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第二話

 かくして始まった不貞関係。

 

 学年が上がると、私はディオーニ王子にべったりと張り付くこととなった。

 つまり私は無事、三年生として学生生活を送れることになったのだ。

 これも全て王子のお陰。

 借金のみならず、学費も生活費も全て王子持ち。

 婚約破棄に必要な経費だから、と王子は言うがありがたいことには変わりない。

 ランチも一緒に摂るので、これも王子の奢りだ。

 

 良いことばかりではない。

 まず、友人を全て失った。

 私がディオーニ王子に付き纏うようになると、友人たちは止めるように忠告してくれたが、残念ながらそうはいかない。

 となると皆、巻き添えを食いたくないのか、私と距離を取り始め、最終的には近づかなくなった。

 当たり前である。

 婚約者のいる男に手を出すふしだらな女と交友関係を保つ必要はないし、加えてディオーニ王子の婚約者は公爵家の御令嬢なのだ。下手に協力者と思われては公爵家を敵に回しかねない。

 

 まあ、それはいい。

 どうせ元々、三年目の学生生活は無かったのだ。

 もし、二年で学園を去ってなお友情が繋がっていたとしても、ラフォーサン伯爵の下へ嫁に行けばどの道、会えない。

 エロ爺に金で買われた身で、どのツラ下げて友人と会えばいいのか。

 

 寂しくはあるが犠牲は付きものである。

 

 

 大変なのは私よりディオーニ王子の方だ。

 ディオーニ王子はその立場上、常に同じ年ごろの優秀な側近たちが侍っている。最初、私がランチを共にした時は、随分と訝しがられたものだ。

 中には王子に対して臆面もなく、不貞に関して諫言を呈した者もいる。

 わが身を顧みぬ、なかなかの忠臣ぶりだ。

 

 ディオーニ王子はそれらをまったく聞き入れず、排除した。特に私絡みの苦言には激しく反応し、激昂した。相手を罵り、時には手まで出る始末。

 それでもお家をかけて次代の王へと近習している者たちだ。私の友人とは違い、なかなか王子から離れない。なので王子は普段から横柄な態度を取らざるをえなくなり、周りの者から呆れられるように振舞った。

 ただ王子にくっついているだけの私と違い、心ある者を切り捨てなければならない王子の心労はかなりのものだったに違いない。

 

「どうせ破滅するのだ。近くには誰もいない方がいい」


 ディオーニ王子は腹を括っているのだろう。ひとり、またひとりと周りから人が離れていっても悲しい顔一つせずに言っていた。

 

 もう一つの懸念であったメリッサ・バロザウ公爵家令嬢の方は動きが無かった。

 予想では王子の不貞の相手である私に、自身やら取り巻きを使って嫌がらせをしてくるかと思っていたが、一切無い。

 忠告の一つすらしてこない。

 どうやらディオーニ王子以外に意中の人がいるのは本当のようだ。それなら私に何もしてこないのは納得できる。不貞の証拠は多ければ多いほどいいのだから、向こうにとって放っておくのが一番の得策なのだろう。


 かくして我々二人は孤立した。

 学園には大勢の人がいる。

 なのに交流があるのはお互いの二人だけ。

 

 そうなると度々、心が折れそうになった。

 寂しさもあるが、人と交わらないなら家で勉強しているのも同じだ。学園に三年目が通えるようになったときは、それまでの二年間の勉強が無駄にならずに卒業まで行けると喜んだが、そもそも先が見えないこの状況。

 過酷な強制労働を課せられたなら修めた勉学は意味を為さなくなるし、処刑の場合は人生そのものがパアになる。

 とはいえ私には平民落ちや国外追放などの処分の場合、学が役に立つ可能性も無いわけではない。

 なにより私には借金が綺麗に無くなるという絶対的な利点があるのだ。

 

 

 しかし、王子には。

 

 全てを失くした王子には何が残るのだろう。

 放棄したかった王位継承権は狙い通りになるはずだ。だが、それとて失うことに変わりはない。

 罰の予想はおおよそつく。廃嫡、幽閉、平民落ち。

 いずれにしても、王家としての裕福な生活、尽くしてくれる周りの人々。これらとは確実に決別する。

 失うものばかりではない。

 婚約破棄に動いているのは、愛しているメリッサ・バロザウ公爵家令嬢の為。

 そのメリッサ様も結局は手に入らないのだ。

 

