釣ろう、全てを救うために
~三日後・王都の先行部隊長、リヨク目線~
先日、我が部隊に命令が下された
ジョダンの街に食料の隠蔽が見つかった事に対する威力偵察だ
現在王都は未曽有の食糧危機である
難民が何百人となだれ込み、餓死者は千人を超えた
処理の間に合わない死体が山と積まれ、いつ疫病が発生してもおかしくない
このままでは王都が滅ぶと周辺の街や他国に食料の提供を呼びかけているが、提供は微々たる物だった
勿論他の街も同様の状態である事は承知している
しかし国の首都たる王都が滅んでは元も子もない
そんな中での食料の隠蔽だ
言語道断、鬼畜の所業である
早急に食糧を徴収し王都へ持ち帰る必要がある
街の人々の抵抗は確実だろう
街にも餓死者が出ているのは聞いている
故に威力偵察、武力にて強制的に徴収する
先行部隊はあくまで偵察ではあるが、出来るだけの食料は奪うつもりだ
まあ、もし抵抗せずにこちらへ食料を渡すなら話は別だが
我ら先行部隊はジョダンへと急行した
「・・・!ジョダンが見えたぞ!!」
ジョダンの街の門が見えた
門の前に人が立っている
我ら部隊の任務は威力偵察といえど、同じ国の民
問答無用というのもあまりに情けがないというものだ
「我らは王都の先行部隊だ!この街では食料の隠蔽が見つかったと聞く!そこを開けて食料を提供せよ!!」
「待ってくれ!この街には食料提供の用意がある!!」
なに?食料提供の用意があるだと?
まさか無抵抗で食料を渡すとでもいうのか?
・・・信じられないが抵抗を受けずに食料を受け取れるならそれ以上の事はない
「話を聞こう!!」
私は部隊を止め、馬から降りてその男と向き合った
「私はこの部隊を任されているリヨク中尉だ」
「私はこの街の領主、ジョダンです」
ほお、この男、まるで気圧されておらん
此方にはいつでも抜刀できる準備があるというのに
領主を任されている男というだけの事はある
「して、食料提供の用意があるとは?」
「まずはこちらをご覧ください」
その領主が差し出したのは紫の芋だ
ナイフで切って断面を見ると中は白色だった
こんな色の芋は見たことがない、異国の芋だろうか?
「この芋は最近発見されて栽培された新種の芋です」
「うむ、私も見た事がない」
「非常にデリケートで環境を選びますが、急速に成長、栽培可能です」
「そうか、それは結構な事だ」
「時に、王都の法をご存じで?」
「もちろんだとも」
軍たるもの、規律遵守は当然の事だ
これは王都の法の遵守も含まれる
私は勉学は苦手だが、疎かにしたことはない
「では、新種の作物を領主主導で栽培した場合、一年はその領主に専売の権利があるのをご存じですか?」
「うむ、確かにその法律は存在している」
確か、国の創立時に穀倉地帯を取り込む際に出来た法律だ
初期の法律であり、これを破る事は穀倉地帯の領主への裏切りに等しい
王都でも重要な法律で破る事は固く禁じられている
「実はこの芋が予想以上に上手く栽培できまして、それが今回の隠蔽容疑の実情なのです」
領主の話では予測以上に上手く芋が栽培出来たため、それが余剰として王都に告発されたのではないかとの事だ
「ふむ、話は分かった、それでその余剰分の芋を提供すると?」
それでは足りん、全く足りんのだ
王都の腹を満たすには全然足りないのだ
余剰が出る可能性があったなら、早めに申告していればこんな事にはならなかったろうに
「いえ、違います、この芋以外の芋と麦を提供させて頂きます」
・・・正気か?
つまりその、新種の芋のみで街の人間の腹を満たすと?
すぐに種芋まで貪り尽くしてしまうだろうに
しかしこちらとしては都合がいい、そういう事であれば我らも強権を振るう必要はないだろう
「その話、誠であるか?違えれば無事ではすまんぞ?」
「えぇ、天地神明に誓って」
・・・ふむ、まっすぐな目をしている
ペテン師ではないだろう
しかし、念には念を入れておこう
「少尉!この者が領主で違いないか!?」
「はっ!人相書と相違ありません!」
そうか、領主の言葉であれば、ひとまず信用出来るだろう
「その者がジョダンの領主、
カノー・デウス=ジョダン
その人であります!」
~時は戻り、先行部隊到着一日前、カノー目線~
俺とエメスは大鐘楼の階段を登っている
大鐘楼は街の人々に時刻を知らせる為に建てられている
先端にある鐘の鳴る数で、人々は時刻を知る事が出来る
その為、街の中央の一番高い建物であり、街の象徴だ
普通は一般人が登る事は不可能だ
しかしそこは領主のご令嬢たるエメス様
あっさり登る権利を得る事が出来た
「あの日、少し不思議に思ってたんだ」
登りながら、エメスに話しかける
あの日、領主様はエメスに「その芋を発見したのはエメスか?」とたずねた
何故そんな事をたずねたんだろうか?
