第8話 見守る目
「ここだよ。」
エイベルの案内で着いたのは『他喜古書店』と書かれた看板がある店だった。
「ありがとうございます。助かりました。」
「どういたしまして。」
親身になってくれたエイベルに信頼を覚えたその瞬間、晶の目に彼の微笑む顔が映り込む。
しかし瞬きのうちに見えなくなり、晶は空目かなと首を傾げた。
「それじゃあ、良い1日を。」
「あ、はい。エイベルさんも1日を。」
エイベルと別れ、晶は店に入った。
年季の入った埃っぽい匂いがする店内には、本が背の高い棚に隙間なく置かれている。
「誰も居ない……?」
耳を澄ませると、カリカリと忙しなく何かを引っ掻く音がする。
その音の方に行くと、黒髪の女性が机に向かって真剣な表情をしていた。どうやらその女性が紙に文字を綴る音であったようだ。
「あの、すみません。」
晶が声をかけると女性の顔にある"全て"の目玉がこちらを向いた。
驚いた事にその女性の顔にはは多数の眼が付いていたのだ。晶はその異様さに思わず後ずさってしまう。
「ああ、これは失礼。執筆に夢中になっていました。」
女性はペンを置くと、立ち上がって綺麗な一礼をした。
「いらっしゃいませ。どんなご用件でしょうか?」
この人がこの店の店主である亜希だろう。晶は緊張して少しどもりながら用件を伝える。
「こ、ここに来れば過去につばき通りに迷い込んだ人間の事が調べられると聞いて。そういう情報が載った本はありますか?」
おずおずと尋ねると、亜希は全ての目を優しく細めて笑みを浮かべた。
「有りますよ。いくつか持って参りますので、少々お待ち下さい。」
「はい、ありがとうございます。」
亜希の頭には全ての本の内容と位置が入っているのか、迷いなく棚から本を引き抜いていく。
そうしてカウンターに置かれた本は十冊以上になった。一つ一つが分厚い為、読むのに時間がかかりそうだ。
「ここにある本のほとんどが過去に迷い込んだ人間の記憶で出来ているのですが、そのうち貴女と状況が似たような人間の人生をピックアップしてみました。」
晶は礼を言って、一番上に置かれた本を手に取る。
「……私の事を知ってるんですか?」
「ええ。"見て"いましたので。」
晶はパラパラとページをめくっていた手を止め、勢いよく顔を上げた。そしてぽそりと呟くように疑問を投げた。
「……見ていた?……ずっと、ですか?」
背後からつけられていた感覚は無かった。晶が不気味に思って居ると、亜希は徐に片手を前に出した。
亜希が自身の手を見つめると、その掌の上に白く丸い物体が出現し宙に浮き始める。その浮遊体は亜希の手を離れ、晶に近付いた。
晶は小さく悲鳴を上げる。それは良く見れば、赤い虹彩の目玉だった。
「私はこのように眼を1キロ以内の至る所に出現させ、目の届く限りは貴女の事を見ていました。」
「ど、どうしてですか……?」
「頼まれたんです。貴女がこちらに迷い込んだ際は見守って欲しいと。」
「……一体、誰に……?」
それには答えず、亜希は微笑んだ。
「きっともうすぐ会えますよ。あの人はそう望んでいますから。」
「そう、ですか……。」
もしかすると、その人が自分のトラウマの原因となった人かも知れない。晶はそう思った。
それから全ての本にさらっと目を通して、自分と状況が一番近いものを選んで読む事にした。