 それでもディオーニ王子は悲しい顔を見せなかった。

 王子の心が折れないのに、金を貰っている私が折れる訳にはいかない。

 

 王子と居るのは楽しい。

 もともと平凡な二人である。なんとなく気が合った。

 話していても楽しいし、不貞の証拠を作るために、人前でベタベタするのも苦ではない。

 時折、好きという感情はこういうことなのかな? と思うこともある。

 

 だが、踏み込めない。

 恋愛どころか友人としても親密になるのは避けるべきだと、お互いが分かっているからだ。

 何故ならこの関係に未来はないからである。

 卒業パーティーで婚約破棄をした後、我々に待っているのは断罪だ。

 どのような沙汰が出るかは分からないが、王族と男爵家では課される罰に差はあるだろう。恐らく王子には二度と会えないに違いない。

 

 行く末は別れ。

 虚しさはある。

 とはいえ、同じ目標へ向かって突き進む同志という固い絆は感じられた。ただそれだけを糧に一年を過ごした。

 

 そして三年の終わりの卒業パーティーで、婚約破棄を決行した。

 

 我々二人は予定通り、破滅を迎えたのだ。



     ■     ■     ■


     

 場は裁きの終盤である王宮へと戻る。

 

 

 

 私とディオーニ王子への処遇を言い渡した国王は木槌を叩き、閉廷しようとする。

 そもそも身内の恥を裁いているのだ、早く終わらせたいに違いない。

 そこに待ったがかかる。

 

「お待ちください」

 メリッサ・バロザウ公爵家令嬢である。

 美しい所作で被害者席から立ちあがると一堂に礼をする。

「国王陛下、この件の被害者である私に発言をお許しください」

 王族による裁きが始まってから一言も発していないメリッサ様が声を上げたのだ。異論があるなら当の被害者の意見を聞くのは当然である。

「許可する」

 

 ――さあ、メリッサ様。腕の見せ所ですよ。

 私はしおらしく目を伏せたまま、心の中でエールを送る。


「まず、この件に関して王家から我が公爵家への慰謝料は不要です」

「それは何ゆえだ」

「慰謝料はバロザウ公爵家に入るからです。私個人には何の意味もありません」


 言い分はもっともだ。

 この婚約は王族と公爵家の縁談である。

 つまりは強引に縁を結び続けた、ある意味元凶ともいえる家長の公爵様に慰謝料が入ることになり、娘であるメリッサ・バロザウ様には何の償いにもなっていない。

 傍聴席に座るメリッサの父、バロザウ公爵も特に金銭が欲しいわけではないのか、静かに見守っている。

 

 メリッサ様は続ける。

「そこで王家には謝罪として、いくつか私の望みを叶えていただきたいのです」

「申してみよ」


 お、いいぞ

 いい話の運び方じゃない。

 

「それでは述べさせていただきます。ディオーニ王子……いや、もうディオーニ様ですわね。ディオーニ様との婚約により、私は身を引き裂かれるような苦痛を味わいました。目の前で不貞をされ、それも一年の長きに渡り、ないがしろにされてきたわけです」

 メリッサ様の言葉に国王の顔が歪む。

 傍聴人たちは、静かに発言の続きを待つ。

「挙句の果てに大勢の人が見ている前での婚約破棄。私は傷物になってしまったと言っても過言ではありません。なので国王様」

「なんだ」

「私に婚姻の自由を下さい。誰とでも好きな殿方と結婚出来る自由を」


 ――来た。

 いいぞ、いいぞ。

 認められるかは別として言うだけ言ってやれ。頑張れメリッサ様。

 

 メリッサ様の発言に傍聴席がどよめく。傍聴人たちは概ね賛同のようだ。既にメリッサ様に意中のお人がいるとは知らないのだろう。

 だが、それを認めたくない人物が二人。

 ガタンと傍聴席から音がする。

 メリッサ様の父であるバロザウ公爵様だ。声を発しなかったのは見事である。外から裁きの中に声を掛けるのは厳禁だ。公爵様は立ち上がると国王様に向って激しく首を横に振る。