「クロッサに聞いたら、王都に法律があるんだってよ」
・新種の作物を領主主導で栽培した場合、一年間はその領主に専売の権利を認める
エメスが発見栽培していた場合、領主様が主導していたと言っていいだろう
そうなれば、領主様が生きている限りこの芋だけは徴収される恐れがない
つまり、芋が欲しければ領主様を生かす必要が出てくる
領主様が殺されれば、専売する権利はなくなってしまうからな
だから、領主様は質問したのだろう
「その芋を発見したのはエメスか?」と
当然、俺を雇っていたなんて嘘は[真実のカンテラ]の前では意味がないから
まあ領主様としては新種の芋がどれほど栽培出来るか知らないから、そういう考えになったのだろう
実際の芋は有り余るほど採れる、恐らく街の腹を満たす程に
だから問題は一つ
芋の発見、栽培者たる俺が領主になる方法がない
「領主様が不慮の事故死となれば、一応はエメスが仮として領主になれる」
これは仮ではあるが、実例のある状態だ
もしここで俺とエメスが結婚できれば、俺が領主ともなりえた
「でも貴族の結婚は王都の了承がいる」
どんなに急いでも絶対に間に合わない
というかほぼ100%了承されない
この時期に結婚なんて何かあるに決まってる
王都はそこまでアホじゃないだろう
「じゃあ、もう無理じゃない?」
よかった、エメスがようやく話し出した
あれから大分落ち込んでいたからなぁ
「まあ、最後の悪あがきだ、っと、着いたみたいだな」
ようやく大鐘楼の最上部までたどり着いた
ちょっとだけあのダンジョンの屋根裏への扉みたいな扉を開けると、光が飛び込んできた
大きな鐘のある外の部屋に上がり、エメスを引き上げる
「こりゃなかなかすごいな!」
街で一番高い大鐘楼からの眺めは、とんでもなく広かった
空が無限に、地平線が丸く感じる
柵がない為、街の様子が直接眺められる
建物や人々が小さくて、まるで巨人になったみたいだ
「そうね、本当に、いい眺め・・・」
エメスの横顔を見届けて、釣り竿の組み立てに取り掛かる
「エメスには言ってなかったけど、実はこの釣り竿、すごいものなんだ」
モンスターは手なずけるわ、クロッサは釣り上げるわ、虹色の種は見つけるわ
それはそれはお世話になっている
「だから、最後もこれに賭けようかと思うんだ」
完成した釣り竿を振りかぶり、空に向かって放つ
「どうしたの?あなたまさか気でも触れてるんじゃ・・・?」
いや、まあそう思われても不思議じゃないよなぁ
「この釣り竿、多分なんでも釣れるんだぜ」
「なんでもって・・・」
カリカリとハンドルを巻く
手応えが一切なくて泣きそうだ
めげずにもう一投
「街ってなんだと思う?」
土地?人?それとも領主?
俺はこう思う
「多分、人の認識が街を作るんだ」
土地だけあっても街ではない
人だけいても街じゃない
領主だけ居ても、そこは街じゃないだろうさ
人々がそれを街と認識したから、そこに街がある
「だから、釣るなら街の象徴たるここかなって」
「さっきから何を釣ろうとしているの?」
「何って、街さ!」
何度も何度も空振りを繰り返す
お昼の終わりから釣りだして、もうすぐ夕方だ
「昨日は朝から手伝ってくれありがとうな」
衛兵さんに荷馬車を出してもらってダンジョンに向かい、出来るだけのダンジョン芋を運び出した
途中から面倒になって、道を塞いでた場所の剣を蹴飛ばして二階層目と外を繋いでしまった
お陰で荷馬車一杯の芋を運びだす事が出来た
その芋を持って、街の人々に配り歩いた
こんな謳い文句と共に
「
エメス嬢に惚れたカノーは芋を貢ぐ事にした
エメス譲と領主様が認めてくれたから、領民の皆に芋を配る
領民が俺を領主と認めてくれたらもっと配るぞ
」
昨日に続いて今日も配り歩き、この文句を繰り返した
町々の人々は喜んで受け入れてくれた
今日は途中で衛兵さんに任せてしまったけど・・・
皆が俺を領主にしたいと望んでくれたら、釣れるんじゃないかと思うんだ
この[ジョダン]という、途方もなく大きな獲物でも
俺は、諦めたくないんだ
エメスも
街の皆も
この街そのものも!
だから、答えてくれ!!今までみたいに!!!
