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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

シャープペンシルが禁止されたら

作者: ウォーカー

 これは、地方の小学校に赴任してきた、ある女教師の話。


 「本日から、こちらの学校でお世話になります。」

その女教師が、職員室で他の教師たちに頭を下げる。

他の教師たちから、歓迎の言葉がかけられた。

「こちらこそ、よろしくおねがいしますよ。」

「都会の学校からお越しになったんですってね。

 学校内の環境をよくしてくれることを、期待してるわよ。」

その女教師は、都会の学校から地方にあるこの学校に赴任してきたばかり。

変化を嫌う古い学校で、変化の原動力になることを期待されていた。


 挨拶も手短に、その女教師は学校内の見回りを始めた。

少しでも早く、学校の問題点を見つけようと思ったからだ。

この学校の校舎は古く、規模は都会の学校の半分程度。

しかし内部は手直しされていて、特に床はきれいになっていた。

その女教師は、そのピカピカに磨かれた床に視線を落とした。

手直しされてきれいになった床に、引っかき傷がたくさんついている。

「この傷は何かしら。きれいな床が台無しだわ。」

職員室に戻って、教頭に確認を取ることにした。

質問された教頭は、何のことを言われたのかすぐには分からず、

少し考えてから思いついたように返事をした。

「ああ、床の傷ですか。

 あれは多分、シャープペンシルの芯のせいですな。

 昔で言うところの、芯を交換できる繰り出し鉛筆ですかな。

 生徒たちが使っているシャープペンシルの、

 折れた芯などが床に落ちて、

 その芯が踏まれて床に傷がついたりするんですよ。

 子供たちがすることなので、やむを得ないですな。」

教頭のその言葉に、その女教師が噛み付く。

「原因が分かっているのに、どうして何の対応もされないのですか。

 あれでは、きれいな床が台無しです。

 学校内の環境を破壊するものは、禁止にしたほうがよろしいですわ。」

そう言われた教頭が、眉毛を八の字にして困った表情になる。

「実は以前、あなたと同じように都会から来た先生が、

 鉛筆は木を使うので良くないと言って、鉛筆を禁止にしてしまったのですよ。

 それ以来、うちの学校の生徒は、シャープペンシルを使うようになったのです。

 それをまた禁止にしてしまうというのも・・・。

 床の傷は、生徒たちが勉強をしている証ということで、

 大目に見てもらえませんか。」

教頭がその女教師をなだめるように、優しく言った。

しかし、その女教師は納得しなかった。

「私は、この学校の古い風習を変えて、学校をより良くするために来ました。

 学校内の環境は大事な問題です。

 シャープペンシルは、芯が床を傷つける原因になる以外にも、

 それ自体やケースなどが有害なゴミになってしまいます。

 それらを考慮すれば、シャープペンシルは禁止にしたほうがいいでしょう。」

その女教師に強く言われて、教頭は断ることが出来なかった。

そうしてその学校では、その女教師の発案で、

生徒がシャープペンシルを使うことが禁止され、

代わりに鉛筆が使われるようになった。


 その学校でシャープペンシルが禁止になり、鉛筆を使うようになって。

それから何日も経たない内に、すぐに問題が現れ始めた。

たくさんの生徒が急に鉛筆を使うようになったので、

鉛筆の数が足りなくなってしまった。

元々、鉛筆の在庫がたくさんあったわけではないので、

文房具屋ではすぐに品切れになった。

学校では早速、職員会議が開かれた。

教師の一人が発言する。

「鉛筆が無くなって文字が書けなければ、生徒たちの学業に影響が出る。

 シャープペンシル禁止は、一旦止めた方が良いのではないか。」

教頭を始めとして、シャープペンシル禁止解除に賛成する声が上がった。

しかし、それに反対したのは、その女教師だった。

「学校内の環境を守るためには、必要なことです。

 足りない鉛筆は、近隣の学校などから集めればいいのです。

 それが用意出来るまでは、ボールペンなどで代用しましょう。」

学校内の環境のためと言われて、他の教師たちは反論することが出来なかった。