 絶対に娘の要求を飲むなと言っているのだ。

 国王も戦友である公爵を裏切れない。要求を飲めば公爵の娘であるメリッサ様は国外へ嫁に行ってしまう。しかし、要求自体はそれほど無茶なものではない。前代未聞の事件で傷物となった御令嬢が欲するには納得の条件だ。しかも莫大な慰謝料を断ってのこの発言。王家に非がある以上、簡単にむげには出来ない。

 

 逡巡し、押し黙る国王。

 そこに意外な人物から声がかかる。

 

「父上」

 ディオーニ王子の弟、バッサーロ王子である。

 誰もが不意をつかれたのだろう。この場にいる全ての人物が口を閉ざし、声の主に注目する。声は大きくも小さくも無い。だが聴衆を惹きつける力があった。

 場が十分に静まるのを待って、バッサーロ王子は続きを口にする。

 

「我らが世代に禍根を残すのは止めていただきたい」


 この発言に国王は最初、何を口出しているのだ。という顔をしてバッサーロ王子を見た。

 しかし、すぐに思い直したようだ。

 バッサーロ王子は既に次代の王として意見しているのだ。今まではディオーニ王子、バッサーロ王子のどちらかが王位を継ぐ、という状況だったが、片方はつい先ほど廃太子してしまった。

 何より今までとは全く違うバッサーロ王子の堂々たる振る舞い。

 国王に睨まれても顔色一つ変えないどころか、逆に圧をかけるようなオーラを発している。

 言外に、お前らの個人的なことでこれ以上、後々まで続く王家の威厳を汚すな、と伝えているのだ。

 

 ――弟、強っよ。

 私は王家の過ちを正すために豹変したバッサーロ王子を見て驚いた。

 裁きに入る前の薄い印象はどこへやら、今は王としての風格に満ち満ちている。現に国王と公爵を除く、この場にいる誰もがバッサーロ王子の言葉に頷いていた。

 

 ――そりゃ、ディオーニ王子も王位を譲るわけね。

 

 たった一言。

 それだけで周りを巻き込んで国王様たちがいかに我儘なのかを分からせたのだ。

 形勢は決まってしまった。

 国王様は弱弱しく木槌を叩くと口を開く。

「……王家はメリッサ・バロザウの望みを叶えるものとする」

 再び、ガタンという音がする。

 公爵様がくずおれた音だ。

 公爵様は勢いよく椅子へと倒れ込み、下を向いて座ったままピクリとも動かなくなっていた。

 

 ――あらら、ショックで気絶したんじゃないの?

 とにかく、これでメリッサ様の幸せは確定だ。

 めでたし、めでたし。

 

 当初の目的は果たせた。辛かったが骨を折った甲斐があったなあ、なんて思いながら私は裁きの終わりを待つ。

 しかし、メリッサ様は下がらず立ったままだ。

 

 その姿に国王様も怪訝な表情で口を開いた。

「なんだ、まだ何かあるのか」

 国王様は、この短時間で老けたんじゃないの? というほど顔に生気が無くなっている。

 裁きのあいだに、馬鹿息子のディオーニ王子と言い争い、バッサーロ王子にたしなめられて、戦友を裏切る羽目になったのだから無理もない。

 

 立ったままのメリッサ様は、もうひとつだけ、と前置きすると続ける。

「モール男爵家。そこのレティシア嬢のご実家ですね。聞けばディオーニ様が入れ込んだお陰で借金こそ無いものの資産は皆無なご様子。そもそも男爵家から取れる慰謝料などたかが知れているので、これに関しても不要とさせていただきます」


 ――むむ?

 確かに家の規模によって支払える限度額は変わってくるが、いらないとはどういうことか。公爵家からしたら微々たる額だということか。

 ディオーニ王子との契約上では、私に発生する慰謝料も払ってくれると確約してもらっているので払うこと自体に問題は無いのだが。

 

「なので慰謝料に代わり、彼女には別の償いを要求します」

「ほう、申してみよ」

 ――おいおい、何を言い出すんだ。

 それに国王様、申し出が王家と関係なさそうだからって気楽に応じてるんじゃありませんよ。

 メリッサ様、どうか処刑とか物騒なことを言わないで下さいよ……。

 

 国王様の許可が出て、メリッサ様は続ける。

「レティシア嬢には不貞という、私の心を深く傷つけた行為の責任を取って、ディオーニ様と強制的に結婚してもらうことを求めます。そして未来永劫、死が二人を別つまで離縁することを禁じて欲しいのです」


 ――?

