3.数年後
数年後──
そんな騒動はつゆ知らず、どの国にも属さない「魔の黒森」の奥深くに潜んでいた魔女カタリナは、こっそり王都に舞い戻った。
目指すはもちろん王宮。
アルフォンスのその後を見に来たのである。
男性になってしまったジュスティーヌは、王太子妃にはなれなかっただろう。
王太子がいつまでも独身というわけにはいかないだろうから、彼女の代わりに妃となった者を、また男性に変えてやっても面白いという腹積もりもあった。
だが──
「くせものー!
であえであえー!」
真っ昼間、王族が暮らす棟を囲む内庭の外れの木立から、そっと様子を伺っていたところ、真上から女の子の声が降ってきた。
は!?と見上げると、木登りでもしていたのか、5、6歳と見える、金髪をツインテールに結った愛らしい女の子が、かぼちゃぱんつ丸出しで「とー!」と飛びかかってくる。
動きは鋭いが、所詮幼女。
逆に捕まえて、人質にしてやろうと待ち構えていたら──
「あびゃああああ!?」
魔女カタリナは、ものすごい衝撃にふっ飛ばされて、芝生の上を転がった。
この幼女、この年で蹴りに重力制御魔法を乗せて体重の軽さを補ってくるとは、と魔女カタリナは歯噛みする。
「「くせものつかまえるー!」」
銀髪の、互いにそっくりな男の子2人が走ってくると、2人で同時に魔法陣を展開した。
「「百蛇召喚!」」
シンクロ率100%な魔法陣から無数の蛇が湧き出して、魔女カタリナは足首から首まで、あっという間に簀巻きにされてしまった。
この幼児共、この年で召喚魔法をキメて来るとは、と魔女カタリナは歯噛みする。
慌てて駆けつけてきた護衛達が、なんじゃこりゃ?と戸惑っているうちに、ゆったりとしたドレスをまとった、金髪の美しい女がやってきた。
王妃に似ているが、こんな王女がいただろうか。
「シャルロットったら。
木登りはよいけれど、重力制御魔法はまだ早いって言ったでしょう?
手加減を間違えたら、自分で自分の脚を折ってしまうわ」
鷹揚に笑うその腹が目立って膨らんでいる。
妊娠しているのだ。
「あら?
あなた、カタリナではなくて?」
続いて、その後ろからジュスティーヌもやってきた。
女のままだ。
「は!? なんであんたがここにいるのよ!?」
「なんでって、わたくし、王妃兼王配ですもの」
「はあああああ!?」
話が長くなると見た侍女のジュリエットの指示で、従僕達が椅子やらテーブルやら日除けを運んできて、茶の支度が整った。
優雅に紅茶を飲み、子どもたちに菓子を与えながら、アルフォンシアとジュスティーヌは、代わる代わるその後のことを簀巻きにされたままのカタリナに説明した。
ジュスティーヌが産んだ長女のシャルロット、アルフォンシアが産んだ長男のギュスターヴと次男のドナテロの下に、ジュスティーヌが産んだ次女のマティルダがいて(今はお昼寝タイムで、乳母が見守っている)、今度はアルフォンシアが妊娠中だと聞いて、カタリナは取り残され感に絶望した。
その間にも、ギュスターヴとドナテロは、「ジュスままー!しょうかん上手にできたのー!ほめてー!」とジュスティーヌにまとわりつき、シャルロットはシャルロットでアルフォンシアにくっついて、カタリナを睨んでいる。
「ところでカタリナ。
一つお願いがあるのだけれど」
アルフォンシアは愛らしく小首を傾げてみせた。
「ななななななな、なによ……!?」
あれほど執着していた王太子が、自分よりも美しい女に変わり、しかも母になって今も妊娠中であることをどう受け止めたらよいのか混乱しているカタリナは、挙動不審に答えた。
「あなたのおかげで、わたくしたちは男として女を愛し、女として男を愛するだけでなく、女同士の愛も知ることができたわ。
でも、今のままでは男同士はどうしても無理なのよ。
そのへん、なんとかならないかしら。
わたくし、アルフォンスとしてジュスタンを愛してみたいとずっと思っていて」
「まあ!
アルフォンシアったら貪欲ね」
ジュスティーヌが上品に笑う。
魔の森に引きこもって、どんな種類の愛にもさっぱり縁がないカタリナは、眼が点になった。
「えっと、どうしてそんな寝言を言っているか全然わかんないと思うんで、私から解説します」
見かねたジュリエットが割って入った。
「アルフォンス陛下は、ジュスタン王配殿下の方が殿方としてイケてるんじゃないかと前々から気にしていらっしゃるんですよ。
かるーくジェラシーというか、張り合いたいお気持ちがあるっぽいんですよね。
もちろん、アルフォンシア陛下としては、ジュスタン殿下に溺愛されまくって大満喫されていらっしゃるんですが、アルフォンス陛下に戻ると、もやもやするようで」
「はあ???」
解説された方が意味がわからない。
「でも、ジュスタン殿下はジュスティーヌ殿下でもあるので、憎むとかそういう方向には行けないんです。
だから、アルフォンス陛下としてジュスタン殿下を愛でまくって、仕返し?代わりにしたいということなのかなって」
「はいいいいいい???」
「ついでに言うと、今のジュスティーヌ=ジュスタン殿下の微笑みは、『よろしい、ならば受けて立ってやる!』ということです。
私の予想としては、アルフォンス陛下対ジュスタン殿下となったら、あっという間にジュスタン殿下にひっくり返されて、アルフォンス陛下が墓穴を掘ると思うんですが……
ま、そういうことです」
「どういうことーー!?」
全然わからん!とカタリナは簀巻きにされたまま、びったんびったんと芝生の上で跳ねた。
アルフォンシアは「え、そうなの!?」とジュスティーヌに訊ね、ジュスティーヌは「まさかそんな」とごまかしている。
「ていうか、アンタの呪いのせいで、うちらおそばに仕える者は、斜め上にあてられっぱなしなんですよ!
男になっても女になっても、いっちゃいちゃいちゃいちゃ……!
マジで責任とってほしいんですけど!!!」
言ううちに怒りがこみ上げてきたのか、ジュリエットはうねくれる蛇をものともせず、蛇の上からカタリナをゲシゲシ蹴り始めた。
「やめてー!」
「へびがいたいー!」
慌てて2人の王子がジュリエットを止めようとする。
その隙に、カタリナは芝生の上を転がって蛇を振りほどいた。
そこに、シャルロット王女が無言でさっと飛び出してきた。
やばい。
この幼女はやばい。
愛する者のためなら、躊躇なく人の首をへし折る眼をしている。
「なにがなんだかよくわからないけれど!!
覚えていやがれですわ!!!」
魔女カタリナは、泣きながら転移陣を開いて、どうにか飛び込んだ。
この作品は、弓良十矢先生の「設定 投げて!」企画(活動報告でお題を募って、作品を書く企画)にのっからせていただいた作品です。
カフェ千世子先生に「男女逆転物」をというネタを頂戴したことから、こんな変な作品が爆誕してしまいました…。
お二人とも、ありがとうございました!