第5話 煙の先に
晶は幻に言われた通りの道を辿り、綿貫の店の前に来た。
だが、店は明かりがついておらず、ヒトの気配も無かった。
少し覗くと、泣いたり、笑ったり、怒ったり、様々な表情のお面がずらりと壁に飾られている。薄暗い店内では、それらが不気味に見えた。
きょろきょろと視線を彷徨わせていると、晶は貼り紙に気が付いた。
「『凛道に居ます、御用の方はそちらへ。店主綿貫より』。
……凛道って、どこだろう?」
すると何処からか黄色く色付いた煙が流れてきた。甘い花の蜜の様な匂いがする。
芳しいその匂いに、気になった晶はその煙の上流に向かって歩き始めた。
煙を辿ると一軒の古めかしい和風の建物が見えてきた。様々な色の煙が揺ら揺らと漂っている。看板には『凛道』の文字。
「……あった。」
店に入ると二人のヒト影が将棋盤を挟んでいた。
一人は狸のお面を被り、青い着物を着て唸って居る。もう一人は美しい花が描かれた黒いフードを羽織り、細長いパイプ煙草を蒸しながらニヤニヤと将棋盤を見つめていた。
晶は躊躇いがちに二人に声を掛ける。
「……あの、すみません。」
「王手。……ん、お客さん?」
「いやぁ、参った!……お、おぉそうだな。」
二人は手を止めて晶の方を向いた。黒フードの者がこちらに寄って来て、男性とも女性とも取れる中性的な声で言葉を発する。晶を見つめるその双眸は銀色に輝く長い前髪で見え隠れしていた。
「いらっしゃい。何か用?」
「綿貫さんに用があって、お店にはいなかったので、こちらに……。
あなたが、綿貫さんですか?」
「違うよ。俺は古希。よくここが分かったね。」
「ここには、煙を辿って来ました。」
「ああ、なるほど。待ってて……綿貫。」
黒フードの者は後ろを振り返って手招きした。どうやら面を被った青髪で色白の男性が綿貫らしい。
晶も綿貫の方を向くと、綿貫もまた寄って来て晶の事を見返していた。その眼の結膜は黒く、黄色い角膜が異様に目立っている。
「あんたに用だって。」
「ほぉ、そうか。俺に……。
俺は綿貫だ。お前さんの名は?」
興味深そうにこちらをまじまじと見る綿貫に晶は怯んでしまった。それでもなんとか自己紹介すると、綿貫は間髪入れずに言葉を挟んでくる。
「晶というのか、いい名だな。して、何用だ?」
「ええと……人探しを、していて。幻さんが綿貫さんなら何か知っているかも、と。
昔からつばき通りに居る、という事を聞いたので……。」
晶が戸惑っているとそれを見兼ねた古希が仲介に入った。
「綿貫、凝視し過ぎ。
……ほら、怖がらせてる。」
「いやぁ、反応が面白いんでな。つい。」
ニヤニヤと笑う綿貫をスルーして古希は晶に話を再開するよう促した。
「それで? 誰を探してるの?」
「私の、トラウマの原因になった人です。」
「どんな奴?特徴は?」
「……分かりません……。」
「それじゃあ探せないよ。あんたはその人を探し出してどうしたいの?」
「元の世界に帰りたい……! です……。」
「……なるほどね。そいつが悩みの原因。」
「多分……。」
古希と綿貫は顔を見合わせた。そして仕方が無いなとばかりに肩を竦めて晶に言った。
「悩み事とあっちゃあ俺等も黙ってられんなぁ。」
「あんたが帰れるように俺達も協力するよ。まず、あんたの事について聞かせてくれないか?」
晶は幻にも話した事を古希と綿貫に伝える。
それを聞いた古希は何かを思い出すように顎に手を当てた。
「それなら魅怪の方が何か知ってそう……。」
「あやつは沢山の猫と知り合いだからな。確かに何か分かるかも知れん。お前さんをここへ連れて来た野良猫の事もおそらくだが知っているだろうよ。」
首を縦に軽く振り、古希の意見に同意する綿貫。
古希はどこからか取り出した紙切れに、簡単な地図を書き付けて晶に渡した。
「これで行ってみて。店の外見は黒猫の顔になってて特徴的だから、すぐ分かると思う。」
「分かりました。」
晶は二人に礼を言い、また歩き始めた。