決着
〈魔法解除〉
それには二つの用途がある。魔力の解放を止めることでその効力を無くすもの、そして他人から受けた魔法の効果を打ち消すもの。前者はヨハンが戦いの最後に使ったが、実はもう一人この魔法を使ったものがある。
それはミーナだった。
彼女は後者の効果を用いて、自身にかけられた〈知覚遮断〉を解こうとした。だが、人間である彼女の魔力と精霊ヘクトルの力を放出するヨハンの魔力ではその差は明らか。彼女は辛うじて触覚を取り戻した程度だった。
「なるほど、一切知覚できないとは……完敗だ。お前が精霊使いだと認めよう。」
リカードの宣言とともに勝負は終わり、ヨハンが精霊を見えることが証明された。
「リカード、少し質問しても良いか?」
「ん?どうした、ヨハン。」
「今俺がどこにいるのかとか、この国の事とか教えて欲しいんだけど。」
「おぅ、良いぜ。」
(何で男ってあんな単純なのよ。さっきまで戦ってたじゃない……)
ヨハンとリカードは決闘後すぐに仲直り、というより仲良しになり、今は食堂で食事や会話を楽しんでいる。
お互いに怪我を負わないか悩んでいたミーナは、その変わりように呆気にとられていた。
これからどうすべきか。
ガスタ連合国評議会への報告は必須だろう。そして、ヨハンにはその場についてきてもらった方がいい。
だが、二人目の精霊使いの存在が公になれば、他国から彼を拉致しに来る可能性もある。彼の身を案じるならば、伝えない選択肢も出て来るが……
「隊長!付近に人影を複数確認。恐らく『コレクター』かと。」
扉をバンッと開けて入ってきた一人の兵士が慌てた様子で告げる。
「分かりました。リカード、ヨハンとの会話が弾んでるところすみませんが、すぐに迎え撃つ準備を。ヨハンには護衛を2名つけ、裏門から城塞都市バイカルフスクへ向かうように。」
「了解。」
「ヨハンのことは後回しにするしかないか。」
そう椅子から立ち上がりながらミーナは呟いた。
リカードの話によると、彼ら駆逐隊がここに来たのは盗賊団『コレクター』がこの森に潜伏しているとの情報が入ったからである。『コレクター』は連合国が所持する秘宝や金目のものを奪い去る集団で、殺人も厭わないのだそうだ。
ヨハンが倒れた時、普段であれば人がいない森に彼ら、駆逐隊が通りかかったのはちょうど巡回中だったからだそうだ。
そういう意味で、『コレクター』は間接的にヨハンの命の恩人になるわけだが、直接何かされた訳では無いので特に恩義は感じない。
「ヨハン君、こちらへ。」
(取り敢えず今はミーナの指示に従って、避難をしておくのがいいかな)
二人の兵士に連れられ、ヨハンは駐屯地を後にした。
「裏門から三人が出て行きました。」
「宝を持っている可能性があるな。別働隊にすぐに追い、殺して奪うよう伝えろ。」
黒いローブを身に纏う者たちが森の中に群れをなしている。その数は二十を超えるだろうか。その集団の中で、リーダー格の男が部下に指示を出す。
「さぁ作戦を開始せよ。そして……」
「神の秘宝を我らが手中に。」
「神の秘宝を我らが手中に。」
「神の秘宝を我らが手中に。」
「奴らの狙いはこいつですかね?」
「えぇ、間違いないでしょう。」
リカードとミーナは一枚の鏡の前に立っている。
円形の鏡の縁には金の装飾施されており、一定の間隔をおいて宝石が埋め込まれている。
名を『ヨルムンガンドの真理鏡』。覗けばその者本来の姿を映す。そのため光魔法で顔を変え、不正に侵入したものを判定する際に使われる。
そんなものがなぜ森の駐屯地にあるのかというと、数週間前森にある貴族の別荘で、結婚式が開かれその警備の際使用され、その後この駐屯地が管理をするようになったわけだ。
「『コレクター』は駆逐隊の私たちがいることを恐らく知りません。そのため、この駐屯地にて待機し攻めて来たところを迎撃しましょう。リカード、隊員の配置は任せます。私はこの鏡の元まで来たものを対処します。そのため、一匹たりとも通さないとは考えず、逃さないことのみに重点を置きなさい。」
「了解です、隊長。」
駐屯地は食堂や泊まるための建物と演習場しかないためそれほど大きなものではない。そのことに普段ここに駐在している騎士たちは不満を言うが、敵を誘い込むという点では袋叩きにしやすい点で利点と言える。
各騎士たちが要所要所にある隠し部屋に入り、敵を迎え撃つ用意をする。
ダンッ、と突然ドアが開く音がが響き、黒いローブの集団『コレクター』は一階から奥へ広がっていく。その先頭に立つのは『コレクター』第三支部長のアッカムだった。部下を従えて全力で走る。
人の姿はない。だが、こちらのことはバレているので何かしら対策を練ってることは確かだ。それが今回は待ち伏せか急襲のどちらかであることも、この静かさから明白。
(単純な奴らめ……)
そうあざ笑う。
「うぁぁぁぁ!!」
後ろから叫び声が聞こえるが、構っている暇はない。今は一刻も早く『ヨルムンガンドの真理鏡』を手に入れ持ち去ることが必要だ。鏡は建物の三階にあることを確認済みであるので、その場所にたどり着くため全力で走る。
多くのテロ集団からあの鏡の奪取を願われてきた。
チャンスを窺っていたところ、このような森の駐屯地に保管されていると知り、これを逃せば次はないと考えた。通常であれば近郊の都市バイカルフスクの地下に保管されており、奪い去ることは困難だ。しかし、この駐屯地であれば敵騎士の数は多くても十数名程度だろう。最近兵がやって来たらしいがそれも十数名程度。ならば、こちらの被害は最小限で目標を達成することができる。
そう思っていたが……
(おかしい……)
先ほどから後ろをついてくるはずの者たちの足音が明らかに少なくなっている。
ここに来る際には二十五名であり、戦闘はできるだけ避け鏡の元まで走るよう伝えたが耳から聞こえるのは数名程度の足音のみに減っていた。
それもそのはず、先頭を走るアッカムは知らないが、部下たちは隠し部屋の前を通るたびにリカードの部下によって捕獲されていたのだから。
(だが、もう見えたぞ。)
視線の先には目的の『ヨルムンガンドの真理鏡』がすでに見えている。犠牲が多く出たのは予想外だったが、視線の先にいる騎士の数はたった一人だ。
「死ねぇぇぇぇ!!」
腰から短刀を抜き、後ろを走る部下が魔法をアッカムにかける。
能力名〈加速〉。対象の速度を跳ね上げる、単純かつ効果が非常に大きな魔法だ。
アッカムは加速したまま目の前の騎士に刃を向け、突っ込む。
体を貫通することは明らか。そうアッカムも部下も思い、鏡に視線を向ける。
だがアッカムの持つ短刀が騎士を貫通することはなかった。
「なっ!?」
「残念だけど、私にその程度の攻撃は効かないから。」
その冷たく言い放たれた言葉は、首をはね落とされたアッカムに聞こえたかは誰も分からない。