60話『なんのために産まれてきたのか、分からない!!』
「ハァ、ハァ、ハァ……」
私は重たい足取りで荒野を進む。
アサシンから毒を受けたあと、まだ体力が残っているうちに崖を下り、魔の大地と呼ばれる荒野を北に進んだ。
だが、その道中は決して楽なものではない。『気配断ち』を使っていても空から巨大な鳥のモンスターに見つかったり、岩に擬態しているモンスターに奇襲されたりと、幾度となく戦闘を余儀なくされた。
そのせいで毒の回りは思ったよりも早く、私の体は限界に近い状態になっている。
目がかすみ、体が重くて歩くのも辛い。なのに、私は何故こんなにも頑張っているのか、その答えを考えていた。
最初はこのゲームに参加するつもりなんてなかった。それなのに、何度も死にかけてまで、なぜ必死にこの剣を届けようとしているんだろう……?
今までに何度も問いかけてきた答えを、朦朧とする意識の中、余計な事は考えず、真っすぐ自分の気持ちと向き合い、そして……
――ああ、そうか。やっとわかった。私は……
「すごいねって、言われたい……」
現実世界で自殺するまでの学校生活、私は久しく驚かれた事なんてなかった。
だから、何かを成し遂げたかった。こんな事も出来るんだよって、誇りたかった。
「頑張ったねって、言われたい……」
そんな事、お母さんや友達だって言ってくれなかったから……
私だって頑張ってるんだって、認められたかった。努力している姿を見てほしかった。
「ありがとうって、言われたい……」
誰かの役に立ちたかった。役に立って、自分の存在に胸を張りたかった。
なんの役にも立たずに、人知れず自殺をして終わってしまったら、そんなのは……
「私、なんのために産まれてきたのか、分からない!!」
そうだよ。私は驚かれて、認められて、感謝されて……そうやって、誰かの記憶に残りたかったんだ!
このゲームが終われば私は転生する。奇跡なんていらない。でも、だからこそ、死んだ後でもちょっとは私の事を思い出してくれる人がいてほしかった。誰にも気づかれずに自殺して、私なんて最初からいなかったかのように誰の心にも残らない。そんなのは、すごく悲しいから……
「勇者様ぁ……」
かすむ視界の中で人影を見た気がして、私は最後の力を振り絞って声を上げた。私の耳は、もう自分の声さえよく聞こえなくなっていたから、どれだけ声を張り上げられたか、わからない。
だけどそのせいで脳が回る感覚に陥って、私は地面に倒れ込む。立とうとしたけど、もう体が動かなかった。
もうすでに、地面が固いのか、柔らかいのかも分からなくて、意識が遠くなっていく。
「ナユちゃん!?」
誰かが私の名前を呼んだ気がした。海の中にいる私を、地上から呼ぶような遠い声……
次に私の体は、誰かに抱き起こされた。何か光を浴びせられると、呼吸をするのも苦しかった体が楽になっていった。
「あ、恋さん……」
私の体を支えてくれているのは恋さんだった。近くには勇者様や忍さんもいる。
そっか、私、ついに辿り着いたんだ。
「恋さんごめんなさい。借りていたペンダント、壊れちゃいました……」
「いいのですよ。ナユちゃんがこうして戻って来てくれた事が嬉しいのです!」
恋さんが私の体を抱きしめてくれる。暖かくて、安心する温もりを感じた。
「勇者様、遅くなりましたが、これ、頼まれていた物です。受け取って下さい」
私は体に巻き付けているベルトを外して、青龍の剣を手渡した。
勇者様たちは驚いている。きっと私が、ここまで凄い武器を調達してくれるなんて思ってなかっただろうから。
「あ、そうか、そう言う事だったんだ……。ナユちゃん、キミは……プレイヤーだったんだね?」
「やっと気づいたんですか? 勇者様遅すぎですよ」
まぁ私も、アサシンから聞くまで勇者側と魔王側に分かれたゲームだなんて知らなかったんだけど、それを今、言う必要はないかな。
そう考えていると、勇者様はしゃがみ込んで、私の手を握ってきた。さっきまで体の感覚なんて無かったけれど、今はちゃんと感じる事ができる。
「ありがとうナユちゃん。かなり厳しい状況だったけど、キミのおかげでなんとかなるかもしれない!」
その言葉に、私は胸がいっぱいになって、涙が溢れてきた。
そう。この言葉を聞くために、私はずっと頑張って来たんだ。
自殺をする事しか選択肢が浮かばなかった自分が、最後のチャンスを与えられ、誰かに見てもらいたくて死にもの狂いで今日を生きた。
