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第14話  失われた過去

 眉間にシワがより、額に冷や汗が流れる。

 晶は思い出そうと目を閉じて集中するが、事故の瞬間の事の事ばかりが思い出されてしまい、事故の直前の事が分からなかった。

 様子を見ていた幻が晶の肩に手を置いて首を横に振った。


「……もう、それくらいにしぃや。限界やろ? 辛そうやのに、これ以上自分を虐めるようなことはせんとき。思い出せる時に思い出せればそれでええやんか。」

「でも……。」

「『でも』やない。汗かくほど無理しても思い出せないんや。今は無理って事やで。」


 幻の横で、心なしかしょんぼりと肩を落としていた凛が口を開いた。


「凛ちゃんもぉ、そぉ思ぅ。もしかしたらと思ったけどぉ、思ったよりぃ晶はぁ弱かったしぃ。これ以上はぁ心が壊れちゃうよぉ?」

「……。」

「今度はぁ、辛い事じゃなぃ大切な人との記憶がぁ思い出せるようにぃ作ってみるからぁ。気が向いた時にぃ、また来てぇ?」

「……うん。」


 晶は幻に連れ立って店を出た。幻はトンと晶の背を叩いて苦笑混じりに笑った。


「ほら、しゃんとしぃ。手がかりは掴めたんや。いつまでそないな顔でメソメソするつもりなんや。ずっとどんよりした空気出されては敵わんよ。」

「すみません……。」

「ああ、ホラそうやって。そこは元気よく『はい』と返事せな。」


 晶は無理やり笑って「はい」と返事をした。


「これからどないしよ?約束通り俺の店行こか?お茶飲んでゆっくりしてってええから。」

「……すみません、今日は遠慮させて下さい。」

「一人で、大丈夫なん?」


 晶は頷いてまた作り笑いを浮かべた。幻は府に落ちなかったが、それ以上踏み込む事はせず、「店にはまた今度来てな。」と言って晶と別れた。






「やぁやぁ、改めておはようさん晶ちゃん!

 ……って。どうしたんだいそのひっどい顔! うわぁ……あたしの寝起きより酷いじゃあないか……。」


 帰ってきた晶を出迎えた安納は驚いて開いた口を両手で覆った。


「あははは、もうお昼ですよ……。」

「……顔洗って来な。洗面所奥にあるから。」


 晶のツッコミをスルーした安納は関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアを指して言った。


 晶が中に入ると正面に洗面台があった。水垢の付いた鏡に、自分の姿が映り込む。

 近づくと泣き腫らした自分の顔がよく見えた。

 晶は自身のやつれた姿をじっと見て、空笑いをした。酷く歪んだ笑顔だった。


 晶が顔を洗って店の方へ戻ると、安納が椅子と湯飲み茶碗を用意して待っていた。


「これ晶ちゃんの分ね。はい、どうぞ。」

「ありがとうございます。」


 安納は晶を椅子に座らせると、自分もカウンターに元々あった椅子に腰掛けた。


「それで? 一体何があったんだい。」


 晶はお茶を一口すすって喉を潤す。


「……凛さんの店に行って来たんです。」

「まさかとは思うが、凛に何かされたのかい?」


 安納の言葉に驚いた晶は勢いよく首を横に振り、項垂うなだれた。


「……違うんです。ただ私が、一部しか思い出せなくて。……その、昔のことを……。せっかく、風鈴を作ってもらったんですけど……。事故の事ばかりが思い出されてしまって……。」


 事故と言う言葉を聞いた瞬間、安納は驚愕した。


「あちゃあ、よりにもよって……。」


 そう呟き悲痛な面持ちで俯いている晶を見た。

 そして、視線を彷徨わせて逡巡し、ひっそりと息を吐く。


「ちょっと外に出ようか。見せたいものがあるんだ。」


 安納は晶を連れて人通りが少ない場所に出た。


「ここならゆっくり話ができる。」


 そして何処からともなくあの店で買ったシャボン玉のセットを取り出した。


「これはそんじょそこらのシャボン玉とは違うんだよ。見てな。」


 そう言って悪戯っぽく笑うと、シャボン液を付けたストローにゆっくり息を吹き込んだ。

 膨らんだシャボン玉がふわふわと宙に漂う。

 しかし、そこに映し出されたのは周りの景色ではなかった。


「これは……。」

「あたしの、過去だよ。」

「……安納さんの、過去……。」

「そうさ。このシャボン玉は、その人の振り返りたい過去が観れる特別なシャボン玉なのさ。」


 シャボン玉の中に、年老いた女性がこちらに向かって笑いかける様子が映し出される。


「あの人が『heiseハイス』の元店主で、あたしを拾ってくれたおばあだよ。手先が器用で、あの頃着てた服は全部おおばあの手作りなのさ。」


 鏡に映っている子供の安納がエスニック風の独特な刺繍をした服を着て、楽しそうにポーズを取っている姿と、それを見守るおばあさんの姿もあった。


 そんな幸せそうな思い出を映すシャボンに紛れて、何故か晶に見覚えがある景色を映すシャボン玉があった。


「あれは……」


 広い砂場、少し塗装が剥げた鉄棒、象の鼻を模した滑り台。どれも晶が小さい頃に何度か行ったことのある公園にあったものだ。


 視点は砂場で遊んでいた一人の子供に近づく。安納に呼びかけられたのか、その子がこちらを振り返った。


「……!?」


 晶は弾かれるように安納の方を見た。


「あれって、もしかして……。」


 安納は晶の方を向いて、にこりと笑いかけた。


「子供の頃の、晶ちゃんだね。」

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