異世界召喚
「ちょっと待ってよ。まだネクタイしてないんだ」
僕は鏡の前でネクタイを手に返事をした。
「しょうがないお兄ちゃんですね」
さっきまで玄関にいたはずのほのかが僕の背後に立ち僕の手からネクタイを取り上げた。
「私がつけてあげるのですよ」
「いや、自分でつけれるから・・・」
そしてほのかは背後から僕のネクタイをしめる。
背中には柔らかい感触が伝わってくる。
てゆうか、わざわざ背後からするより前からつけた方が簡単なのでは?
「はい、できました!」
「ありがとう」
とりあえず僕は鞄を取ろうと振り返った。
その瞬間だった。
まだほのかが真後ろにいたことに気づかず危なくぶつかりそうになる。
「うわっと、ごめん」
「大丈夫なのです!」
そう言いながら抱きついてくる。
「っと!遅刻しそうなんだった。行くよ!
」
「はぁ〜い・・・」
こうやって、家の中ではやたら甘えてくるほのかなのだが、一歩外に出たら態度が豹変する。
通学路を歩いていると、クラスメイトの杉谷君が話しかけてきた・・・ほのかに。
「小鳥遊さん、おはよう!」
「おはよう、杉谷くん」
挨拶を返しながら優しく微笑むほのか。
「ほのかっ!おはよう」
今度はほのかの友人の神宮寺さんが声をかける。
学校でのほのかは一二を争うマドンナ的存在なのだ。
比べて僕は地味なほうなので少し離れてほのかを見守っている。
「よう小鳥遊」
杉谷くんが今度は僕に話しかけてきた。
「なんで小鳥遊さんみたいな美少女の兄がよりによって冴えないお前なんだろうな」
何かにつけて彼はそうやって僕をいじってくる。
「そ、そうだね・・・ははは」
そして教室に着くと、一人の男子生徒がほのかに近づく。
「おはよう、小鳥遊さん」
校内カースト1位、『花山院遥輝』である。
顔も性格も、名前までもイケメンなのである。
「おはよう、花山院くん」
またしても優しく微笑むほのか。
そしてチャイムがなり、教室に一人の女性が入ってくる。
「はーい、席についてくださーい。ホームルームを始めますよー」
20代前半の小柄な女性。担任の春山遥先生だ。
通称『ぱるぱる先生』だ。
先生が出席簿を教壇に置いた次の瞬間、教室の床が突然光り出した。
「これは・・・魔法陣・・・?」
アニメおたくの僕にはすぐにわかった。
みんなには隠しているが同じ趣味のほのかも気づいただろう。
「みなさん落ち着いて!!」
先生が叫ぶがみんなパニック状態だ。
「みんな!落ち着こう!順番に教室の外へ避難するんだ」
花山院くんがそう叫ぶとみんな冷静になり、教室の扉に向かった。
しかし、次の瞬間。
教室中が激しい光に包まれて、みんな目を閉じる。
そして目を開くとそこは教室ではないどこかだった。
「えっ、えっ!?ここはいったい・・・」
先生がそう呟いたあと、みんな一斉に騒ぎ出した。
すると、突然知らない声が部屋中に響いた。
「静まりなさい」
声のする方へ顔を向けると、外国人風の見るからに王様な男性が玉座に座っていた。
「みんな!とりあえず落ち着いて、あの人の話を聞こう!」
花山院くんがそう叫ぶと、騒いでいたクラスメイトたちは一斉に静かになる。
「あの、ここはどこなんでしょうか?」
先生が訊ねる。
「ここはアールスハイド王国。私は国王のマルス・アールスハイドだ。そなたらのいた世界とは別の世界である」
「別の世界・・・?」
先生の顔は何が何だかわからないといった表情である。
「そなたらは召喚魔法により、私が命じて召喚させた」
「召喚・・・?」
「うむ。今この世界は魔王により滅亡の危機にあるのだ。そこで、私たち普通の人間より能力の優れていると言われるそなたら異世界人を召喚させたのだ」
「そんな・・・彼らはただの高校生ですよ!?まだ子どもです!」
「そうよ!私達はただの一般人よ。早く元の世界に返してよ!」
「そうだ!俺たちには関係ない話じゃないか!」
先生の言葉にクラスメイトたちが続く。
「貴様ら!王に対し無礼であるぞ!」
王様の隣に立っていた男性が叫ぶ。
「みんな!ちょっと落ち着いて!」
花山院くんが叫ぶとみんな静かになる。
