第15話 シャボンの中の思い出
「なんで、私が……。」
「やっぱり、覚えてないか……。」
「やっぱり……?」
安納は微笑を浮かべた。
「あたし達は友達だったんだよ。『アキラちゃん』。」
晶は言葉を失い、息を飲んだ。そんな晶を横目に安納は再びシャボン玉を飛ばす。
すると今度は楽しそうにそれぞれ遊んでいる他の子の映像が流れた。
幼い安納はその輪に入ろうと様子をうかがっていて、なかなかその一歩が踏み出せずに居たんだろう。諦めたのかしゃがんで地面に絵を描き始めた。
太陽や家、その周りに人を拙い絵で描いていたとき、急に視点が変わり、いつの間にか横に居た子と目が合う。
癖のないミルクティー色の髪、青味がかった緑色の瞳。晶をそのまま小さくした姿の女の子は笑って口を開いた。
『いっしょにあそぼ?』
「一人で居たあたしにそう言って、アキラちゃんは手を差し伸べてくれた。あの時の感動を忘れたことは無いよ。
あの日からずっと遊んでくれてたアキラちゃんには感謝の気持ちでいっぱいさ。
だからこそ、今が恩を返すチャンスかなって。
いつか晶ちゃんが『つばき通り』に迷い込んだら、元の世界に帰れるように手助けしようって思ってたんだよ。」
微笑む安納に、晶は照れたようにはにかんだ。
「そして昨日、やっと晶ちゃんに会えた。
あたし、後ろ姿ですぐ気付いたんだ。それで名前を聞いて確信した。ああ!やっぱりアキラちゃんだ!ってね。
でも、晶ちゃんはあたしに気付いてないみたいだったからね。まさか記憶を失ってたなんて思いもしなかった。
そのうち気付いてくれるかもしれない期待と、辛いことを思い出させる不安とで、今更名乗るのに尻込みしてたんだよ。元の世界に戻るための手伝いならなんでもしようと意気込んでた癖にだ。」
「安納さん……。」
「それで今、このシャボン玉であたしとアキラちゃんが友達だったって事だけを思い出せれば良いなと思ってたんだ。
でもダメだった。だから、あたしが知ってることを教えるよ。記憶を閉じ込めるくらいだから、更にきついと思う。どうだろう、それでも聞くかい?」
晶は胸に手を当て、覚悟を決めた。
「……聞きます。」
「あたしの名前。覚えてる? 最初に名乗った下の名前。」
「……名前……。」
唐突な質問をされて戸惑ったが、素直に思い出そうとして、更に戸惑った。
晶は名前を覚えるのが得意な方だったが、何故か安納の名前だけがすっぽりと抜けて一文字すら全く思い出せなかったからだ。
「やっぱり思い出せないか……。」
「ごめんなさい……。」
「ううん。いいんだよ。これは私の体質というか、まぁ、あたしが幽霊だった頃の名残なんだ。」
「幽霊?!」
晶は驚いて勢いよく安納を見た。良くイメージする幽霊とは違って透けてはいないことを確認する。そして、もう一つの事に疑問を持ち、首を傾げた。
「だった?」
「そう、幽霊だったのは昔のこと。今は……」
そう言って安納は徐にブーツを脱いだ。
すると驚いたことに、安納の身体が揺らいでパッと消えてしまった。
「安納さん!?」
驚いた晶は焦って周りをキョロキョロと見回すが、どこにも安納の姿はなかった。
もう一度安納がいた場所を見るとそこには安納が脱いだ靴と同じデザインの赤ちゃんサイズのブーツと、そのブーツがぴったり合いそうな一体の人形がいつの間にか置いてあった。
「……これって……」
晶はそっと人形を手に取ってじっと眺めた。
小学生の時、手芸にハマっていた晶は自分に似せた人形を作っていたのだが、目の前の人形は限りなくそれに似ていた。
ミルクティー色の三つ編みおさげ、少し太めの眉、翡翠色の糸で刺繍した目。
「……まさか……」
人形をくるりと回して後ろ向きにさせ、着ているエプロンスカートを見ると黄色の糸で縫った『Meru』の文字が。それは晶が作った人形の『メル』であることを証明していた。人形を前向きに戻してその顔を呆然と眺める。
「……なんで、ここに……?」
「ごめんよ、晶ちゃん。」
不意に安納の声が聞こえた。
「おばあにこのままだと地縛霊になりうるやもしれんと言われてね。あんときゃ焦ったなぁ。」
その声は手の中の人形から聞こえてきていた。それに気付いた晶は目を見開いて人形の口元を凝視する。
「そんで依代を探してたらちょうど良いものが晶ちゃんの所にあったわけだ。」
ちょうど良いものという所で人形が自身の胸を叩く仕草をした。
「それで今はこの通り。人形自体があたしの身体になってんだ。
つまり、あたしは『メル』ちゃんに姿を借りたというか、あたし自身がメルちゃんになったんだ。」