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夏影の彼女  作者: ダイヤ
1/2

旅立ち



「また、あなたに逢えますか?」


「ふふ、きっと逢えますよ、いつか」


ーーーー


 

 中古で買った軽自動車を走らせた。何年モノの軽自動車なのかはもう忘れた。車の助手席には箱ティッシュ、エアコンの吹き出し口には地元で買った交通安全の御守りをぶら下げてあてもなく車を走らせていた。


 急に何もかもが嫌になった。自分の今いる場所から逃げ出したくなった。普通に仕事をしているつもりだった。何の代わり映えもしない日常、それ自体幸せに思うべきなのだろうが僕はとてもそんな気分にはなれなかった。急に仕事を辞めた。同じ時間に起き、昼食を取り、たまにある残業をこなして退勤する。家に帰れば動画を適当に眺めながら夕食を取り十二時前には布団に入り眼を瞑る。誰もが、大体同じこの日常を送っているとするなら、僕も同じだった。


「このご時世、仕事があるだけマシ」


そういう人もいるだろう。でも僕は違う。そういう事ではなかった。この内面にある、もやのような、晴れないくすみが日々色濃く降り積もり、その日突然僕の中で破裂した。

あの日の事は正直あまり記憶に残っていない。気が付いたら仕事を辞める準備をしていた。何もかもから解き放たれたかった。人間関係が辛かった、とか仕事自体が合わなかった、といえばそうなのかもしれないが、多分自分の問題はそこではない。

「生きる事そのもの」に対する違和感、生きて行く事そのものに対する虚しさ、そういう誰もが持つ感覚をもう誤魔化す余裕が無くなった、ただそんな感じなんだと思う。


「どうせなら、誰もいない場所へ行こう」

と思い、何も決めず、ただ車を走らせあてもなく見知らぬ場所へ行く事を決めた。

新しい出逢い、とか知らない世界に胸を躍らせる、とかではなくただ自分の知らない場所へ逃げたかった、それだけでただ自分が動かされてる、そんな感覚のままただただ車を走らせた。


 九月も終わるというのに、暑い日々が続く。もう昔のような過ごし易い夏は二度と戻らないだろう。毎年異常気象と世間は、いやテレビは騒ぐが、皆そのうちこの気象状況に慣らされて行く。皆昔は良かった、だの現実ではない話をし慰め合いそうやって生きて行く。そういうのにもウンザリだった。そういう不甲斐ない、情けない空気に身を委ねるぐらいなら自分から離れた方が良い、少なからずそういう思いもありながら僕は現実から逃げ出したくなった、多分そういうのもあるのだろう、そんな事をぼんやり考えながらハンドルを握っていた。


 旅行雑誌等も買わず適当にスマホで調べてその日泊まれる安い民宿に泊まる予定を立てただ車を走らせながら流れる景色を眺めていた。まだ鳴き続ける蝉の声、ほんのり赤に染まる空の色。自分がいた場所と大して変わらないはずなのに、空気が違う。もうそれだけで遠くに来たのだなと、それを肌で感じてほんの少しだけ気分が高揚した感覚を覚えた。

そういえば、この車乗って長いが、助手席に他人を乗せた事は無かったな、そんな事を思った。乗せる相手がいない、相手を見付ける気もなかった、邪魔されたくない..そんな救いようもない自分に少し笑えて来るが、そういうのも深く考えた事もなかったな、とか今更な事を見知らぬ土地でふと思う、それも不思議な感覚だった。僕の旅のお供は助手席に乗せた箱ティッシュ、と地元で買ったエアコンの吹き出し口に付けて垂らした交通安全の御守り、自分にピッタリじゃないか、と思うと自然に笑えて来た。


 良い時間になって来たので今夜はどうしようか、少し考えた。とりあえず車にガソリンを詰めてどこかでシャワーを浴び車中泊、を考えた。初日から民宿に頼るのも何か違う、たまにはそういう事をしてみたい、自然とそういう思いが頭を過ぎった。スマホで車中泊出来そうな場所を調べるとこの近辺には開かれた公園があるらしかったが、心霊スポットになっている公園だった。


「丁度良い」


と思い今夜はその公園の駐車場に車を停めて車中泊する事を決めた。とにかく静かな場所が良い、夜中に誰も寄り付かなそうな、そんな場所を僕は求めていた。車にガソリンを詰め、スマホで見付けた銭湯でシャワーを浴び、車中泊を決めたその公園へと車を走らせた。

途中コンビニで買った弁当を助手席に乗せその公園へ向かうと、鬱蒼とした景色が広がった広い公園である事に気付いた。駐車場はとても広く、停まっている車は一台もいなかった。もう夜の九時過ぎ、肝試しをしている人達も何人かいるだろうと思っていたが、誰もいなかった。運が良かった、と思いその心霊スポットになっている公園の駐車場に車を停め夕食を取って早めに寝る事にした。

