乙女2
「で、なんと言われたんですか?ヨハンのやつに。」
「ぞれがぁ、『面倒』だとか『お前のことは何とも思ってないから……』みだいな、ヘグッ……ことを言われで、ウグッ……逃げでぎばじだぁぁぁ!!」
「酷い言われようですね……隊長にそんなこと言えるの彼くらいじゃないですか?」
未だに泣き止むことのないミーナに、段々と駆逐隊の騎士達は普段と違う彼女の姿に可笑しさを感じていた。相手の攻撃を全て無効化し一刀両断している隊長の面影はそこに無かったからだ。
とは言え、何とかしてあげたいというのがリカードの思いだった。
「いきなりだったのがいけなかったのかもしれないですよ?少しずつ食事に誘うとか、どこかに2人で出かけるとかしてみては?」
「なるぼどぉぉ……が、がんばりばず……」
「何事も努力が大事ですよ!」
ミーナを励ましつつ、リカードは部下達に目配せをしヨハンの居場所を探すよう指示を出す。
(ちょっと会って、脈アリか調べてみますか……)
自分の隊長がいつまでもこんな状態では仕事にならないので、リカードとその部下達は動き出した。
(あぁ……また午後から面会か……)
ミーナが突然走り去ってから、ヨハンは一人食事をとり、今自宅への帰路についていた。
本当はミーナやエマと久し振りに食べに行こうと思っていたが、両名とも居なくなってしまったので、結果一人で食べることになったのだ。
(あの娘もヨハン様のお話を最後まで聞けば良いものを……)
ヘクトルが珍しくはぁ、とため息をついた。
(何で急に泣き出したんだろうな?)
(分かりかねます。しかし、いきなり告白とは……)
ヨハン自身驚いた。あまり同じパーティーで活動した以外には特に接点はなかったはずだからだ。
五竜を倒した件についても、ミーナはヨハンが精霊使いであることは既に知っているのだから、何も思うところはないはずだ。
そんなことを考えつつ家に戻ると、門の前には懐かしい顔の人物がいた。
「久しぶりだな、よはん。」
「あぁ久しぶりだ。リカード。」
「なんだお前。ずいぶん不愛想になったな。前は敬語を使ってくれてたのに。」
「本来の俺はこういう話し方だよ。」
駆逐隊の副隊長、リカードがおどけたように笑いかけてくる。
「それで、用ってのは……ミーナのことか?」
「そうだ、分かっててくれて助かる。」
「急に泣き出したんだが、何かあったのか?」
「何かってお前、うちの隊長に暴言吐きまくっただろ?」
「暴言……?」
リカードがミーナから聞かされたという内容を聞くと、ヨハンは勘弁してくれという顔をした。
「リカード、お前のとこ隊長様は早とちりし過ぎだ。」
「ん?どういう事だ?」
「いいか、俺が言ったのは、『付き合っても、面倒なだけだと思うぞ。俺なんかと付き合っても今の俺はお前のことを何とも思っていない。』ここまでは合ってる。だがそのあと言いたかったのは、『そんな俺でもいいならよろしく頼む。』だ。」
「……は?オッケーなのかよ!」
「だから、会話の途中でミーナが走っていったから言えなかったんだよ。」
「いや、それにしても『付き合っても面倒』って酷くないか?そんなこと言われたら、隊長も傷つくだろ。」
「なんであいつが傷つくんだ?こんな利己的な性格の俺と付き合っても面倒なだけだろ?」
「……そっちの意味か……」
「どっちの意味だよ。」
思わぬ返答にリカードはたじろいだ。ここには何とかミーナと付き合うよう説得をしに来て、ミーナの気に入らない点などを先に聞き出しておこうと思ったのだ。
それが本当はオーケーでした、というのだから肩透かしを食らった。
「……なぁヨハン、この後隊長に会ってくれないか?」
「悪い、今すぐは無理だ。来客があるからな。明日の日が暮れる頃は大丈夫だとは思うが。」
「それで構わない。場所は……」
「ここでいいだろ。」
そういってヨハンは自宅を示す。
「助かる。では隊長にここに来るよう言っておく。」
「分かった……お前らも来るんだろ?」
「ま、まぁ。多分な。」
「ならうちで食べていかないか。久しぶりだしな。」
「そりゃありがたいが。はぁ……なんか悪かったな。」