 うん?

 メリッサ様、何を言ってるんですか?

 

 ディオーニ王子と私の結婚。

 衝撃的ではあるがそれはいい。いや、良くは無いが、一旦、置いておく。いや、置いておかねばならない。

 それよりも先に気にかけないといけないことがある。問題はメリッサ様の発言は全くもって場にそぐう発言ではなかったということだ。

 

 案の定、傍聴席がざわつく。

 私を始め、裁きの場にいる全ての人の顔にハテナマークがついている。

 

 この反応は、至極当然。

 メリッサ様の提示した罰の内容が、どう考えても国王様が下した鉱山送りよりも軽いからである。

 厳しい鉱山での下働きにくらべ、辺境とはいえ領主の妻という立場は平民でもなく比較的、普通以上の暮らしが送れる身分だ。

 二つにはかなりの差があるし、考えようによっては軽いどころではない。

 実際にディオーニ王子と私が熱烈に愛し合っていたなら、辺境に飛ばされたとはいえ、手に手を取って二人で生きていけるのだ。廃太子のディオーニ王子はともかく、もともと貧乏な私に限ってはご褒美に近いものがある。

 

 ――不味い。

 私は思った。

 メリッサ様がどういう考えで発言したかは分からない。もしかしたら寛大な心を示したかったのかもしれない。だが、償いと言っていたので許しとは違うのだろう。第一、私を許す理由がない。

 

 ――なんとかしないと。

 ここで一番困るのは、下手に勘繰られることだ。私とディオーニ王子は手酷い罰を受けてこの場を退場するのがベストなのだ。なのにメリッサ様はその反対の発言をした。

 これは悪手といえる。

 傍聴人には聡い者もいる。メリッサ様が手心を加えたことで、ディオーニ王子、メリッサ様、そして私の三者が結託しているのではないかと疑う者が出てくるかもしれない。

 そうなると今は撃沈している公爵様が持ち直し、裏で手を回すかもしれない。協力している事実が無くても、捏造して横やりをいれてくる可能性もある。

 

 ディオーニ王子はメリッサ様には事の次第を伏せてあると言っていたがどうだろうか。

 実際、二人が繋がっていた所で私には何も出来ないので、気にしていなかった。不貞をかましている本人が、公爵令嬢という上の立場の者に話しかける訳にはいかないからだ。

 

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 確認できないことをうじうじ考えても仕方がない。

 

 見ればしおらしくしていたディオーニ王子も予想外の事態に焦っている様子だ。メリッサ様と顔を合わせるのは禁じられているので、振り返りはしないが一瞬だけ見えた横顔は、険しい表情だった。

 

 私の直感が激しく警鐘を鳴らす。

 

 ――間を開けて駄目だ。

 ここに存在するすべての人間に考える時間を与えてはいけない。今すぐ何かアクションを起こさねば。

 

 私は息を吸い込むと、大声で叫んだ。

「嫌よ!」

 私の叫び声に、全ての聴衆が注目する。

 私はディオーニ王子を指さして、背後から近づくと喚き始めた。

「ディオーニ王子が私を王妃にしてくれるっていうから付き合ってたのよ。なのに結婚して辺境行き? 冗談じゃない。田舎の領地で苦労するのはもう沢山。そんなの借金にまみれながら散々、経験したわ。しかも今度は馬鹿な嘘つき男が領主だなんて、上手く行きっこない。また借金やら責任を押し付けられるのは真っ平ごめんよ。それなら鉱山で飯炊きしている方がまだマシだわ」


 次に私は国王様に向って訴える

「私はこの男に、あなたの息子に、君を王妃にして贅沢をさせてやるって騙されたんです。これって詐欺ですよね。私は被害者なんです。親のあなたが責任を取ってください」

 私の言いがかりに一同、ポカンだ。

 

