女騎士
魔法使いの総数はこの世界では少ない。
と言ってもヨハン・ブレイヴが元々いた世界、つまり結城達郎がいた世界に比べれば圧倒的に多い。ガスタ連合国では十人に一人は魔法が使えると言われていて、各部隊数十名に対して回復師、魔法攻撃師は一、二名組み込むのが定跡なりつつある。
だが、それはミーナやリカードのいる駆逐隊では少し違う。回復師はいるものの魔法攻撃師はいない。魔法攻撃師とは中距離から敵へ〈電撃〉などの魔法を放つなど、『相手に何かしらの魔法放つ』ことを目的としている。というより、通常の魔法使いは他人に何かしらの魔法を放つことはできても、自分自身に魔法をかける事は出来ない。
ここで魔力の発動について説明しておく必要がある。
魔法が使える人間と使えない人間の差は、体内に『マナ』と呼ばれる貯蔵庫があるかないかである。マナには『エッセンス』が貯められ、エッセンスの放出が魔法の発動を意味する。エッセンスは通常時間経過で溜まっていく。
さて、ここで簡単な質問だ。右からものが動いて来る際、それを止めるにはどうすれば良いだろうか。そう、もちろん左から力を加えれば良い。
もう一つ質問だ。人は吐いた息をその場にとどめておく事は可能だろうか。不可能だ。もしやろうとすれば、息を吸いながら吐くしかない。
これと同じことが魔法でも起こる。
つまり、魔法は放出するものであり、留めるものではない。
しかし、擬似的に体の表面近くに留める方法がある。それは、小さな魔法を連続して全身から発動する、という方法だ。これであれば、あたかも自身に魔法をかけているかのようになる。これなら〈加速〉などの魔法を使用して、移動をとても楽にすることが出来る。
ではなぜ自身に魔法を皆掛けないのか。理由は単純。〈雷撃〉などの魔法は手からのみエッセンスを放出するが、この場合気を使うのは手という部分のみでいい。しかし、魔法の全身からの連続発動はエッセンスの消費効率がものすごく悪いのだ。
魔法を使えないものを例に取れば、全身に力を入れたまま走ろうとする様なものだ。これほど大変な事はない。
こういった理由で、自身に魔法をかけるより、他人から魔法をかけてもらう方が良い、となったのだ。
たが、ミーナはその例外となる。
彼女は生まれつき魔法の連続発動に長け、さらに全身からの発動を訓練して来た。つまり、自身に魔法をかけることを苦としない。自身に強化魔法をかけることができる数少ない人間だ。たったそれだけの理由、しかし数少ない近距離専門魔法使い『魔法騎士』として駆逐隊に最年少の隊長として選出された。
駆逐隊は盗賊やモンスターの討伐、警備、捜索など様々な仕事を請け負う。だからこそ、多くの事態に素早く対処できるミーナが登用された。
盗賊集団『コレクター』の一員、アッカムが短剣をミーナに刺した際、ミーナは強化魔法〈重装甲〉を発動させた。薄く全身を覆うこの魔法は一切物体を通さず、そのベクトルをゼロにする。〈重装甲〉発動中であれば、大砲ですらミーナの体を傷つける事はできない。
突っ込んだものの、ベクトルをゼロにされたアッカムはバランスを失う。
ミーナはさらに自身に強化魔法をかける。
〈筋力補完〉。自身に魔法による補助を与える。性別による筋肉差を無くすばかりか、大男以上の力を出す事が可能なこの魔法はアッカムの首を下から上に向かって容易く刎ねる。
アッカムの後ろにいた侵入者たちは何が起こったのか理解できず固まったままだったが、ミーナは考えさせる暇を与えない。〈筋力補完〉を維持したまま一気に距離を詰め、その勢いを利用し続けざまに四人を両断する。
そこに慈悲はない。
彼女はまだ年は若いが騎士としての鍛錬を積み、そして人を殺めた経験も数多く積んでいる。「やらなければやられる。」その考えを刷り込まれた、また実感している彼女に人を殺めることへの迷いなどあるはずがないのだ。
そこには可愛らしい女の子ではなく、駆逐隊隊長としての姿があった。
彼ら『コレクター』第三支部の考えには誤りがあった。
それはこの駐屯地にガスタ連合国の駆逐隊が先回りして滞在していた事。
そして、裏門から逃げたのは宝を持ち帰るためではなく、精霊使いを逃がすためだった事。
前者の方では首を即切り落とされ殺された。ならば死なないよう後者のヨハンたちを追った方が良かったのか?
「ヨハン君、少しここら辺で休もうか。」
「はい。」
裏門を出てから二十分ほど走っただろうか。一般人レベルの体力しか持たないヨハンは周りの騎士について行くのに必死だった。
一緒にいる騎士たちもヨハンを守るためなので、ある程度速度は落としているはずなのだが、息が上がっているのはヨハンだけだった。道はある程度整備されているがどこまでも左右に森が続き、景色が変わらないことが余計にヨハンを疲れさせたようだ。
二人の騎士は木陰に腰を下ろし、ヨハンに水筒を渡す。
「まだ、もう少しかかるから焦らず行こう。」
「男を背負うのは勘弁だからな。」
ははは、と笑いながらヨハンの疲れを取ろうとしてくれていることを、ヨハンは感じ取った。
今頃、駆逐隊は盗賊と戦っているのだろうが、特に助けたいとか不安だとかいう気持ちはなかった。面倒ごとは出来るだけ関わらないようにする、というのは結城達郎時代から徹していた。
(なのに、幽霊を見ちゃうんだからどうしようもないな……)
自虐的なことを考え、心の中で自身を笑う。
要はどれほど逃げ出したとしても、相手は必ずどこかでやってくる。このことに気づく彼は、今の状況にも当てはまることを目の当たりにする。
「グァァッ!」
隣にいた兵士に突然雷が走る。
だがそれは天から落ちたのではなく地面に水平に走ったので、雷という表現は間違いかもしれない。
雷が通った空中の跡が「バチバチ」と音を立てている。
即死。
死体をあまり見たことのないヨハンが見て分かるほどのものだった。
胸のところが特にひどく、そして全身が黒く焦げている。
「ジン
!大丈……」
もう一人の騎士が叫ぶが、最後まで声は続かない。
彼もまた雷で射抜かれていた。
敵の正体は盗賊であるとヨハンは瞬間的に理解する。
そして、騎士たちの射抜かれた方向から自身の背後に敵がいることを確信する。
だが振り返る暇はない。それは剣が振り下ろされる陰が見えたからだ。
いま必要な魔法を放つ。
感覚を断つ〈感覚遮断〉では、すでに剣が振り下ろされている今は間に合わない。
そこで、ヘクトルから教わっている魔法の一つ、〈負の衝撃〉を選択する。
ヘクトルは当然の如く魔力をヨハンに即座に供給し、ヨハンは受け取った魔力を現実世界に効果を持った魔法として解き放つ。
ヨハンは魔力を貯めておく貯蔵庫であるマナを持たないが、精霊のヘクトルが魔力の源のエッセンスを大量に保有するため問題なく魔法を使える。それも一般的な魔法使い以上に。
〈負の衝撃〉は使用者から遠ざかる方向にベクトルが強制される魔法。これも受け取った魔法を放つ(今はヨハンの背面から放つ)だけで済むので、まだ技術的に未熟なヨハンにヘクトルは伝えたのだ。
〈負の衝撃〉によって後ろに飛ばされた盗賊は木にぶつかり気を失う。
「ヨハン様。木の陰にあと三人。」
「あぁ、一人として逃がすか。〈闇の呪縛〉。」