2.結婚式とハネムーン
舞踏会は中止となり、賢者達が呼び集められた。
あれやこれやの審議の上、魔女カタリナはジュスティーヌが男性になる呪いをかけるつもりだったが、呪文をコピペで継ぎ接ぎした結果、命令がズレてしまって「性別が逆転する」呪いをかけてしまい、それにアルフォンスも巻き込まれたのだろうということになった。
呪いというものは、かけた本人に解かせるほかないのだが、やっつけの継ぎ接ぎ呪文では、本人にも解けなくなっているかもしれないと賢者達は憂いた。
そもそも、国を挙げて大捜索しているのに、カタリナの行方は杳として知れない。
次は、今後どうするか王族と宰相ら主要貴族で会議が開かれた。
アルフォンスは国王唯一の男子「だった」。
男子にこだわるのなら、他国の親戚から新たな王太子を迎えなければならない。
もともと男子がいなければ女王が立つ国でもあったし、執務能力にはまったく問題がなかったので、引き続きアルフォンスが王位継承者、その配偶者はジュスティーヌでよかろうということになった。
ただし、2人は身体の性別が変わっただけではなかった。
人格も喋り方も自己認識も、身体の性別に合わせて変わってしまったので、元の名を少し変えて、アルフォンシア、ジュスタンと呼ぶことになった。
以前の2人は、貞淑なジュスティーヌに優しいアルフォンスが合わせて、穏やかに礼節正しく接していた。
エスコートやダンス、挨拶で触れあうことはもちろんあったが、それ以外というと、どさくさに紛れて一度手をつないだことがあったくらいだ。
それだけで、真っ赤になってうつむいてしまうような二人だったのだ。
だが、ジュスタンは大胆な性格で、隙あらばアルフォンシアを抱き締め、膝の上に乗せて唇に触れたり、髪をひとすくい掬っては眼をあわせたまま接吻してみせたりして、アルフォンシアと周囲をドギマギさせたりする。
明るく朗らかなアルフォンシアもやられっぱなしではなく、ジュスタンに愛らしく逆襲をしかけたりする。
あまりのイチャイチャぶりに、ジュリエット達は「甘い、甘すぎる」とうめき声をあげるしかなかった。
というわけで、予定通り2人の結婚式は盛大に行われた。
総レースの花嫁衣装に身を包み、長い長いヴェールを引いたアルフォンシアの愛らしさ。
それを迎えるジュスタンは凛々しく、乙女が夢見る「氷の貴公子」そのもの。
厳かに式を終えた2人は、バルコニーから、王宮の前庭に集まった国民の盛大な歓呼に応えた。
披露の舞踏会も今度は無事に終わり、夜更けになってようやくアルフォンシアとジュスタンは、二人きりになった。
「アルフォンシア。
私は女だったから、今のあなたがどれだけ怖がっているか理解できる。
大丈夫、無理なことはしないから」
湯浴みを済ませ、寝間着に着替えたアルフォンシアを抱き寄せて、濃い金色の髪を指で梳きながらささやくジュスタンに、王太女は花がほころぶような笑みを見せた。
「ジュスタン。
わたくしは男だったから、こういう時の我慢がどれだけ辛いかわかるわ。
いいの、あなたの思いを素直にぶつけてくれれば。
わたくし、そうして欲しいの」
思わず、ジュスタンも笑ってしまった。
「そうだね。
あなたのためならどんなことでもとは思っているが……
たしかに、これは辛い」
──というわけで、しばし時が過ぎ。
ジュスタンに腕枕をしてもらってうとうとしていたアルフォンシアは、違和感を感じて眼を開けた。
細身だがよく鍛え上げているジュスタンの身体に、腕も脚も巻きつけて眠っていたはずが、その感触がなにか違う。
自分より──華奢だ。
あれ?と眼を上げると、目の前に、自分のものより慎ましやかだが愛らしい「お胸」があった。
「ジュスティーヌ!?」
「殿下!?」
気がついたら、2人は元に戻っていた。
どういうことなのか混乱したが、まだ夜も明けていない。
朝まで待って皆に知らせようとか言ううちに、もともと思い合っていた二人は、なるようになってしまい──
「アルフォンシア!?」
「ジュスタン!?」
気がついたら、またアルフォンシアとジュスタンになっている。
その後、幾度逆転したかはさておき、二人はアルフォンスとジュスティーヌの姿で、朝を迎えた。
再び集められた賢者達はあれこれ調べたあげく、愛の行為のさなかに二人の魔力が溶け合うことで、カタリナのコピペ呪法が一時的に解呪されているのではないかと推測した。
アルフォンスとジュスティーヌがいたせば、アルフォンシアとジュスタンになってしまうのだから、なんかちょっと違う気もするが、とにかくそういう行為が呪いに干渉していることは間違いない。
ならば愛の行為をたくさんすれば、完全に解呪できるのではないかとジュスタンは熱く主張し、ハネムーンの予定を延長して離宮にこもって励みに励んだ。
が。
ある時から、ジュスタンはジュスティーヌに戻ったのに、アルフォンシアはアルフォンスに戻らなくなってしまった。
女性同士の組み合わせになっても、二人の愛は変わらなかったが、このままでは世継が難しい。
ジュスティーヌとの結婚を「なかったこと」にして、アルフォンシアに新たな王配をめあわせるべきか、しかし新たな王配を迎えた後で、なにかのはずみでアルフォンスに戻ってしまったらどうするのかと、喧々諤々の議論になったのだが──
アルフォンシアもジュスティーヌも、妊娠していた。
妊娠すると、男性に戻らなくなるようだ。
妊娠した状態で男性に戻ったら、せっかく宿った生命は消えてしまうだろうから、理屈としてはわからんでもない。
悪阻やらなにやら大騒動が続いたが、なにはともあれジュスティーヌが女の子を出産し、続いてアルフォンシアが男の子の双子を出産した。
出産後、落ち着いた頃に、アルフォンシアはアルフォンスに戻った。
どうやら女性に固定されるのは妊娠中の間だけらしい。
このままで安定してくれればと国王と王妃は願ったが、あっという間に二人はアルフォンシアとジュスタンになった。
いつか呪いが弱まればどちらかに定まるかもしれないが、一生男女反転し続けるのかもしれない。
しかしよく考えてみれば、男としての衣装も女としての衣装も作らなければならないのは面倒だが、困るといえばそれくらいのことである。
この頃になると、王家も周囲も斜め上な事態に慣れ、このままアルフォンス=アルフォンシアが「王であり、女王でもある者」として即位する時のことを想定して、法学者達が王室典範の修正を検討し始めた。