「俺たちを召喚できたってことは、逆に返すこともできるんですよね?」
花山院くんが訊ねる。
「残念ながらそれはできない。召喚はそこの時空魔道士アランが行なったのだが、召喚魔法は生涯に一度しかできぬのだ。この国に時空魔道士は彼しかいないのだ」
「そんな・・・」
そして何人かの女子生徒は泣き出した。
すると花山院くんがみんなの方をみて口を開いた。
「みんな!嘆いたところでしかたない。この世界の人たちが困ってるんだ。そして俺たちにはそれを救う力がある。クラスみんなで協力してこの世界を救おう!そして帰る方法を必ず見つけ出してみんなで帰るんだ」
「・・・そうだな。俺は遥輝について行くぜ」
「そうね。私も何ができるかわからないけど花山院くんが引っ張ってくれるなら・・・」
そしてクラスメイトが次々に花山院くんに賛同する。
「ちょっと!先生は反対です!大事な生徒を危険な目には合わせられませんっ!」
しかし先生の反論虚しくみんな花山院くんに賛成した。
「ではみなさんに渡すものがあります」
王様の隣にいた大臣がみんなに一枚ずつ金属の板と針を配る。
みんなが不思議そうな顔をする。
「それはステータスプレートだ。それに自らの血液を一滴垂らしなさい。すると自分のステータスが表示される」
そしてみんな言われた通りに血を垂らしていく。
僕もとりあえずやってみた。
するとただの板だったのに、文字が浮かんできた。
名前 小鳥遊太一
職業 魔術師(属性:なし)
レベル1
体力10
魔力5
力10
素早さ15
スキル なし
と表示されていた。
そして大臣がひとり一人確認していく。
すると突然声を上げた。
「おおっ!これは!!」
ほのかのプレートを手にしていた。
「あの、何か?」
ほのかが訊ねる。
「まさか四属性魔術師とは!」
「クアッド?」
すると王様が説明する。
「魔法には、基本属性に火・水・風・土があり、大抵の人間は一つしか使えず、全ての属性が使えるクアッドマジシャンはこの世界に数人しかいないだろう」
「・・・はあ」
驚くクラスメイトたちを尻目にほのかはあまり興味がないような態度だ。
すると杉谷くんが突然僕のプレートを奪い取った。
「なんだよ小鳥遊、ステータス低っ!しかも属性なしってなんだよ、ははは」
杉谷くんが笑いながらからかう。
「属性なしだと?」
大臣が訊ねる。
「は、はい・・・」
「なるほど。それはそれで珍しいな。属性がないってことは、使える魔法がないということだ。しかしそれなら何故職業が魔術師なのだ?うーむ・・・」
どうやら王様にもわからないようだった。
「おおっ!」
そして再び大臣が叫んだ。
花山院くんのプレートだ。
「職業パラディンだと!?しかも初期ステータスが全て100を超えている」
「すげー。さすが遥輝だぜ」
「花山院くん素敵・・・」
クラスメイトがみんな花山院くんを褒める。
そして、その後は各自用意された部屋で休むように言われた。
案内されたのはシャワーつきの小さな個室だった。ビジネスホテルのシングルのような感じだ。
とりあえずベッドに腰掛けて一息ついた時だった。
コンコン。
ノックが聞こえた。
「どうぞ」
すると入ってきたのはやはりほのかだった。
ドアを閉めたとたん、ほのかが泣きながら抱きついてきた。
「お兄ちゃん!」
「ほのか!?どうしたんだ?」
さっきまではいつもの外面ほのかだったのに。
「どうもこうもないのです!こんなよくわからないとこに連れてこられちゃって・・・でもお兄ちゃんが一緒でよかったのです」
「そうだね・・・。でもほのかは僕が必ず守るから。お兄ちゃんだからね」
「お兄ちゃん・・・」
するとドアの外から声が聞こえてきた。
「ほのかー?」
神宮寺さんの声だ。
「さくらちゃんが呼んでるから行きますね」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい、お兄ちゃん」
そしてほのかが扉を開け、最後にこう云った。
「お兄ちゃんも絶対絶対ほのかが守るのです」
こうして僕たちはクラスメイト全員異世界に転移してしまったのだ。