第12話 甘いお菓子が朝ご飯?
眠りから覚めた晶は敷布団を元のように整えてから一階に降りる。
「……! 安納さん……。」
力尽きたようにカウンターに突っ伏す安納に晶は驚いた。近づいて軽く肩を叩き反応を見る。
安納は少し身動ぎをして起き上がり、寝ぼけ眼を擦った。
「ぅん……ふぁ……おはよぉ……。」
「おはようございます。こんなところで寝ていたら身体に悪いですよ。……大丈夫ですか?」
「……ん〜ぃ。考えごとしながら、作ってたら……いつのまにか、寝ちゃってたみたいだ……ふぁあぁ……。」
「大丈夫じゃなさそうですね。」
心配そうに見つめる晶を横目に安納は奥の扉の方へおぼつかない足取りで歩いていく。
「……まだ、朝日も出たばっかり、みたいだし。……あたしは、もう一眠りする事にするよ。ぅふぁ……全然寝た気がしないし……。」
「それが良いと思います。今度はちゃんと布団で。」
「ぅん。じゃあ、おやすみぃ。」
「おやすみなさい。」
パタリとしめられたドアを暫く見つめて、晶はカウンターの方に視線を戻した。
「約束まではまだ、余裕があるよね……。」
道具が広げられたままになったカウンターに、昨夜自分が座っていた椅子を寄せる。そして、段ボールに手を伸ばして糸を選び始めた。
時計を見て、そろそろといった時間に腰を上げる。作業道具を簡単に片付けて晶は店を出た。
朝霧と約束した通り、再びカンテラ堂に行く為に。
ドアを開け、店に入るとカウンターから朝霧が手を小さく前後に振って晶を出迎えてくれた。
「こんにちは。」
「ご機嫌よう、晶さん。そろそろゐらッしゃる頃かと思ッて貴女のお好きな牛乳紅茶を淹れて御座ゐます。」
「ありがとうございます。」
「お好きな席に」と言われたのでカウンター席の一番奥に座る。差し出されたおしぼりで手を拭いていると、突然背後から肩を叩かれた。
「わっ……。」
驚いて手から滑り落ちたおしぼりに手を伸ばすが、あと一歩で届かない。
「おっと。」
すると背後の何者かの手が伸び、難なくそれは空中でキャッチされた。
「ナイスキャッチー。」
自画自賛する高く響く声の持ち主は、呆気に取られている晶に気付いてにこりと笑った。
「初めましてだよね? 僕はあおい。よろしくねお姉さん?」
あおいと名乗ったのは暗めの赤いサラサラとした髪をした少年で、黄色い目を悪戯っぽく細めて呆気にとられている晶に笑いかけた。
「よろ、しく……。」
「あらあら、あおいさん。其のやうに人を脅かして、仕方のなひ方だこと。」
「僕もそんなに驚くとは思わなかったからさ〜。ごめんよ!」
朝霧に窘められたあおいは晶に向かって手を合わせる。
「……大丈夫。少し、びっくりしただけ……。
えっと、私は晶。はじめまして、あおいさん。よろしくお願いします。」
「うん! よろしくね。これお近付きの菓子折に!」
「はいどーぞ!」と元気よく渡されたのは笹に包まれた水饅頭だった。
「ありがとう。」
「すっごく美味しいから食べて食べて!」
あおいに言われるがまま、晶は笹を剥がして中身の餡子が見える透明な生地に口をつけた。
「……!」
ひんやりと涼しげな触感が唇にまず伝わる。咀嚼しているともちもちとした生地と優しい甘みの餡子と少しずつ混ざって舌が楽しい。食べ終わるとほのかに甘味が残るのみで後味はさらっとしていた。
「どう? どう?」
「うん、おいしい……! あんまり和菓子は食べたこと無かったけど、こんなにおいしいものがあるんだね。」
それを聞いたあおいは頬を掻いて照れ出した。
「えへへ〜。それ僕が作ったんだよ!」
「え……!そうなの?あおいさんすごいね……。」
晶はあおいに尊敬の眼差しを向ける。
「もっと欲しければ僕のお店に来なよ! 『過喰堂』っていう看板が目印だよ。」
「まァ、あおいさんたら。商売上手で在りんすねェ。」
朝霧は上品に手を添えて和かに笑った。
「其れはさうと、今日は晶さんと珈琲の煎れ方につひてお話ししやうと思ッてゐたので、あおいさんのお店にはまた今度お伺いしませう。」
「うんうん、いつでもおいでよ!」
笑いかける二人に、晶も自然と笑顔になっていく。
「はい。」
珈琲からいつの間にかお茶の話になり、果ては和菓子の話になったりと話題が二転三転しながら三人は心行くまでお喋りに興じるのだった。
「そろそろ、凛さんのお店に行かないと……。」
「あら、そうで御座んしたか。長く引き止めて御免なさいね。」
「いえいえ、とても楽しかったので。ありがとうございました。」
「ええ? もう行っちゃうの?」
「うん。」
不満を漏らすあおいに困り顔になった晶をケロっと表情を変えて悪戯っぽく笑う。
「なんてね〜。次は僕のお店に来てね。またね!」
「うん、また。」
朝霧とあおいに見送られながら、晶は笑顔で店を出た。