 直接言われている国王様でさえ、何を言われたか理解できずに口を開けて呆けている。まあ、こんな理不尽な言葉を投げつけられたことがないのだろうから気持ちは分かる。

 私の言葉に、ディオーニ王子が息を吹き返したかのように呼応する。

「そんな……レティシア。君は私の事を好きだ、愛していると言っていたじゃないか。私と結婚できるんだぞ。辺境行きのなにが不満なんだ」


 さすがディオーニ王子。上手く合わせてくるわね。だてに一年間、一緒にいたわけじゃないってことか。

 

 ――よーし、こうなりゃどこまでも踊ってやるわ。

 王子。しっかりついてきなさいよ。

 

「あなた馬鹿なの? 辺境行きが嫌な理由はさっき言ったでしょ。だいたい何なの。婚約破棄だってメリッサ様が受け入れるはずないって言ってたのに、簡単に受け入れられちゃって……。婚約破棄は脅しで、メリッサ様をいいなりにして私を正妃、メリッサ様を側妃にして実務はメリッサ様に回すって言ってたじゃない!」


 全く持って言語道断の言い分である。

 男爵家の娘を正妃にというのももっての外だが、その上で公爵家を側妃にするなどありえない。私の究極に頭の悪い発言に、傍聴席はもう普通に喋っているレベルで騒ぎ始めた。

 もちろん、ディオーニ王子はこんなことを言ってはいない。

 ただの嘘っぱちだ。

 とにかく刺激的な言葉を並べて、メリッサ様の発言を薄めなければ。

 

「あ、あれは婚約破棄を受け入れたメリッサが悪いんだ!」

「あらそう? 単純に愛されていなかっただけでしょ。まあ、私もあなたなんて愛していなかったけど」

「嘘だ。君は私を愛していると……」

「ちゃんと聞いていなかったの? 私は王子のあなたを愛していると言ったのよ。愛しているのは王子の部分。今のあなたは王子が取れちゃってるじゃない」

「私の地位と金が目当てだったのか! よくもまあ大恩ある私にそんな惨い台詞を吐けるな。ちょっとは感謝をしたらどうだ。借金は払ってやっただろ」

「大恩? ははっ、大袈裟ね。物言いだけは一丁前にお上品なことで。なによ借金くらいで恩着せがましい。あなたは王妃にしてくれるって言ったのよ。約束も果たせずによくもまあ偉そうにできるわね」

「レティシア! それが君の本性か。よくも騙したな!」

「はあ? 騙したのはそっちの方でしょ」

 以心伝心、つうとかあ。

 打てば響く、とはこのことで。

 

「父上、聞きましたか? 私がこの女に騙されたのです。私こそが被害者だ」

「ダッサ、結局は親に泣きつくんだ? あなたなんて田舎で鍬もって畑を耕してるのがお似合いよ。あ、大切に育てられた王子に鍬なんて言っても分からないか」

「クワ? クワかあ。いや、今そんなことどうでもいいだろ!」

 ――ちょっとディオーニ王子。調子に乗って馬鹿を演じすぎよ。集中が途切れちゃうからやめて。

 

 延々続く、私たちの丁々発止にざわめきが止まらない。

 いい加減、我慢の限界を超えた国王様が、激しく木槌を叩く。

「やめろ馬鹿者どもが! 貴様らはまとめて辺境へ行ってしまえ! 二度と余の前に姿を見せるな。王家はメリッサ・バロザウの望みを叶えるものとする。地の果てで終生、いがみ合っておればよいわ!」

 国王の出した裁定に、傍聴人たちがどよめく。

 

 中には、さすがメリッサ様はご慧眼、あの性悪女の本性を見抜いておられたのか。や、なるほどあの発言は憎きディオーニ王子を更に地獄へ突き落とす策であったか、などの言葉が囁かれてる。

 

 ――まあ、やるだけやったわ。あとはなんとかなるでしょ。

 

 叫びに叫んだ私の体力はもう限界だ。

 その耳に、隣にいたディオーニ王子の発した微かな呟きが聞こえてくる。

 

「やっぱり凄いね。おねえさんは天才だな」

 ――そうよ、私は天才なのよ。

 

 んん?

 なんか聞こえてきた言葉に反応して無意識に台詞が頭の中をよぎったけど……。

 

 王子、今、なんて言った?

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