証明
「決闘だと?」
筋肉質な副隊長リカードが声を荒げる。血管が浮き上がり、
「えぇ、精霊がいることが本当ならあなた方に勝つことが出来ると思いますが。」
「舐めるなよ、ガキが……」
「リカード!」
隣に立つリカードの上官ミーナが制止する。
その声にリカードは不満げな表情を浮かべながらも一歩後ろへ下がる。
「えっと、ヨハンくんでしたっけ?意地を張っているのだとしたら辞めたほうがいいわよ。私たちだってそこらの兵士より強いんだから。それに私はあなたの事を信じてないわけではないし。」
「意地ではありませんよ。本当の事ですから。」
ミーナより後ろに立つリカードの目がつり上がる。
「隊長、そこまで言うなら私が相手します。」
「リカード、あなたも少し頭に血が上りすぎよ。」
「いえ、ここで精霊使いかとうかを判断しておくことは非常に重要なことかと。」
「確かにそうだけど……」
「俺は構いませんよ。」
「ヨハンくんまで……」
「では十分後、外で手合わせ頼む。」
ミーナは心配そうな表情を浮かべたまま、会話を進める二人を見つめていた。
「とは言ったものの、俺は魔法なんて使えないぞ?」
騎士たちが部屋を出て言った後、ヨハンはヘクトルに話しかける。
威勢の良い啖呵を切ったものの、それはヘクトルの案であり、ヨハンには不安しかなかった。
「ご安心ください。ヨハン様は私から魔力を受け取り、それを放出すれば良いだけですので。」
「いや、魔力の放出法とか知らないんだけど。」
「今から、すこし魔力を送りますので、その感覚を掴んでもらいます。」
建物の外ではリカードとミーナがここに来たる男を待っていた。
「リカード、なぜあの様な事を?確かに精霊使いなら連合国に知らせる必要がありますが……」
「まぁ、売られた喧嘩を買ったまでですよ。ああいう輩は早めに痛い目にあったほうがいい。」
ヨハンが目覚めたのはガスタ連合国森林部八九八駐屯地だった。その名の通り、建物の外には一本の道以外木が生い茂っているだけだった。
ガスタ連合国はもともと四つの国が同盟を結んだことから成立した国家だったため、その国土は端から端まで行くのに馬を走らせたとしても半年はかかると言われている。
風光明媚な場所、荒れ果てたどこまでも続く大地、一年中雨が降り続ける土地などその地域ごとに様変わりをする。
そのため駐屯地の数は二千を超えている。各地域によって駐屯地の様子は異なり、ここ八九八駐屯地は建築には多く木材が、そして外壁には耐火の魔法が使用されていた。
「来ましたね……分かっているとは思いますけど、殺しにかかるようなことは認めませんよ?」
「そこら辺のことは分かっていますよ。」
こちらに向かってくる青年、ヨハンには不安な表情はなく、足取りも平然としている。
(もしかしたら、本当に……)
その様子を見てミーナは、自身の信じることが出来ない気持ちが揺らいだ。
信じられない理由は二つある。
一つは彼から魔力をを一切感じないという点。精霊使いであれば、近づかれただけでその魔力に鳥肌が立つ。リカードは魔法に長けたものではないが、そんな彼ですら感じることが可能な魔力を精霊使いは放出するのだ。しかし、それがヨハンから感じられない。
二つ目は精霊使いの希少性の高さだ。多くの情報が得られる隊長クラスのミーナを持ってしても、精霊使いは一人しか知らない。国家最強の部隊、殲滅隊隊長ルードヴィヒただ一人のみだ。道端に偶然精霊使いが倒れているなどということはあり得ない、というのが常識として成り立っている。
だが、嘘をついているのに自らの危機を感じても平然としていられるものだろうか、とミーナは感じた。
「よく逃げなかったな。」
「逃げる理由が無いので。」
リカードとヨハンは互いにすこし距離を取り向き合う。
リカードが背中から大剣を取り出し構える一方、ヨハンは何も持たず立ったままだ。
「あまり私は気が乗りませんが、もう止まらないようね……勝負はどちらかが負けを認めるもしくは試合続行不可能となるまで。相手を死に至らしめるものは不可。もし使用する兆候が見られた場合、私が止めに入ります。」
ミーナが声を張ると、駐屯地にある数名の兵士たちが「なんだなんだ?」と集まって来た。
「では、始め!」
ヨハンは一般的な体つきでしかなく、騎士たちからすれば貧弱だろう。集まった兵士たちもミーナさえリカードがだが、戦いで圧倒することになったのは……ヨハンだった。
「今はまだヨハン様の体が魔力を慣れていませんので、ある程度お渡しする魔力量は抑えていきます。」
「あぁ、そうしてくれ。」
「では、参ります。」
既に倦怠感はなくなり、体は自由に動けるようになっていた。右肩にヘクトルを乗せてはいるが、周りの兵士の視線はヨハンにのみ向いている。
ここにくる前に数回魔力というものを体感したが不快感は無く、ある程度使用方法などをヘクトルから教えを受けた。
今までに味わったことのない感覚で、慣れるのにもう少し時間がかかりそうだったが、今はそんなことを言ってられない。
「始め!」
開始と同時にヘクトルから受け取った魔力を解放する。
〈知覚遮断!〉
ヨハンには何も感じられないが、急に騎士たちは地面にしゃがみ、手で地を触りだした。
能力名〈知覚遮断〉。その名の通り周囲の生物の知覚を完全に遮断する、というもの。視覚はもちろん聴覚、触覚、嗅覚、味覚の五感すべてを消すらしい。ヘクトルから聞いた限りだと彼から受け取った魔力をそのまま解放するだけで良いので、魔法初心者のヨハンにとって最も扱いやすいものだそうだ。
騎士たちはあたりに這いつくばったままだが、それは目の前にいる相手は剣を構えたままだった。
流石は副隊長、と言ったところだろう。予期せぬ事態に陥っても剣は決して離さない。
「取り敢えず剣を借りて……」
近くに這いつくばっている一人の騎士の元へ行き、腰元から剣を抜き取る。
「案外……重いんだな。」
「ヨハン様は意外にも筋力はあまり多くないのですね。」
「あぁ、特段筋トレとかしてこなかったからなぁ。だけど、今回はとりあえず決着。」
リカードの後ろに回り込み、彼の首元に剣を持っていく。少しリカードが動いても大丈夫なように少し離した位置に持っていく配慮も忘れずに。
そして魔法を解く。
〈魔法解除〉