第6話 暇を持て余した妖の戯れ
「……あった。」
地図のお陰で易々(やすやす)と辿り着いた目的地の前に立った。
確かに古希の言う通り、店は外装はデフォルメした黒猫の顔だ。しかしそれよりも気になったのは、店のそこ彼処にいる毛の生えた動物達。
「猫だらけだ……。」
晶が猫の多さに圧倒されていると、入り口からここの店主と見られる猫耳の生えた綺麗な人外が顔を出した。
「あ、人の子じゃん。
いらっしゃい、ここは性格を売る店だよ。このペンダントを額に付けるとあら不思議、性格が変わっているんだ!
君はどんな性格になりたい?」
その暗い青緑色の服を着た人外は自身の首から下げていた丸いペンダントを掲げ、晶に尋ねた。
「えぇと、友達が出来る性格?」
「んー。もうちょっと具体的に言って欲しいかな。」
「具体的……明るい性格?」
「そうそう、そんな感じ。」
晶と猫耳の人外が話していると、一匹の猫がその足元に寄って来た。
「あ、野良……!」
「やっほー。また会ったね。」
その猫は晶をここに連れてきた張本猫だった。猫耳の麗人は後ろで結んだ一つ縛りの髪を揺らし、瞳孔を狭めて少し驚いていた。
「あれ? 知り合い?」
「私の、友達です……。」
「ミケ言ってたよね?人間の子でトモダチがいない子連れてきてって。まぁ、今は僕というトモダチがいるけどね。」
野良にそう言われて魅怪は自分の記憶を遡るように、腕を組んで考え込み始めた。
『暇だなぁ。ねぇ、人の子を持って来てくれないか? 友達がいない子やいい話し相手になりそうな子がいいなぁ。頼んだよ。』
ふっと思い出した過去の己の台詞に一つポンと手を打つ。
「あ、あー。前言ってたやつね。すっかり忘れてた。なんだい、教えてくれれば良かったのに。」
「つばき通りまで連れて来るのに疲れちゃったんだよ。今の今まで寝てたんだ。少しくらい労ってくれてもいいじゃん。」
「いつも同じくらい寝てるじゃないか。」
「寝るのも仕事のうちさ。」
軽快なやり取りをする一人と一匹に、晶は居心地が悪くなり苦笑いを浮かべた。
そんな晶に気付いたのか否か、魅怪は晶の方を見てニヤリと笑いかける。
「よし、せっかくだし遊んでいかないか? ゲームしようよ!ゲーム!」
そう言うと、晶の手首を掴んで店の中へと連れ込んだ。
野良は二人の背を見送ると、尻尾をピンと立てて何処かへと歩き去っていった。
魅怪に引っ張り込まれ、店の中へと入った晶は言われるがままテーブルの前の椅子に座った。
「ちょうど退屈してたんだよ。君が来てくれてラッキーだ。一人じゃ出来ないゲームもあるしね。」
そう言って棚から大きめの箱を取り出すと、「よいしょ。」と言ってテーブルの横に置いた。
「今日はボードゲームの気分なんだよなぁ。さあて、何にしようか? 色々あるよ。オセロ、チェス、チェッカー、あと囲碁も!」
「……じゃあ、オセロで。」
「OK、じゃあ始めようか!」
魅怪は縦横に線が引かれ、四角いマスがいくつも出来た正方形の緑色のボードを取り出した。そして白と黒のリバーシブルになった平たい石を裾の上から指で挟んで真ん中の四マスに斜めに同じ色を置いていく。
「ルールは大丈夫?」
「相手の石を自分の石で挟むと、自分の色にひっくり返す事ができるんですよね。……えっと、先攻は黒と白どっちでしたっけ?」
「黒だよ。晶はどっちがいい?」
「私は……。」
悩む晶に、魅怪は指先より長い丈の袖の裾で口元を押さえて不敵な笑みをこぼす。
「迷ってるようなら先攻が有利だし、そっちを選べば?
俺は後攻でも負ける気がしないからな。」
「じゃあ先攻で。」
ゆっくりと一手を打ちながら、晶は疑問に思っていた事を投げかけた。
「野良がここに私を連れて来たと言う事は、逆に私を元の場所に帰す事もできるってことですか?」
魅怪はすぐに石を置いて黒を白にひっくり返す。
「君に悩みがあるうちは無理だね。」
「そうですか……。」
「その様子じゃあるみたいだけど、どんな悩みなんだ?」
晶は唸りながら石を置き、隣を裏返した。間髪入れずに魅怪が次の一手を打つ。
「友達がいない事ですね……。トラウマ? があるせいで壁を作ってるらしいんですけど……自分のトラウマが何か分かってないんですよね。」
「ふーん?」
「幻さんが言うにはこのつばき通りにその原因になった人がいるかもしれないらしくて……。」
「今はそいつを探してるってわけだ。」
晶は魅怪が角を取って石を裏返すのを眺めながら頷いた。既に盤上は白で染まっている。
悪あがきにと晶は別の場所を攻めてみるが、魅怪にことごとく返されてしまった。
「俺の勝ち。」
「負けました。魅怪さん強いですね……。」
「俺まだ本気出してないよ。」
「……強過ぎです……。」
晶はガックリと肩を落とす。魅怪は石を片付けながらケラケラと笑った。
「もう一戦する?」
「……お願いします。」