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第2話 つばき通りへようこそ

「案内終わり〜。あぁ、疲れた。じゃあね頑張ってね〜。」


 そう言うが早いが、猫は何処かへ走り去ってしまった。流石猫、自由だ。自由過ぎる。とあきらは呆れた。


「しょうがない。」


 一人になってしまい行く当ても無いので、とりあえずアーチ看板の下を潜り抜け、商店街の中に入っていった。

 後ろは濃い霧で真っ白な世界が広がっており、とてもじゃないが晶には帰れる自信が無かった。寧ろ絶対迷うという謎の自信があった。


 商店街はそこそこの賑わいを見せていた。

 ただ一つ気になるのは、道行く人々が人間のようで人間じゃない姿をしている事のみ。


「『人ならざる者達が行き交う商店街』か。本当に、来ちゃったんだなぁ……。」


『つばき通り?』

『そう、地図には載ってない場所なんだけど、時折こちら側の人間が迷い込んじゃうらしくて。

 僕はさっき、神隠しって言い方をしたけど、お婆ちゃんがあちら側に攫われたわけじゃないんだ。周りから見たらそうとしか思えない現象だから、経験した事が無い僕はそう言うしかないんだけどね。』

『でも、こうして店長が居るってことは、お婆さんは帰って来れたって事ですよね?』

『そうだよ。あちら側の人にすごく良くして貰ったんだって。そしたらいつの間にか帰り道が出来てたらしいんだ。』

『へぇ。』

『もし晶くんがあちら側に迷い込む事があったとしても、きっと大丈夫。あちら側の人はみんな優しいから。』


 店長が言っていたように、見渡す限り悪意のありそうな者は居なかった。それに人間が迷い込むのは日常茶飯事なことなのか、人間とあまり見た目が変わらない者が多いのか、晶を特別気にするような視線を感じることも無い。


 晶は半ば夢心地で通りを歩く。お上りさんのように周りをキョロキョロと見渡していると、誰かにぶつかってしまった。


「すみません!」

「おっと……こちらこそ、ごめんね。怪我はない?」


 下げていた頭を上げると、そこに居たのは優しそうな若い男性だった。三角に尖った耳を見て、このヒトも人間では無いんだな。と晶はぼんやり思った。


「あぁ、君は人間さんかい?」

「え……あ、はいっ!そうです。」


 このヒトは目が斜視なので、目線が合うことは無いはずなのに、晶はじぃと見られているように感じた。


「そう……君もここに迷い込んでしまったんだね。」


 同情するような、それでいて嬉しそうな声色で彼は言った。


「君も? ……ってことは他にも居るって事ですか?」

「うん。多分そのうち会えると思うよ。ここで立ち話も難だし、うちの店に来ない?」

「良いんですか?」

「お客さんとして来てくれるなら大歓迎だよ。」


 晶は気まずそうに俯いて目を逸らす。彼が着ている青緑のパーカーの、真ん中に描かれた大きな目と視線が合った。


「手持ちは、人から借りてるお金しか無いんです。すみません……。」


 そんな晶の雰囲気を察してか、彼は目を細めて笑った。


「じゃあ今回は特別サービス。お代の代わりに君の住む人間界について教えてよ。」

「……はいっ。」

「店まで案内するね。お話ししながら行こうか。」

「ありがとうございます。お願いします。」


 晶が大きく頷くと、彼は晶が来た道を戻る方向へ歩き出した。


「そういえば自己紹介がまだだったね。僕は慈眼透じげんとおる。君の名前は?」

「私は中場晶なかばあきらと言います。」

「そう、良い名前だね。晶って呼ばせて貰うね。僕のことは慈眼でも、透でもどっちでもいいよ。

 色々聞きたそうだから、僕の分かる範囲なら教えるよ。僕も、君の世界の事を知りたいから教えてね。」

「はい、分かりました。」

「さ、着いたよ。」

「えっ? 」


 慈眼は晶が最初に居たアーチ看板が近くに見える所で立ち止まった。晶は思ったよりも早く着いた事驚き、声を出してしまった。


「ここが僕のお店『おぼろ』。僕はこの店の店主をやってる。」


 慈眼に続いて店内に入る。棚には色とりどりの小さい粒達が透明なガラス瓶に詰められ、キラキラと輝いていた。そして辺りに漂う、甘い香り。


「いい匂いでしょう? ここでは飴や金平糖を売っているんだ。一つ食べてみるかい?」


 そう言って晶に差し出されたのは、少し小さめの鮮やかな黄緑色の飴玉。


「貰っちゃっても良いんですか?」

「味見だからね。美味しかったら買ってってよ。」


 ニヤリと笑う慈眼に、晶は気兼ねが無くなった。


「じゃあ、頂きます。」


 口に含むとまず広がったのは芳醇なマスカットの香り。少し転がして舐めると、何故だか懐かしく感じる不思議な味がする。

 目を閉じると晶の目蓋の裏に、小さい頃の自分が同い年くらいの誰かと仲良く遊んでいる情景が浮かんだ。


「僕が作る飴は、食べた人間の楽しかった思い出が蘇るんだ。」


 はしゃぐ誰かと、視界に揺れる三つ編み。これはいつの思い出だろうか。二人は晶の目蓋を楽しそうに通り過ぎていく。

 飴玉が小さくなり口の中で消えると、その姿もフッと暗闇に溶けていった。


「どうだった?」


 慈眼は余韻に浸る晶に問いかけた。晶は目を開けてうっとりとしながら答える。


「後を引く美味しさでした。」

「それは良かった。椅子用意したから、座って座って。」


 晶はお礼を言ってカウンターの前に置かれた木製の丸椅子に腰掛けた。


「さてと、何から聞こうかな。」


 慈眼はカウンターの自席に座り、頬杖をついた。緑がかった青色の瞳がきょとりと揺れる。


「この商店街にはどうやって来たの?」

「えぇと、猫を追いかけていたらいつのまにかここにいました。猫はどっか行っちゃいましたけど……。」


 猫に心当たりでもあるのか、慈眼は「猫か……。」と小声で呟いた。


「その猫は君の猫?」

「いいえ違いますね。良く遊ぶ仲ですが、あの子は野良猫です。」

「良く遊ぶんだ?」

「そうですね。私の唯一の友達ですから。」


 そう言う晶の笑顔には陰りがあった。

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