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第3話 迷い込んだ人間達

「言い辛かったらいいんだけど、もしかして友達って猫しかいなかったりする?」


 晶は困った様に笑うことで応えた。

 気まずい沈黙を破るように、入り口の方からまだ年端もいかない子供の声が店内に響いた。


「やっほぉとおる!遊びに来たよぉ。」


 あきらが入り口を見ると、赤と青のメッシュが入った白髪の少年がいた。白いワイシャツに、サスペンダーのついた黒い半ズボンと、整った服装である。そしてもう一人、少年の後ろに立ち、黒のパーカーで身を隠すようにしてこちらを覗く、腰まである長い赤髪の少女と目が合った。髪色と同じその赤い目には警戒心がありありと浮かんでいる。

 慈眼じげんはこちらに歩いて来る少年に手を振った。少女はその後ろに隠れながら付いて来る。


「やぁ、りん。今人間さんと話していたところなんだ。君も混ざる?」


 凛と呼ばれた少年の青い右目と赤い左目が晶を映す。


「へぇ、そっちの子も人間? 初めまして凛ちゃんだよぉ。よろしくねぇ。」

「……あ、えぇと、私は中場晶です。はじめまして。」


 凛の額に生えた肌と同じ色の角に気を取られていた晶は、少し遅れて差し出されていた右手を握った。お互い手を離すと、凛は再び慈眼に向き直って話し始めた。


「凛ちゃんもねぇ、人間とお喋りしてたんだぁ。飴が好きなんだってぇ。だから透のお店に行こうってなってさぁ。ほらぁ、透のお店って飴屋だから。でねぇ?連れて来たんだけどぉ、」


 凛は左腕を回して少女の背中を軽く押した。少女は緊張からか視線を彷徨わせる。


るなって言うんだぁ。仲良くしてあげてねぇ。」

「……あ、え、っと……ぼっ、僕は小狐月こぎつねるな。よろしく……。」


 小狐と名乗った少女がつかえながら出したその声は、小さくかろうじて聞き取れるぐらいであった。慈眼はそんな彼女に柔らかく笑いかける。


「凛からもう聞いてるかも知れないけど、僕の名前は慈眼透。ここ、飴屋『おぼろ』の店主をしているんだ。よろしくね?」


 小狐はこくりと頷いて応えた。そんな彼女を見て、凛は微笑みを浮かべる。

 慈眼は飴玉が入った瓶を取り出した。


「君にも、はいどうぞ。」


 慈眼は小狐の左手を取って、薄赤色の飴玉をその手のひらにのせた。


「わぁ…!ありがとう!」


 そう言うが早いか、小狐は飴玉を口に放り込む。その顔は緩み切っており、緊張はもう感じられなかった。


「透ぅ、凛ちゃんにも一個ちょぉだい?」

「はいはい。」


 慈眼は猫撫で声を出す凛に、仕方ないとばかりに肩を竦めて白い不透明な飴玉を手渡した。


「あとさぁ、大きめの飴買いたいんだぁ。」

「いくつ?」

「この瓶にできるだけぇ。」

「わかったよ。」


 凛が懐から取り出した空の瓶に慈眼はぽいぽいと六個移し入れた。


「一つはおまけ。毎度ありがとう。」

「わぁい、ありがとぉ。それでそれでぇ? 透は晶さんと何をお喋りしていたのぉ?」


 凛は受け取った瓶を月に渡しながら慈眼に詰め寄った。


「人間界について教えてもらってたんだよ。晶はコウコウっていうところに通ってるんだってさ。」

「高校ねぇ。月は中学だっけぇ?」


 凛に話を振られた小狐は手元の瓶から顔を上げた。


「うん。……晶さん、高校って楽しい?」


 小狐に期待の眼差しを向けられた晶は言葉に詰まってしまった。友達がいない晶には痛い質問だった。


「う、うーん。勉強が大変が大変だからなぁ……。そこそこかな?」


 聞いていることはきっとこれではないと分かっていてもはぐらかすように答えてしまう。それを言ってしまったら希望を持てなくなってしまうかもしれないと晶は危惧したからだ。


「そうなんだ。」


 案の定少し肩を落として、小狐は再び飴玉に目を向けた。見かねた慈眼がフォローに入る。


「月ちゃんは飴好きなんだよね。」

「うん!好き!」


 満面の笑みで答える小狐に慈眼は目を細めた。


「そっかそっか。じゃあ付いておいで、出来立ての飴を食べさせてあげるよ。」

「ほんと!?」


 慈眼は小狐を連れて店の奥へと姿を消した。

 そんな二人の背中をぼうっと見ていた晶を引き戻すように凛が話しかける。


「晶さんはつばき通りに来たばっかりぃ?」

「そうだね、……ですね。」

「やっぱりねぇ。見ない顔だったしぃ。あとぉ、無理して敬語使わなくていいよぉ。凛ちゃんこんな見た目だしねぇ。君よりずっと長く生きてるけどねぇ。凛ちゃんも晶って呼び捨てするからタメ語でいいよぉ。」

「ありがとう。」

「どういたしましてぇ。じゃあ慈眼からまだ聞いてなかったりするよねぇ?」


 聞いていない事?と晶は首を傾げた。


「つばき通りにはたまに人間が迷い込むんだぁ。丁度君と月みたいにねぇ。迷い込んだ人間には共通点があるんだけどぉ。わかるぅ?」

「……子供?」

「残念違うよぉ。正解は悩みを持っている事だよぉ。晶さんの悩みはなにかなぁ?」

「……友達が居ない事かな。」


 凛はパッと表情を明るくした。


「なんだぁ、そんな事ぉ。じゃあ、今から僕は君の友達になるよぉ!良かったねぇ、友達出来たよぉ。お悩み解決ぅ。」


 大袈裟に喜ぶ仕草をする凛に晶は戸惑いを隠せない。


「あ、ありがとう? 」

「悩みを解決すると元の世界に帰れるようになるんだぁ。」

「私、帰れる?」


 晶はこんなに簡単に友達が出来るものなのかと首を傾げたが、帰れるかもしれないという希望に縋るため、自分自身に言い聞かせる事で納得させた。


「君が最初に入って来たところから戻れると思うよぉ。」

「……じゃあ、行ってみる。」


 少し不安を抱えつつも晶は商店街の入り口にむかって歩き出した。その背に凛は手を振って見送った。


「じゃあねぇ。」






 アーチ看板の向こう側は相変わらず濃い霧が立ち込めていた。

 意を決して晶は霧の中を歩き出す。


 先が見えないままに真っ直ぐに進む。

 歩いて、歩いて、歩いて、歩いて行く。

 そのうちぼんやりと光が見えてきて、晶の心は期待に満ちた。

 はやる心と踏み出す一歩が呼応し、晶は知らずのうちに走り出していた。


 霧を抜けると、そこには見覚えのある看板が立っていた。


「ここは……。」


 少し錆びれた赤の文字。晶を嘲笑うように点滅し看板を照らすネオンの光。

 晶はつばき通りの入り口に戻ってきてしまった。



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