「いや、俺にも責はある。まさかそんな勘違いをされてるとは思ってなかったしな。」
「そう言ってくれると助かる……それにしてもデカい家だな。人は雇ってるのか?」
「あぁ、バイカルフスクから派遣されてる。」
「一気に金持ちか……五竜討伐したんだから当然といえばそれで済むんだが。どうだった、五竜は?強かったか?」
ヨハンは考えるそぶりを見せ、そして答える。
「手加減が難しい相手だった。」
するとリカードはガハハッ、と笑う。
「そうかそうか、精霊使いからすればそんな感想になるのか!」
ふぅ、っと息を吐きリカードは改まった表情になり頭を下げた。
「今回の五竜討伐、恐らく隊長の力のみで対処できたかは私には分からない。だから君には礼を言う必要がある。ありがとう、隊長を助けてくれて。」
急な感謝の言葉にヨハンは少し照れ臭くなる。
「別にあいつだけでも対処は出来ただろ。あいつにも言ったが、俺が勝手にやったことだから気にしなくていい。」
リカードはヨハン宅を後にし、自身の隊長がいる騎士団本部へ向かった。
ロッタ・タールは夕食の準備へ向けて、料理長ベン・ハモンドとともに食材を切っていた。
彼らは元々バイカルフスク中央庁舎で料理人として働いていたが、ヨハン宅へ異動となった。
料理人としての腕前は、ロッタが中の上、ベンが上の中といったところだろうか。ベンは言うまでもなく、ロッタはどこの料理店に行ってもその実力を買われる人物で、だからこそ、ここで働くことに疑問を感じていた。
「ベンさん。ベンさんは特に文句はないんすか?」
「ここで働くことにか?」
口は動かしつつも二人ともその手が止まることはない。
「そっすよ。急に現れた精霊使いのとこで働けなんて言われても。大体俺たちはたくさんの人たちに食べて貰いたくてこの仕事をやってるんすよ?なのに、これじゃ全然じゃないっすか!」
「別にここでも料理を食べてもらう事には変わりない。」
「いや、それにっすよ。精霊使いったって俺らには見えないんだから本物かどうかなんて分からないじゃないっすか。ただのペテン師ってことも……」
「おい!口が過ぎるぞ!」
ベンの声が調理室に響き渡り、ロッタの手が止まる。
「……いいか?五竜を討伐することは並大抵の人間、いやかなり腕の立つ人間が集まっても無理なことだ。我々の主人は、強さにおいてこの世界の頂点にさえ立つような人物なんだ。それに、今この町で彼が何て呼ばれているか知ってるか?」
ロッタは首を横に振る。
「精霊王だよ。全く『王』が付くような存在なんて他に一人しかいないってのに。」
「あれ?でも確か他にも精霊使いっていたっすよね?そっちは精霊王じゃないんすか?」
「殲滅隊の隊長様な。あちらがもう一つの『王』、覇王だ。なんでも大陸の覇者というところから名付けされたらしい。」
ベンは「まったく恐ろしい世の中だよ」といいつつ、止まっていた手を再び動かし始める。
「いいか?世間はそういう風潮なんだ。間違っても精霊使いの陰口は叩くなよ?」
「ういっす。気を付けま……」
「別に構わないぞ。」
ロッタとベンは声のした調理室のドアに勢いよく振り返る。
そしてそこにいる自分たちの主、ヨハンを見て全身から血が引く感覚に襲われた。
「こっ、これはヨハン様!無礼をお許しください!」
「申し訳ありませんでした!」
ベンに続きロッタも作業を止め、頭を勢い良く下げた。
それは殺されるかもしれない、という思いから来る反射的行動だった。
「いや、いいって。誰にでも嫌いな奴はいるだろ。まして、あんたらは自分より若い奴の下で働いてるんだ。そりゃ文句の一つも言いたくなるだろ。」
二人の料理人は自身の主人の言葉に目を開く。
五竜を倒すほどの強い人物であれば、その強さから傲慢な態度になるのが普通だ。そんな人物だからバイカルフスクがこの家と自分たちを送り込んだとばかり思っていたが、どうやら違うらしいことに気づいた。
「それより、頼みを聞いてもらっていいか?」
さらに続く言葉に驚かされることになる。
「明日人が来るから作る量を変更してくれ。そうだな……三十人分くらい頼む。」