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全くデレない少女との同棲生活!  作者:
現実世界編
9/62

9話 『ええっと……私、バカだから……』

「あの……市ノ瀬こゆりです……よろしくお願いします」


 情報通り、この小さな工場に新入社員が入ってきた。

 歳は二十一らしい。黒髪のロングヘアーで、今は工場指定のツナギを着ているが、着物でも着せたら物静かな雰囲気の、日本人形に見えるような気がした。

 可愛いかどうかと聞かれれば、俺にはよくわからない。まぁ普通なんじゃないだろうか?

 ただ、やたら怯えるようにビクビクしている印象があった。そのせいだろうか? 前髪も伸ばしていて、俯くと目が隠れてしまう。まるで視線恐怖症であるかのようだ。


「じゃあ、今日から彼に仕事を教えてもらえ」


 作業長が俺を紹介する。向かい合った俺は自己紹介をした。


犬伏いぬぶし こうッス。よろしく、市ノ瀬さん」

「は、はい……よろしくお願いします!」


 就職して仕事をするということに慣れていないのだろうか? わたわたして落ち着かないように見えた。

 まぁ初日だし、ただ緊張しているだけかもしれない。


「じゃあ、最初は俺の仕事を見てて。仕事に余裕ができたらやってもらうからさ」

「は、はい!」


 市ノ瀬さんは自分の胸の前で、両手を握って気合を入れている。やる気は十分のようだ。

 俺は仕事をしながら彼女に軽く雑談を持ち掛けた。


「市ノ瀬さんは、なんでこの工場に入ったの?」

「ええっと……私、バカだから……」


 ズガアアァァーーン!

 俺は盛大に地雷を踏み抜いてしまった感覚に、思わず工具を落としてしまった。


「ここに来る前は、その……色んな仕事をしていたんです。オーエルをやったり、販売店に勤めたり……でも、私って仕事を覚えるのがすごく遅くて……自分に難しすぎるし向いてないのかなって、どの仕事も長続きしなかったんです。だから工場の仕事なら体を動かすのがメインで、あまり難しいことを考えなくてもいいんじゃないかって思って入社したんです」


 なるほど、ここに入ったのはそんな経緯があってか。

 まぁ気持ちはわかる。俺も事務とか頭使いそうなのが無理だから、工場関係にした訳だからなぁ。


 そんな会話を踏まえながら、俺は少しずつ彼女に仕事を教えていった。

 ただ見てるのも暇だし、何より実際にやらないと仕事は覚えない。時間に余裕が出来たことで、俺は市ノ瀬さんに仕事をやってもらうことにした。


「じゃあ市ノ瀬さん、実際にやってもらおうかな。指示書を見て、現品が間違っていないか確認して記入してみて。ゆっくりでいいから」

「は、はい! やってみます」


 彼女に指示書を渡すと、あたふたとわかりやすく戸惑い始める。


「こことここを確認して……ここに記入して」

「は、はい!」


 混乱する頭に振り回されるかのような挙動で、彼女の動きはせわしない。

 そのうちに、「はわわ~」とか言いそうな雰囲気だ。


「はわわ~、これをこうして……」


 言った~!! はわわって言っちゃった~!!

 リアルではわわって言う人、初めて見た~!!

 アニメとかマンガだとたまに見るセリフ。それを使うということは、この人も結構好きなんじゃないだろうか?

 俺は好奇心を抑えることが出来ずに聞いてみる。


「もしかして市ノ瀬さんって、マンガとか好きだったりする?」

「え? いえ、そんなことありませんけど……どうしてですか?」


 違った。どうやら特別天然記念物だったようだ。これはこれで、外部の影響を受けないうちに保護して自然に返してやりたい気持ちになる。

 そして俺は、さらなる可能性を考えてしまった。それは仕事を失敗した時に、自分の頭をコツンと小突いて、「テヘペロ」をやる可能性。


 ……この人ならやるかもしれない……


 しかしあれは危険な行為だ。

 あれは二次元だからこそ許される行為であって、三次元の人間がやれば、流石の俺もイラッとしてしまうだろう……

 危険な賭けだが、確認せずにはいられない。

 はわわ系の絶滅危惧種である彼女の真価を見届けるべく、俺はゴクリと喉を鳴らして、市ノ瀬さんに声をかけた。


「市ノ瀬さん、ここの記入、間違ってるよ」

「え?」


 ドクン! と、鼓動が高くなる。

 俺は今から、深淵しんえんを見るかもしれないという緊張感……


「ほらここ、こういう時はここにもレチェックを入れるんだよ」


 ドクンドクンドクン!

