来訪
(帰りが遅い!)
ヨハンたちが町へ戻ってくる頃、太陽は真上を過ぎようとしていた。
城塞都市バイカルフスクの気候は安定している。特に乾季の今は、昼の温度は少し汗を掻くか掻かないかという暑さ、夜は一枚上に羽織ればちょうどいい寒さになるほどである。
つまり、真昼のこの時間帯であれば通常フード付きのローブを身に着けることはまずない。だが、そんな恰好をするものたちが冒険者組合所の陰に息をひそめていた。
「ザリウスの兄貴、あの男出て来やしたぜ。」
「よし、全員で奴を囲むぞ。一人になった時が奴の最後だ。」
「つけられている」というヘクトルの言葉を聞き、ヨハンは早めに宿へ帰ることにした。途中の道は出来るだけ人通りの多い道を選んではきたが、そんな道ばかりではない。いくら昼間であっても人通りが少ない道は必ずある。
今ヨハンたちがいるのは路地裏ではないものの、それと同じような狭く人通りがない道であった。両側は使われていないであろう建物が立ち並び、見える空は腕を伸ばしたときの手の平でさえ隠れる程度だった。
「ヘクトル。ついてきているのは何人だ?」
「後方より三名でございます。また、その仲間と思われるこちらを警戒している者が前方に四人おります。」
「多いな……盗人か?」
「申し訳ありません。そこまでは分かりかねます。」
「そうか……魔法の即時発動できるようにしておいてくれ。」
「畏まりました。」
クエストの報酬を受け取った後の人間を狙っているのだから、おそらく金目当てだろう。遠距離からのとび礫などであれば〈負の衝撃〉を発動させれば無効化できるが、死角からの攻撃なら話は別だ。常時発動させるのも手だが、話し合いで済むならそれに越したことはない。
(呼びかけるか……)
「おい、居るんだろ?出て来いよ。」
後ろからガタガタッと物が転がる音がする。振り向けば空の円柱状の箱が転がっていた。
驚いたときに触ったのだろう。
すると箱の脇から一人の男が出て来た。
(盗人にこんなイケメンな奴いるのか……)
その男はその気になれば大抵の女性を虜にできそうな顔立ちをしていた。服も道にいる他の人々と同じように中世風の格好で、特にぼろぼろということもない。ヨハンがここに来るまでに出会い殺した盗賊たちは顔にも服にも傷があったので、目の前の男が盗人には思えなかった。
(リーダー格の盗人は直接手を下さないからか?)
そんなことを考えていると、その男は先に口を開いた。
「お前が新しくあのパーティーに入った男だな?」
「……ん?あぁそうだな。」
「抜けろ……」
「はい?」
「今すぐあのパーティーから抜けろ。」
いったいこの男は何を言っているんだ、とヨハンは思いつつ、徐々に姿を現してくる目の前の男の仲間に視線を移す。仲間たちの服装もいたって普通。傷など全くない。さすがに目の男ほどのイケメンはいないが。
「悪いがこっちも金がないんだよ。だからパーティーを抜けることは今は考えてない。」
「嘘つけ!そんなまじめな理由であのパーティーに入るわけないだろ!」
「えぇ……」
ならどんな理由で入るんだよ、と心の中で突っ込みを入れる。
「力づくで引きはがしてやる……」
その言葉をきっかけに囲んでいた男たちが手に短剣などの武器を構える。魔法を使えるものはいないらしく全員が何かしらの武器を持っていた。
戦うことは免れないかと感じたその時、目の前にいるイケメンの体が横に吹っ飛んだ。
「ザリウスっ、何うちのメンバーに手を出してんの!」
そこには今日共に戦ったメンバー、アリア・イヴの姿があった。
「あんたたちも、今度ヨハンにこんなことしたらタダじゃおかないからね!」
(なんだなんだ?)
アリアが来た途端、その場の空気はすべて彼女が掌握していた。全員が微動だにせず、アリアの言葉を聞いていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ姉ちゃん!あいつが年ちゃんたちに近づいたから追い払おうと思っただけで……」
「何?私のいう事が聞けないの?」
鋭い眼光でイケメン、ザリウスを睨みつける。
(なるほど、アリアの弟か。)
彼が誰なのかは明らかになったが、襲ってきた理由は分からぬままだ。
「なぁ、なんで近づいただけで襲ってきたんだ?」
起き上がりかけているザリウスにヨハンは問いかける。既に周りの男たちも戦意を無くしているようなので、ヨハンは緊張を解いていた。
すると思いもよらない回答が返ってきた。
「だって姉ちゃんたちを狙ってるから、あのパーティーに入ったんだろ?」
はい、シスコンでした……