誰も表立って反論しなかったので、その女教師が主張した通り、

足りなくなった鉛筆が用意出来るまでは、

ボールペンなどで代用することになった。

しかし、消しゴムで消せないボールペンは、生徒たちには不便なものだった。


 また、不足したのは鉛筆だけではなかった。

鉛筆はシャープペンシルと違って、芯が減ったら削る必要がある。

そのための鉛筆削りもまた、不足するようになった。

そのことについても、職員会議で話し合われた。

「鉛筆削りが用意できるまでは、

 やはりシャープペンシル禁止を解除してはどうか。」

その意見に反対したのは、またしてもその女教師だった。

「鉛筆削りが無ければ、カッターナイフで削ればいいのです。

 学校内の環境を守るために、必要なことです。」

またしても、学校内の環境を話に持ち出されて、誰も反論することはなかった。

そうしてその学校では、鉛筆を削るためにカッターナイフを使う生徒が増えた。

しかし、それからまもなく。

カッターナイフで誤って指などを切る事故が相次いだ。

やはり子供にカッターナイフを使わせるのは危険だということで、その結果。

その学校では、各教室にひとつずつ、

共用の鉛筆削りが設置されることになった。

しかし、各教室にひとつだけの鉛筆削りでは、数が足りず、

生徒たちは毎日、鉛筆削りを使うために行列を作って、待たされることになった。


 そうして、その学校でシャープペンシルを禁止にして、

鉛筆と鉛筆削りを使うようになってからしばらく。

鉛筆は品薄で、手に入れるのも大変な状態。

鉛筆削りはもっと品薄で、用意できない生徒は、

各教室にひとつだけ設置された鉛筆削りを、共用で使っていた。

シャープペンシルを禁止された結果。

生徒たちは、鉛筆を買い集めるのに手間と時間を消費させられ、

さらに、鉛筆の芯が減る度に、

鉛筆を削るための手間と時間を消費させられていた。

そうして消費させられた手間と時間は、生徒たちが勉強をする機会を奪い、

その学校の生徒達の成績は、どんどん悪くなっていった。


 シャープペンシルが禁止になってから、何度目かの職員会議。

今回の職員会議では、生徒たちの成績が悪くなったことについて話し合われた。

教頭が、重々しく口を開く。

「生徒たちの成績が悪くなったのは、

 やはり、シャープペンシルを禁止したからではないでしょうか。

 シャープペンシル禁止は、一旦止めた方が良いと思うのですが。」

賛成の声がちらほらとあがる。

しかし、それに反対したのは、またしてもあの女教師。

「生徒たちの成績が悪くなったことと、シャープペンシル禁止と、

 どのような因果関係があるか、まだ確実には分かっていません。

 しかし、シャープペンシルが学校内の環境に悪影響を与えているのは、

 ほぼ確実なことだと分かっています。

 確実に悪影響があると分かっていることは、禁止にするべきです。」

生徒たちの成績が悪くなった理由が、

シャープペンシル禁止のせいだと確実に言えるのか。

そう問われて、他の教師たちは反論することが出来なかった。

その女教師が、発言を続ける。

「成績が悪くなったのは、生徒たちの勉強が足りないことが原因。

 これは確実に言えることでしょう。

 そうであれば、生徒たちが自主的にもっと勉強をすれば、

 成績は上がるはずです。

 生徒たちの成績が上がるまで、

 授業後に強制的な自習時間を作ることにしましょう。」

その意見にも、誰も反論することは無かった。

そうして、その学校の生徒たちは、

シャープペンシルを禁止にされ、鉛筆と鉛筆削りを使うことを強制され、

さらに、授業の後に学校に居残って自習することを、強制されるようになった。


 それから、その学校で毎日、

放課後に生徒たちが自習をさせられるようになって。

教師たちは、生徒たちが勉強している姿を見て満足していた。

しかし、生徒たちの成績は、大して上がってはいなかった。

負担ばかりを増やされた生徒たちは、疲れてしまって、

授業の後で居残っても、集中して自習が出来るような状態ではなかった。

共用の鉛筆削りを使うために、

行列している生徒たちにとっては、なおさらだった。

しかし、発案者であるその女教師は、そんな生徒たちの苦労には気が付かない。

それどころか、教室のゴミ箱の中身を覗いて、

こんなことを口にするのだった。

「まぁ!

