誰かにとっての楽園
この私、長い月日を経て僭越ながら漸く執筆を再開させていただきます。
今回はソ連軍が異世界を開拓するお話です。
オリジナルの世界線なので史実とは大分違う国々が登場しますが、ご容赦下さい。
《1999年4月23日 旧イナキーラ大公国領某所、廃域上空》
その時、俺は何故か我が家のベッドで目覚めた直後だった。
何の因果が合って自分が両親共々忌み嫌ったこの実家で目覚めたのかは分からないが、取りあえずベッドから降りていつも起きたら真っ先に向かうリビングへと足を運ぶ。
いつもの日常ならもう既に母親…ではなく名前は忘れたが我が家専属の若いメイドの女が作った朝食が用意されている筈だ。
母親は面倒くさがりだから家事の様なこの手の仕事は全てたった一人のメイドに押し付けて、自分は父親に着いていき共産党員の人達と遊んでばかりいたのが日常。
幼き俺を抱き上げた事さえ無い母親が笑いながら席に座るように促す。
父親は共産党幹部としての仕事の為既に家を出ていたようだった。
いつも俺に共産党員になる事を強要していたあの最早この国では形骸化している共産主義狂いの父親がいないのは行幸だ、と俺は内心歓喜しながら席に座りBMP-2歩兵戦闘車の装甲よりも薄っぺらい神への祈りの言葉を捧げてすぐに食事に手を付ける。
しかし、そこで俺はある違和感に気付く。
メイドの女が丹精込めて作ってくれた筈の朝食は…
何故か鉄の味がした。
「目ぇ覚ませ!!生きる事までサボる気か!!!」
戦友からの強烈な顔面への平手打ちによって瞬時に我に返った彼、『ルカ・コペイキン」は戦友であり戦場童貞であるルカと違ってアフガン侵攻を経験している男、『フェドセイ・イグナーチェフ』と目が合う。
周りに視線を移すとそこは忌まわしき実家ではない事に一瞬安堵し、しかし今いる場所が墜落寸前の輸送ヘリ、Mi-8MTの機内である事を知ると再び慌てふためき始めた。
「な、何何何!!?何があった!?」
「ヘリがクソッタレの魔物に襲われてやがる!!エンジンがやられたみたいだ、高度がどんどん下がって来てる!!」
頭から流れ、口の中にも入って来ていた血を拭い、何が起きているのかと咄嗟に激しく揺れる兵員室の窓から外を覗いたルカ。
そこには、大口を開けてこちらに迫って来る飛竜の姿があった。
「やっば…!!」
咄嗟にルカとフェドセイは自分の席から飛び退くと、先程まで二人がいた場所を飛竜の嘴が貫いた。
Mi-8MTの機体左側面を貫いた嘴は同乗していた同じ小隊の仲間を何人か咥え、そのまま飛び去った。
連れ去られていく仲間の叫び声が遠のいていくのを聴いたルカは戦慄するが、悲鳴を上げる暇も与えられず機体が突然揺れの激しさを増した。
背後を見ると、機体の後部扉が意識を失っている間に食いちぎられたのか無くなっておりその先にはある筈のテイルローターが半ばから圧し折れていた。
操縦席ではパイロットが何かを叫んでいるが警報音によって掻き消され聞こえなかった。
バランスを崩した機体は右斜めに傾きながら地面目掛けて全速力で突っ込んでいく。
席に座っていなかった二人は当然転倒する。
「うわっ!!」
「クソッ!振り落とされるぞ!!」
転倒した二人は既に扉の無くなった機体後部に吸い込まれ、数名の他の仲間と共に遂に機体から振り落とされた。
意識を失う直前、二人が最後に見たのは真下に広がる湖だった。
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湖に落ちたルカは、必死に泳ぎ水面へ浮き上がると数十mは先にある浜を目指す。
何十kgとある重装備を身に付けた状態で着水した湖は思いの外深く溺れそうになった為、すぐに背中に背負っていた背嚢を放棄した。
湖の底へと沈んでいく食料やその他の重要な物資が詰まった背嚢を横目に、何とか浜まで辿り着く事が出来た。
無事に浜へ上がる事の出来たルカは息を荒げながらも周囲に他の生存者がいないか視線を巡らす。
そして、少し離れた所でイグナーチェフとあともう一人誰かが上がって来るのが見えた。
「おーい!大丈夫か!?」
ルカと同様、息を荒げながら這い蹲る彼らの下へと走り寄り邪魔な小銃や装備を退かしその場に寝かせる。
「アンタも無事か……げっ」
イグナーチェフの生存に安堵したルカだったが、もう一人の生存者の顔を見ると僅かに顏を顰めた。
そのもう一人の生存者とは、ルカの上官にして小隊長である「マルティン・シャラ―ヴィン」上級軍曹だった。
彼もイグナーチェフと同じく、アフガンでの戦いを経験した熟練兵であり頼もしくはあるが規律を重んじる生真面目な性格故に不真面目なルカは彼に対してあまり良い感情は抱いていない。
「ル、ルカ…俺はまだ、死んでねえか?」
「お前も俺も生きてるぞ!高度が大分下がってたお陰で何とか助かったみたいだ」
上体を起こし意識が朦朧とする中問いかけるイグナーチェフに声を張り上げて答えながら、意識の無いマルティンを起こそうと試みていた。
「正直ほっときたいが…上官見捨てたとか言われたらたまんねえからな。一応救命活動はしとかねえと…」
一人でそう呟きながらもマルティンを起こそうと心臓マッサージは続けていた。
「本当なら人工呼吸もしてやんなきゃ駄目なんだろうけど、野郎にファーストキスくれてやる程まだ人生に絶望はしちゃいねえ…」
ルカの内心では別に、彼が死んでも構わなかった。
寧ろ死んでくれた方が救出された後に余計な事を報告されなくて助かるまである、という考えが今のルカの脳内を満たしている。
ただ万が一生きていた時に見捨てた事がバレると間違いなく罪人として裁かれるのでルカの脳内の理想としては、「懸命な救命活動を行ったが間に合わなかった」という悲しき事実を演出する事だった。
現在進行形で行っている心臓マッサージも、とても人の命を救おうとしているとは思えない力の弱弱しさだった。
救助が来れば間違いなく死体は回収されるので腰のホルスターに収まっている9mmマカロフ拳銃で頭を撃ち抜く訳にもいかない。
このまま永遠に意識が戻らない方がルカとしては助かるのだがその思いは呆気無く打ち砕かれた。
「……ゲホッ!」
激しく咳き込みながら身じろぐマルティン。
「マジかよ…」
救う気など微塵も無かった彼が奇跡的に意識を取り戻した姿を見てルカの口から思わず言葉が漏れた。
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「生存者はこれで全てか?」
「ええ、目に見える範囲では我々だけのようです」
意識を取り戻したマルティンは早速、小隊長らしく残されたルカとイグナーチェフの二人へと指示を出す。
「先ずはこの廃域を離れるぞ。ヘリは墜落しただろうしその音で魔物も寄って来ている筈だ」
「しかし、ルカの防毒マスクがありません。このまま先に進むとルフィナ・ウイルスに感染する恐れもあります」
口を挟んだイグナーチェフに対してマルティンは起こる訳でもなく、少し考えるような素振りを見せる。
「勿論、汚染地域に近付く気は無いが、地図が無い以上コンパスと記憶力を頼りに行く他あるまい」
それ以上の議論は無意味だと考えた三人はヘリが落ちた方角とは真反対へと歩き始めた。
歩き始めてから程なくして、他の仲間の死体を見つけた。
ヘリから振り落とされた際に森の中に突っ込み、大木に全身を叩き付けられたようだ。
手足がおかしな方向に曲がっており、頭は完全に粉砕され綺麗なピンク色の脳がそのまま飛び出て木の幹にこびり付いている。
「せめて安らかに、眠れ…」
死体のドッグタグを手に十字架を切るマルティンの傍らで、ルカは死体の下に何かが挟まってるのを見つけそれを引っ張り出す。
「おお?中々いいモン持ってんじゃねえか」
死体が身に付けていたのはソ連軍正式採用のカービン銃、「KS-23M」だった。
背嚢にはKS-23M用の弾薬と一緒にPMG防毒マスクも入っていた。
「無神論者だから祈ってやる事は出来ねえが、こいつらは有効活用させてもらうぜ」
KS-23Mのフォアエンドを僅かに引き、薬室が空な事を確認するとスリングを肩に通した。
AKS-74自動小銃とKS-23Mを肩から提げたルカはイグナーチェフ達と共に再び歩き出す。
背後から迫り来る何かに気付く事無く。
一話の中に設定をぎっしり詰めるのは流石にアレなので、数話に分けて少しずつ解説尾入れていこうかと考えております。