1.婚約披露の宴
とある国の王宮。
壮麗なホールで、王太子アルフォンスの婚約披露舞踏会が行われていた。
アルフォンスは金髪碧眼高身長な上、大陸一の美姫と謳われた王妃にそっくりな顔立ち。
大手絵入り新聞が毎年発表するイケメン王族ランキングでは、必ずベスト3に入る美形王子様だ。
その伴侶となる公爵令嬢ジュスティーヌは、すらりとした長身に銀髪紫眼。
豪奢なクリーム色のドレスをまとっている。
アルフォンスの隣に並び立っていささかも見劣りしない、玲瓏とした美女だ。
全力で着飾って集まった国内外の貴族達を前に、2人は息のあったダンスを華麗に披露し、皆、その美しさにため息をついていたところ──
「この婚約、絶対に許しませんわ!!」
ステンドグラスを嵌め込んだ高窓がバーンと開くと、修道士のようなローブをまとった人影が飛び込んできた。
しゅたっとフロアの真ん中に降り立ち、フードを跳ね上げれば、がっつり縦ロールにした金髪がこぼれ落ちる。
「あ!?
殿下に横恋慕したあげく、あれこれやらかしたのが露見して、実家から縁を切られて修道院に放り込まれたカタリナ・サン・ラザール元公爵令嬢!?」
ジュスティーヌの侍女に内定している、ピンク髪の男爵令嬢ジュリエットが悲鳴を上げた。
説明口調なのは、王都の社交界に疎い田舎貴族や他国から来た招待客への配慮だ。
「うるさいッ
修道院に入ったと見せかけて、魔女の元で修行してきたのよ!
ジュスティーヌ、殿下と結婚できなくなるよう呪ってやるううううう!!」
カタリナは両手を突き出し、呪を唱えた。
闇色の霧が、ジュスティーヌの方へしゅるしゅると飛んでいく。
「危ない!」
とっさにアルフォンスがジュスティーヌをかばい、2人は闇に巻かれて倒れ伏した。
「ざまぁ! ざまぁ! ざまぁ!
ですわああああああ!!」
ざまぁ三唱しながらカタリナは転移陣を開くと、高笑いを残して逃げていった。
「ででで殿下!?」
「姫様!?」
慌てて皆が駆け寄る。
先に身を起こしたのは、ジュスティーヌ。
「殿下、ご無事ですか!?
カタリナめ! なんということを!」
だが、なにか様子がおかしい。
顔立ちの印象が──どこがどう違うのかとっさに指摘できないが、違う。
それに、声もやたらと力強い。
「くううッ
背、背をッ
コルセットをッ」
急にジュスティーヌが背に両手を回してもがき苦しみ始めた。
ジュリエットが駆け寄るが、人前で脱がすわけにもいかず、え?え?え?とあわあわする。
「短刀ッ」
顔を赤黒く染めたジュスティーヌは叫んだ。
護衛のクリフォードがとっさに短刀を渡し、ジュスティーヌみずから、ドレスやコルセットを切り裂いていく。
「え!?」
「あ!?」
「あああああ……!?!?」
皆、なにがおかしいのかようやく悟って、声を上げた。
ジュスティーヌが、男性になっている。
ドレスに入り切らなくなった身体は、細身ではあるがどう見ても男性のものだ。
バラバラになったドレスを片手で抑えているせいもあって、強制的に女装させられた上に狼藉を受けかかったような有様。
怒りにきらめく眼が、またそれっぽい。
その眼を間近で見てしまったジュリエットは、あまりの色気にぽーんと意識が飛んで失神。
周辺にいた令嬢達がバタバタとそれに続く。
慌てて息子に駆け寄ろうとしていた王妃は鼻血を噴き、なんでか国王も噴いた。
「んん……
は! ジュスティーヌ!
ジュスティーヌは無事!?」
ここでアルフォンスも身を起こした。
「殿下!!」
男性になったジュスティーヌが喜色満面となってアルフォンスに呼びかけるが、ドレスがアレで身動きが取れない。
「え?え? なにこれ!?
どういうこと!?」
アルフォンスは完全に混乱していたが、なにはともあれジュスティーヌの肌を皆の眼から隠そうと、妙にぶかぶかになっている自分のテールコートを脱いで着せかけようとした──のだが。
「殿下、お胸が!?」
「ほへ!?」
アルフォンスの胸には、あるはずのない「お胸」がぽわんと揺れていた。