来訪2
「で、この都市のアイドル的な存在のグループに入ったのが気に入らなかったと……」
アリアの弟ザリウスの襲撃は盗賊のそれではなかった。どうやら以前からこの町のアイドルである、ヨハンのパーティーメンバーに不用意に近づく男を追い払うなどの行為は繰り返していたらしい。なんと各メンバーにファンがいて、それぞれに護衛役が付いていたようだ。
今回全員が集まるクエストから戻った際に、ヨハンがともに行動していたため、即時排除するということになったようだ。
護衛ではなくストーカーだろうと思いつつも、ミーナが駆逐隊に属していることを誰も知らないことに、彼女の警戒心の強さを感じた。
ヨハンは、謝罪がしたいと言うアリアの家に寄ることになった。道中、ザリウスとその仲間たちから冷たい視線を浴びせられ続けたことは、彼女には伝えていない。
ザリウスの仲間たちが解散し見えなくなったあと、ヨハンたちが着いたのは貴族の屋敷を彷彿させる、庭付きの豪邸だった。既に庭の手入れはされた後のようで、長さは丁寧にそろえられていた。庭先で警備をする二人の門番の脇を通ると、次いで迎えてきたのは一人の男性執事と二人の女性メイドだった。男性執事は髭がすでに白くなっている一方、メイドの方はまだ二人とも若かった。だが、どちらも非常におしとやかそうな人物であるとヨハンは感じた。
「そういえば、どうしてあの場にいたんだ?」
「あぁ忘れていた。これを渡そうと思ってね。」
ヨハンの問いにアリアはおっとと言い、「組合員証」と書かれた一枚の厚紙を渡してきた。
「昨日は加入の受理をしたが、君自身がまだ組合員になっていなかったろ?本当は手続きが色々必要なんだけど……」
ハハッと苦笑いをするアリアとこの豪邸を見て、ヨハンは理解した。おそらくアリアは権力者の娘なのだろう。その力を使ったに違いない。
「悪いな。手間をかけた。」
「いやいや、こっちこそ馬鹿な弟が世話を掛けたね……ほら、あんたも謝んな!」
そういってザリウスの頭をつかみ無理やりお辞儀のかたちにさせようとする。
だがザリウスはすぐにその手をどけ、フンとそっぽを向く。
「まったく……謝罪になるか分らんが今日はうちでゆっくりしてくれ。外で食べるよりご飯はおいしいものを出させるから。」
「シスコンって本当にいるんだな。つかあれはヤンデレの域だろ……」
アリアに自由に使っていいという部屋へ案内してもらったあと、ヨハンはベッドへ横になった。
初のクエストという不安、盗賊ではないかという警戒心と緊張感による疲弊もあったが、何よりも精霊にエネルギーをとられていることによる疲れが大きかった。まだ夕食には呼ばれていないが、眠気で目を開けているのもやっとだった。そのことにヘクトルも気づいたようで、申し訳なさそうな顔をしている。ヨハンには見せないようにしているつもりだろうが、雰囲気から明らかだった。
「なぁヘクトル。今まで聞いていなかったけど、お前って俺からどのくらいの距離離れても生きていけるんだ?」
「生きていくにはヨハン様のお体に接触している必要がありますが、生命力の高い状態の時であればしばらく、そうですね……数時間は持つかと思います。」
「そうか……なら好きなときに……」
最後まで言うことなくヨハンは眠りへとついた。
すぅーっと寝息をたてるヨハンを見てヘクトルは優しくつぶやいた。
「……そのお気持ちだけで十分ですよ。」
「……ている?……開けるよ?」
「……ん?」
気付くと既に窓から見える様子は真っ暗に代わっていた。
どうやら数時間寝てしまったらしい。
クエストの時とは違う部屋着に着替えたアリアがドアをそっと開けこちらを覗き込んでいる。
「あ、ごめん。寝てた?」
「少し……何か用か?」
「夕食が出来たから呼びに来たんだけど来るかい?」
「分かった。行こう。」
薄いピンク色のふわふわとした部屋着のアリアに付いていくと、そこは小規模な宴会会場程度の部屋だった。肉や野菜を使ったおいしそうな食べ物が並ぶ、縦長のテーブルには既に四人がいた。正装をした中年の男性、その妻と思われる女性。そしてアリアの弟ザリウスとヨハンの良く知る人物がいた。
「遅かったですわね。」
「……ベアトリーチェ!?」
「あら、初めてあなたが驚く表情をみましたわ。」
「……なんでベアトリーチェがここにいるんだ?」
「なんでってここは私の家ですわよ?」
考えもせぬ回答にヨハンは言葉を失った。
するとアリアがヨハンの疑問に答えてくれた。
「ここは私と弟の家ではないんだ。二人ともシェフィールド家、つまりベアトリーチェの家族に引き取ってもらったんだ。」
ここに至るまでの経緯を食事をしながら聞かされた。
幼少のころ、アリアとザリウスの両親はガスタ連邦国建国時の領土拡大戦争に巻き込まれ、行方不明になったらしい。
領土拡大戦争。それは二十年前に起こった大陸全土を含んだ戦争だった。期間は約二年。大陸全土を巻く混んでいるにもかかわらず、それだけの短期間で終結したのは現在の殲滅隊隊長、精霊使いウードヴィヒ・ヴァン・バルバロスによる超広範囲魔法〈真竜王の息吹〉の貢献が大きかったようだ。
親を失い行き先を失った彼女ら姉弟を、アリアたちの両親と友人だったベアトリーチェの父が引き取り、今まで育ててきたとのことだ。
そんな内容の話をアリアやベアトリーチェの父、カイン・シェフィールドから得た。
「父様、この者は『先天性能力者』なのですわよ。」
「ほぅ……それで君たちはヨハン君をパーティーに入れたのかね?」
「え……えぇ。」
ベアトリーチェの顔が引きつる。
当たり前だ。彼女たち自身のミスでヨハンがパーティーに加入することになったのだから。もちろんザリウスの様にこの町のものであれば、ベアトリーチェたちのパーティーは女の子しかいないことを知っているから申請しないだろうが、ヨハンは違った。
彼は転生し初めて訪れたのがこの町であり、訪れた初日にパーティーへ加入しようとしたのだから、どんなパーティーかなどと言う内情は一切知らない。
「なら、ヨハン君に一つ頼みたいことがあるんだけどいいかな?」
「俺にできることならいいですよ。」
実際のところヨハンは『先天性能力者』ではないが、そのほうが騒がれないのならそれに越したことはない。
「ザリウス君には明日、山にノクラ草を取ってきてほしいんだ。手ごわいモンスターが出るかもしれないから、その警護を頼みたい。」