多分自分ももう少し若かったらこんな場所怖くて車中泊なんか考えられない、とか考えていたのだろうが、もうそんな感情はなくただ静かな場所にいたい、それだけをこの身体は望んでいて思った通り怖い、よりも落ち着く、という感情が僕の身体を満たして行くのを感じた。

街灯もない暗い心霊スポットの公園の駐車場でコンビニ弁当を食っている、今の自分にピッタリ過ぎて何だか嬉しい気持ちにさえなった。別に心霊スポット巡りをしている訳ではない、たまたま丁度良かったのがこの公園だったというだけの事、夕食を取って座席を最大に下げて眠る、ただそれだけの事。その狭い車の中で体を丸めながらスマホの光りを眺めて明日の事を考えた。明日はどうしようか、流石に二日連続車中泊はキツい、安い民宿にしよう、そんな事をぼんやり考えながら疲れ切った体は眠りを求めていた。ウトウト、スマホは光りを失いガタッと手元から離れ助手席の方へとズレ落ちて行った。


 その日、夢を見た。見知らぬ女の人、顔は良く見えない。でも何だか笑っている。手招きはしていないが、僕を呼んでいるようだった。僕はその女の人の後ろを追い駆けて小走りに付いて行った。淡い光に包まれた景色、どこか懐かしい面影に引き寄せられて彼女に近付いた時、彼女がふと


「ふふ」


と小さく微笑み、僕の目の前から消え去って行った。



 目を覚ますと、酷い寝汗をかいていて、Tシャツがぐっしょりと濡れていた。酷く体が気持ち悪くて、こりゃシャワーを浴びないと駄目だなと思いスマホを手に取り時間を眺めると朝の七時過ぎになっていた。早めに寝たせいか、凄く健康的な時間に目を覚ました。


 ふと公園を眺めると、朝の光に包まれた心霊スポットが目の前に広がっていた。少し遠くの方では、老人が公園内を散歩している姿が見て取れた。夜程の鬱蒼とした空気は無く、むしろ清々しい空気が公園内を包んでいた。


「本当に心霊スポットなのか?」


と思い、ふと昨夜見た夢の事をぼんやりと思い出した。あの女の人は誰だったのか、この公園に住む幽霊だったのか、何だか不思議なあの夢は..そう思いながらも体の寝汗が気になった。

普段なら絶対こんな寝汗はかかないはずなのに、どうしたのだろう。これも霊障の一つなのだろうか..というどうでも良い事を考えとりあえず昨日と同じ場所でシャワーを浴びてから次の場所へと行こう、そう思い車の座席を元の位置へと戻した。


 コンビニでおにぎり、お茶を買い朝食を車の中で済ませて昨日使った銭湯が午前中も営業していたのでそこでシャワーを済ませ、車の中でスマホを眺めながら今日のプランを考えた。


「とりあえず、場所を決めず南へ、ただ走ろう」


そう決めてキーを差し込み車のエンジンを動かし走らせる事にした。


 何だか今日も暑くなりそうだ、そう思いながら車を走らせるとすっかり地元の事を忘れている事に気付いた。それは良い事だ、そう思い今ある現実に身を委ねるように流れる景色を眺めて車を走らせた。

 一時間程走らせるとコンビニ一つない、小さな集落に辿り着き道端に設置してある自販機を見付けてそこで少し休憩する事にした。自販機の傍に車を停めスマホで今日の宿を探す為調べた。少し走らせた所に安く泊まれる民宿があるらしい。あまり金はかけたくない。そういう中で見知らぬ景色を堪能したい、そう考えていた。自販機で買った炭酸飲料で喉を潤し、少し汗ばんだ身体の熱を冷まし息を整えてからこの民宿に泊まれるか電話を掛ける事に決めた。民宿の名前は「刹那せつな」という名前の民宿らしい。電話番号を確かめ、その民宿に電話を掛けた。


「もしもし、民宿の刹那さん、でしょうか」


「あ、はいそうです、御予約の方ですか?」


優しそうな口調の、少し老いた感じの女性の声が電話から聴こえて来た。


「素泊まりで、大人一人、予約ではないのですが今日大丈夫でしょうか」


駄目だろうなぁ、と思いながらも聞いてみた。最悪また車中泊でも良い、そう考えていた。お金もかからない。


「ええ、空いている部屋が御座いますのでご用意出来ますよ」


とその女性は答え僕は即座に


「大人一人、宜しくお願いします」


とその女性に伝えた。


「はいはい、了解しました。えぇと、お名前は..」


有情境うじょうきょう、苗字が有情うじょう、名前がきょうです」


 今晩泊まれる民宿が決まったので、とりあえず気持ちに余裕が出来た。何だか、気持ちが晴れている。今日も相変わらず蒸し暑いが、それでも嫌な暑さではなかった。自分が望んだ「独りになりたい」が望んだ形になったから、なのかもしれない。もうこのまま戻らずに、このまま見知らぬ場所へ向かいたい..そんな気持ちが少しづつ強まって行くような、そんな感覚を少しだけ肌で感じていた。



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