その達成感や満足感、もう何も思い残す事はないと言える感情に、再び意識が遠くなっていく。
「勇者様、頑張って下さいね。私の出番は……ここまで……です」
そう言って、私の意識は落ちていった。
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気が付くと私は、モヤの深い場所に立っていた。雲の上にいるかのような場所。一度見た事がある場所だ。
「那由ちゃん、お疲れ様。ゲームはどうだったかしら?」
後ろから声が聞こえ、振り向くとそこにはあの女神様が佇んでいた。
「まぁ、最後に自分の納得のいく仕事が出来て良かったです。ってそれよりも、勇者様は!? みんなはどうなったんですか!?」
「あ~、魔王との決戦は、結局は相打ち。引き分けって形で終わったわ」
「そう、ですか……。でもそれってどうなるんですか?」
「引き分けだと、奇跡は与えられないわね。まぁ死にもしないから、特に何も変わらないまま現実世界に帰したわよ」
そっか、勝利条件は満たせなかったけど、ちゃんと生きてるならよかった。
私の分まで生きて欲しかったし、たまに思い出してくれたらなお嬉しいかな。
「で、那由ちゃんの勝利条件だけど、勇者に貢献するっていう条件はちゃんと満たしたから、達成したとみなします。わぁ~パチパチ~」
女神様が一人で拍手を送ってくれた。けど――
「いりません」
「……へ?」
「最初に言いましたよね。私は生き返っても、帰る家もなければ頼る人もいない。それならさっさと転生させて下さい。もう、こんな記憶を持ったまま生き返るなんて嫌なんです」
女神様が悲しそうな表情になった。けど、これはもうどうしようもない。今更生き返ったところで、幸せになれるなんて思えなかった。
「那由ちゃん。あなたがそう願うのなら、私はそれに従うしかないし、私の立場で無理強いも出来ない。けどね、それでも私個人の意見を言わせてもらえるなら、ここで諦めてほしくないわね」
「……」
「確かにあなたの人生は運の悪い事が重なって、最悪な生涯となったわ。けどね、人間ってそこまで悪人ばかりじゃないし、ああも酷い結果になるなんて滅多にないの。……だから、生きるチャンスがあるのなら、出来る限り生きて欲しい」
女神様が真剣な表情で、私を見つめてくる。
その必死な眼差しに耐えかねて、私は目を逸らしてしまった。
「何ですかそれ……。大体あの状況で生き返って、どうやり直せばいいって言うんですか」
「そこら辺はほら、生き返すついでにチョチョイっと修正するから」
何する気なのか全然わかんない……
わかんないけど……神様に生きる事を諦めるなって言われると、なんか重みを感じる。
「はぁ~、わかりました。それじゃ生き返る事にします。ホントは嫌だけど……」
「わぁ~良かった! 大丈夫大丈夫♪ 次はちゃんと幸せになれるわよ、きっと」
「まぁ私としても、冷静に考えれば自殺するには早計すぎたかなって感じはありましたし、もっと他に方法があったのかもしれませんし……っていうか、なんで女神様がそんなに嬉しそうなんですか? 私とは無関係なのに……」
ん~? と、口元に指をあてて女神様が考え込む。
そんな素振りは人間味があって、ほんとに神様なのかなって思ってしまう。
「あなたが私と似ているからかしら? 絶望して自殺を考える辺りとか」
「え? どういう意味ですか?」
「まぁこっちの事よ。それじゃあ奇跡を使ってあなたを生き返すわね」
「はい。……もしどんなに頑張っても幸せになれなかったその時は、転生しても女神様の事をずっと恨み続けますからねっ!」
「はいはい。それで構わないわよ。それじゃ、あなたが良き生涯を送れますように!」
その言葉を聞いた瞬間に、私の意識は落ちて行った。
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――ムギュウ……
「のわああああああああ!!」
誰かの悲鳴が聞こえた。というか背中が痛い。どうやら私は誰かに踏まれたらしい。
男の人の声だから、私を踏んだのは学校の先生か、クラスメートか……
どっちにしても会いたくなかったなぁ……
「え!? ナユちゃん!?」
段々と意識がはっきりとして、私は身を起こした。
憂鬱な気分のまま名前を呼んだ相手を見ると、その人が信じられない相手だという事に気付く。
「へ!? 勇者様!?」
なぜか私の前には、日本の私服を着た勇者様が驚いていた。
「えっと、なんでナユちