フォークソングをカセットテープにいれてあなたと見る海は、海なのかしら?
『ねえ、あなた明日は何の日だか覚えてる?』
『ああ、明日か。早く帰ってくるよ。お前の好きなショートケーキを買ってくるよ。』
『わあ、嬉しい。じゃああなたの好きなローストビーフ作りたいわね。』
『わさび醤油につけると美味いんだよな、お前のつくるローストビーフは。』
『ふふ、、そういえばね。明日はもう1つ記念日になると思うの。』
『そうだな。』
『そしたらね、もっともっとやりたいことができるようになると思うの。』
『ああ、そうだな。』
ネクタイを締める。
『それは、あなたがお気に入りのネクタイよね。』
『ああ、お前が去年の誕生日にくれたものだよな。』
『本当に似合うわね。藍染の深い深い青い。まるで深海のように、、、』
『ああ、お前は海が好きだからな。』
『また、あなたと行けるかしら。』
『ああ必ず行けるさ。必ず一緒に行こう。』
妻の目からは涙が溢れていた。
ガチャ。
カセットテープが止まる。
潮風だけがこの空間の音を支配する。
妻が亡くなって30回目だ。
こうやって、妻の好きだった海を見る。
彼女の最後はこの海の見える小さな病院だった。
窓から流れてくる潮風を感じながら召されて幸せだったのか?
だって『また行けるかしら?』だ。
もしかしたら病院から連れ出してでも最後は砂浜で海の匂いや潮風を感じながら、送ってあげるべきだったのではなかろうか。病院から見た海は彼女にとって海だったのだろうか。
あの手術で亡くなることを予期していたのかもしれない。だから、ああやってカセットテープに会話を吹き込んで俺の心を、死んだ後にも掴みたかったのだろうか。
毎年、あの日に私は妻が見たかった海に来てはこのカセットテープを聞く。
妻がまた行きたかった海を一緒に感じるために。