 頼む! テヘペロ、コツンだけは勘弁してくれ! なんでもするから!


「す、すいません! すぐに直しますから!」


 市ノ瀬さんは急いで修正しようと消しゴムを取り出す。

 よかった……禁忌だけは侵さずに済んだ……

 俺はホッと胸を撫で下ろした。


「はう~……私って必ずどこかでミスしちゃうんですよね……」


 あ、「はう~」は使うんだ……

 彼女の底は計り知れない……

「市ノ瀬さん、休憩にしよう」


 俺は彼女に声をかけた。

 作業を中断して、俺達は自動販売機で飲み物を買った。

 それぞれが楽な姿勢で飲み物を口にする。そんな時だった。


「私って、仕事覚えるの遅いですよね……」


 市ノ瀬さんが、俯きがちに呟いた。

 確かに彼女は、仕事を覚えるのが遅い方だと感じる。

 同じ間違いを繰り返すこともあるし、一度で理解できないのはざらだった。


「だけど、まだ初日だし、気にしなくていいさ」


 俺は慰めようと言葉をかける。このセリフは嘘じゃない。


「ダメなんです……私、どこに勤めてもみんなに迷惑をかけて……いつも怒鳴られるんです。なんでこんなことも覚えられないんだって……今までどこの会社でもうまくいかなくて、その度に逃げるように辞めてきました」

「……」


 俺は黙って彼女の言葉に耳を傾ける。


「今日だって、犬伏さんにはたくさん迷惑をかけました……工場なら覚えることも少ないかなって思ったけど、想像以上に頭を使うことが多くて大変でした……前の会社でも言われたんです。私がミスをすると、連帯責任で教育担当の自分まで責任を取らされるから、早く仕事を覚えろって……それができないならさっさと辞めてくれって……」

「……」

「犬伏さん、はっきり言ってください。辞めるなら早いうちがいいんです。私って迷惑じゃないですか……?」


 俺は缶ジュースをグイッと一飲みして、空を見上げながら市ノ瀬さんに声を放つ。


「俺の好きなマンガにさ、こんな話があるんだ」

「……え?」

「主人公は悪の組織と戦うトップエージェント。そこに、新人のヒロインが配属されるんだ。主人公がヒロインの教育担当になるんだけどさ、まだ新米のヒロインは足手まといで、主人公は、『邪魔だからついて来るな』って冷たく突き放すんだ」

「……まるで、私と同じですね」


 市ノ瀬さんが悲しそうに俯く間に、俺はジュースを一気に飲み干す。


「だけどね、その後に主人公は上司から物凄く怒られるんだ。『新人が使えねぇのは当たり前だ。それを一人前にするのもお前の仕事だということを忘れるな。グダグダ言い訳して、教育という仕事をサボってんじゃねぇぞ!』ってね」


 俺はポーンと空缶をゴミカゴに放り投げた。

 空缶は運良く、カゴの中へと吸い込まれていく。


「だからさ、俺は絶対に見捨てたりしないぜ? キミが一人前になるまで」


 自分で言っておいて、少し恥ずかしくなった俺は照れ笑いで誤魔化そうとした。

 市ノ瀬さんは、ポカンとしている。マンガの例えは分かりにくかったのだろうか?


「さ、そろそろ現場に戻ろう」

「あ、あの! ありがとう……ございます。犬伏さん、かっこいいです……」


 なんだかモジモジしながら俯いている。前髪が長いせいで表情が良く見えない。


「だろ~? その上司のセリフ、超カッコいいよな!? 俺も、自分の中での名言集に刻んであるんだ」

「あ、あの、上司ではなく……いえ、なんでもない……です……」


 そうして俺達は仕事に戻った。

 ワタワタとせわしなかった市ノ瀬さんが、今度はボーっとして仕事が手につかない状態になることが増えた

 だけど俺にはその原因がなんなのか、結局わからずじまいだった。

今回のネタ。

作中で紹介した、トップエージェントが上司に怒られるマンガ。

あれは実際に存在しました。ただ、かなり昔の作品なので、今ではタイトルすら覚えていません。

しかし、上司が言った、新人教育を放棄するな的なセリフは、今でも自分の中で芽吹いています。

ちなみに、実際にあったマンガでは、主人公が女性、新米隊員が男性でした。

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