第7話 透明だけど透明だから
魅怪とのゲームがひと段落し、晶が店を出た。結局一回も勝てなかった晶だったが、その顔は楽しそうに綻んでいる。
だが、その顔も一瞬のうちに凍りついた。
晶の目線の先には、入り口付近に座り込み猫に腕を伸ばしている人影。その胴体には頭が無かった。
その光景を見た晶の身体は恐怖で震えた。そして良く見れば袖の先の手も無い事に気付き、より一層の恐怖を感じてしまう。
「何をそんなに怖がってるんだ?」
それを後ろから不思議そうに見ていた魅怪は、入り口で硬直している晶の前に出る。そしてそこに居るスーツ姿の首無し男を見ると「なんだぁ。」と拍子抜けした。
「エイベルじゃん。」
エイベルと呼ばれた男性は魅怪に気付くと立ち上がり、何処から出しているのか穏やかな声色で言葉を発した。
「やぁ、魅怪くんこんにちは。いい天気だね。そちらは?」
「晶だよ、人の子なんだ。さっきまでこの子とオセロしてたんだよ。」
「楽しそうだね。」
「今度エイベルもやろうよ。」
「うーん。僕はそれよりも猫達と戯れてたいかな。」
「君は相変わらず動物好きだなぁ。まぁ俺も好きだけどね。」
二人が和気藹藹と話す様子に、晶は少し平常心を取り戻した。緊張が解けた晶を見て、エイベルが声をかける。
「やあ! お嬢さん。怖がらないで、君に危害を加えるつもりは無いから。」
「は、はい。」
「お嬢さんは猫は好きかい? 可愛いよね〜。特にこのくりくりした目がとってもキュートでさ。」
「そうですね……。」
エイベルは手を猫の脇の下に入れて持ち上げて晶に見せたが、晶からは猫が浮いているようにしか見えず、晶はそこばかりに気を取られてしまっていた。
「エイベル、晶がこのつばき通りに会いたい奴が居るらしくて。でもどんな奴か分からないんだって。どうすれば良いと思う?」
「んん?」
「えっと、記憶が無くて覚えていないんです……。」
エイベルは猫を地面に下ろし、腕を組んだ。
「なるほど? うーん……。まずは思い出さない事には探せそうにないね。
記憶関連なら凛くんのお店でなんとか出来そうだけど。行ってみる?」
それを聞いて晶は「そういえば……。」と思い出した。
「凛さんなら、今朝慈眼さんのお店で会いました。今もそこにいるかは分かりませんが……。」
「案外そこにまだ居たりするかもしれないね。慈眼くんのお店に行ってみようか。それで居なければ凛くんのお店に直接行けば良いと思うよ。」
そうして慈眼の店に行く事になり、エイベルにこれまであった事を話しながら二人で道中を歩いていると、ばったりと凛と小狐に遭遇した。小狐は飴が入った瓶を抱きしめて驚いている。
凛が近づいて来て晶に話しかけた。
「晶だぁ。まだ帰って無かったのぉ?」
「えっと、帰れなくて……。」
凛は「ふぅん?」と呟く。
「……そっかぁ、凛ちゃん晶の悩みを解決出来なかったんだねぇ。解決したと思ったんだけどなぁ。」
不思議そうに首を傾げる凛に、晶は何も言えず俯いた。代わりにエイベルが声を発した。
「凛くんのお店に行っても良いかな? できればそこで話がしたいんだけど。凛くんの売ってる風鈴で晶ちゃんの悩みを何とかできるかもしれないんだ。」
「そうなのぉ? ならぁ、ちょうど店に帰る所だったからぁついて来てぇ。」
そうして三人は凛に連れられて凛の店の前に来た。
「じゃぁん!ここが凛ちゃんのお店『烏殺』だよぉ。」
店先には幾つかの風鈴が吊るされている。その全てがガラスで出来ており、風に揺れる度に透き通った音がした。
晶が風鈴を眺めていると「さぁさ、入って入ってぇ。」と凛は三人を急き立てる。
小狐は凛に続いて店に入り、その後ろをついて行く晶に話しかけた。
「凛くんはね、ガラス細工が得意なんだって。ほら見て、キレイだよね。」
「そうだね。とっても綺麗……。」
店内に並ぶ美しいガラス細工の数々に圧倒されながら晶は相槌を打つ。
凛は「座って座ってぇ。」と用意した席に三人を案内した。
「それでぇ?凛ちゃんの風鈴で何をしたいのかなぁ?」
凛は頬杖をつき、にっこりと笑いかける。エイベルは晶に代わって話し始めた。
「凛くんの風鈴は確か、人の記憶を閉じ込めておけるものだよね?」
「正しく言うとぉ、凛ちゃんの作った硝子細工にぃ、その人の忘れちゃぁいけない記憶が宿るんだよぉ。」
「そうなんだね。晶ちゃんの忘れてしまった記憶を呼び起こす事は出来るのかな?」
「忘れちゃぁいけない記憶だったらぁ、出来るかもねぇ?」
晶は膝の上で拳を握りしめ、恐る恐る口を開いた。
「それを……そのトラウマを思い出せれば、帰る手がかりを探す事ができるから……。忘れちゃいけない記憶だと思う。それで解決出来るかもしれないなら、ちゃんと思い出したい……。」
凛はそんな晶に驚いた顔を見せた。
「トラウマを克服したいんだねぇ! 感心だよぉ。トラウマならきっとぉ忘れちゃぁいけない記憶になると思うからぁ。凛ちゃんの作るものに宿ると思うよぉ。
すぐには作れないからぁ、明日また来てぇ。」
晶はお礼を言って、エイベルと共に店を出た。
「上手くいくといいね。」
「はい。」
「これからどうする? 僕で良ければ何か力になるよ。」
「ここをくまなく探してみようと思ってます。そうすれば目的の人に会う事が出来るかもしれないので。」
「うーん。それだと時間がかかりそうだね。
その人に会う以外のやり方でさ、帰る方法考えてみようよ。
亜希さんとこの古書店なんだけどさ、晶ちゃん以外にこのつばき通りに迷い込んだ人の事が書かれた本があるんだ。行ってみないかい?
僕が案内するからさ。」
「いえ!大丈夫です。これ以上迷惑かける訳にもいかないので……。」
「迷惑だなんて、遠慮しなくていいんだよ?」
「大丈夫、任せて。」と胸を叩く仕草をするエイベルに、晶は案内を頼むことにした。
「じゃあ、すみませんそこまでお願いします。」