夕闇に暮れる街に、影が伸びる
その影の中に、山や建物以外の大きな影が見えた
見えた・・・!大きな大きなナマズのような影だ!
直観で分かった、あれがこの[街]なんだと、[ジョダン]なんだと
釣り糸の先端のハエのモチーフが勝手に揺れる
まるで意思を持つように、[ジョダン]の前を揺蕩う
そして、ついに
[ジョダン]がハエに食いついた!!
「きたっ!!!」
エメスには見えないのだろう
不安そうにしているが、俺はそれどころじゃない
とんでもない力だ!一瞬で引き込まれる!!
思いっきり引っ張ているのに、全然動く気配がない
まるで地面を釣り上げているみたいだ!
でも、諦められない、諦める訳にはいかない
「俺は、この街を、皆を、エメスを、救うんだっ!!!」
何分、何十分、いや、何時間そうしてたんだろう
既に日は落ち、街は夜に暮れている
不意に、[ジョダン]が動いた
俺とは反対の方向に
目の前には柵はない
あっけなく引っ張られて
体が泳ぐ
「しっかりしなさい!!」
エメスに引き戻されて何とか体勢を持ち直した
不意に、街に明かりが灯った
昨日も一昨日も、夜に明かりは灯していなかった
不思議に思っている俺に、エメスが答えてくれた
「皆も、芋が来たから余裕が出来たのよ」
そうか、この光は、俺たちが灯したのか
「もういいだろ?そろそろ釣られてくれよ・・・!!」
腕がぶるぶると振るえる
それでも、腰を落とし、満身の力を籠めて竿を引く
[ジョダン]が、光を嫌がるように浮かび上がってくる
「おおおおおっっしゃぁぁぁぁあああああああっっ!!!!」
俺の全力に合わせ勝手にハンドルが巻かれる
そのまま、竿を振り抜く!!
「フィッッッッシュッッッッッ!!!!!!!」
勢い余って竿が鐘に当たって、鐘の音が鳴り響く
釣り上げた[ジョダン]は空中で光になって弾けて、俺に入り込む
これで、これで[ジョダン]は俺のもんだ!!!
~先行部隊が立ち去った後の門の前、カノー目線~
「これで、ようやく、街を救えたのかな?」
「そうね、本当に信じられないわ」
振り返るとエメスが居た
門の裏に隠れててもらう約束だったんだが・・・
「しかし、カノー君には脱帽だよ、どうやったんだい?」
領主様、いや、前領主のキアス様が微笑みかけてくる
あの後に領主邸へ戻って確認した所、領主の地位に関する書類や記載は全てカノーの名義に変わっていた
勿論過去の決裁等は前領主であるキアス様の名前が入っているのだが、現在の領主を示す部分に関しては全てカノーの名前になっていたのだ
人々に話を聞くと
「今の領主はカノー、様?だよ、昨日?昨日はキアス様だったけど・・・あれ?」
といった感じで、不自然な認識ではるが、皆が俺を領主と思ってくれていた
前領主であるキアス様には苦笑で答えて、門へ戻る
門の両端に立つ門番さんにお願いする
「すまないが、門を開けてくれないか?」
「「ハッ!!」」
門番たちも疑いなく俺の指示に従ってくれる
俺はたった14歳のガキなんだけどなぁ
門が開くと、そこには真ん中の道を開けて、衛兵がずらりと並んでいた
「新領主、カノー様に、敬礼っ!!!」
音がする程の素早さで、衛兵たちが一糸乱れぬ敬礼をする
驚いたが、場の雰囲気に流されてその真ん中をエメスと共に歩く
すると、街の皆が衛兵の奥にいるのが見えた
「「「新領主様!万歳!!」」」
「「「戦争を止めた男、カノー様に!万歳!!!」」」
「「「芋領主様!万歳!!」」」
芋て!・・・いやまあその通りか
「「「スケベ顔の領主に!万歳!!」」」
「あらやだ女の子は隠さなきゃ」
「「なんてスケベな顔なんだ・・・!」」
えぇぇ・・・最近言われる事ないから治ったと思ってたのに
不意に、エメスに裾を引かれた
振り返ろうとする俺の頬にエメスの唇が当たった
「大丈夫よ、これはあたしのだから」
ま、まあここまで来たら責任を取るのはいいんだが、これって
「おぉ、エメス様がいるなら安心だ!」
「「「エメス様!万歳!!」」」
「「「「女子の守り神、エメス様万歳!!!!!」」」」
なんか、俺の時より声が大きい気がする!?
エメスと視線が合い、お互い苦笑して歩き出す
まあ、どんな風に言われたっていいさ
だって俺たちは、
この街を救ったんだぜ?
今日の21時にエピローグを投稿して、それで本当に完結です
それではまた21時に