 鉛筆の削りカスで、ゴミ箱がいっぱいじゃないの。

 鉛筆を無駄に使っているから、削りカスがこんなに増えるのよ。

 これもまた、学校内の環境にとって問題ね。

 これからは、鉛筆の削りカスも減らすようにしていかなければ。」

そうして生徒たちはさらに、

鉛筆の削りカスを減らすことまで求められるようになった。


 その学校で、シャープペンシルが禁止され、

鉛筆の削りカスを減らすことも求められるようになって、しばらく経って。

今日もその学校では、生徒たちが遅くまで居残って自習させられていた。

不足する鉛筆。

鉛筆の芯が減るたびに、それを削らなければいけない負担。

鉛筆を削る度に出る削りカスと、それを減らすよう求める教師の声。

その学校の生徒達は、すっかり疲れ果てていた。

疲れ果てた生徒たちは、冷静に考えることが出来なくなって、

共用の鉛筆削りの前で、お互いに言い争いをしていた。

「おい!もっと早く削れないのか!」

「急かして鉛筆が駄目になったらどうする。

 ただでさえ、鉛筆を手に入れるのが大変なのに。」

「漢字の書き取りなんて、鉛筆の無駄遣いじゃないのか。

 削りカスが増えたら、先生に怒られるぞ。」

「文字を書かないで、どうやって勉強しろって言うんだ。」

そんな喧騒を聞いていた一人の生徒が、突然声を上げた。

「いい加減にしてくれ!

 学校内の環境を守るためとはいえ、

 シャープペンシルも鉛筆も使わず、どうやって勉強したらいいんだ。

 僕たち生徒よりも、学校内の環境が大事だっていうのか。

 道具を使うのが、そんなに悪いことなのか。」

その生徒は、震える自分の手をじっと見つめた。

そして、何かに気がついて、言葉を続けた。

「そうだ。

 こうすればいいんだ。

 こうすれば、シャープペンシルも鉛筆も使わずに、字が書ける。」

その生徒は、共用の鉛筆削りを手に取った。

そして、鉛筆削りの穴に、自分の指を添えた。

それから、指を深く深く差し込み、ゴリゴリと鉛筆削りで削り始めた。

鉛筆削りからは、鉛筆の削りカスの代わりに、

真っ赤な削りカスが吐き出されていく。

それを見た他の生徒たちは、言い争いをしていた口を閉じていった。

そして、削り終わったその生徒に、他の生徒たちがおずおずと続いていく。

言い争いが止んで静かになった教室に、

ゴリゴリと鉛筆削りで削る音が響いていった。


 それから数日後。

その女教師は、満面の笑みで教卓の前に立っていた。

「みんな、よくやってるわね。

 シャープペンシルを禁止にしたおかげで、

 芯で床が傷ついたり、ゴミが出ることが無くなったわ。

 そして、鉛筆の削りカスも減らすことができている。

 学校内の環境がよくなって、みんなの成績も上がってる。

 先生、鼻が高いわぁ。

 この調子で続けていってね。お願いよ。」

しかし、その女教師からお褒めの言葉を頂いても、

生徒たちは、何の反応も示さず、うつむいて座ったままだった。

そんな生徒たちの様子には気が付かず、

その女教師は独り言のように小さく口を開く。

「それは良いのだけれど。

 この頃、生徒たちがみんな、

 赤鉛筆ばかりを使うようになったのは、何故なのかしらね。」

理由が分からず、その女教師は首をひねった。

そうして今日も、

その学校の生徒たちは、

赤鉛筆で真っ赤な文字を書くのだった。



終わり。


 学校内の環境を良くしよう。

という声に従っていった結果はどうなるか、という話でした。


悪役にされがちなゴミですが、ゴミは人が生きている証でもあると思います。

赤ちゃんは好きだけれど、赤ちゃんが出す糞尿は嫌い。というのは、

赤ちゃんが嫌いだ。というのと同じ事だと思います。


お読み頂きありがとうございました。


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