、必死に叫び声をあげた!
「んーーーっ!!!」
「助けるつもりか?優しい子じゃないか。でも泥だらけだな。どっから攫ってきたんだ? ん!? 金髪に・・・黒い瞳だとぉ!!?」
親父の手から力が抜け、ガゼルはどさっと崩れ落ちた。
(し、し、死ぬかと思った・・・)
解放されたガゼルは、遠のいていた意識が段々ハッキリしてきて、それから強い吐き気を覚えた。
「天族の王の娘が、なぜここに・・!!?」
口元を押さえて吐き気を抑えていたガゼルは、目玉が飛び出る程驚いて少女を見上げた。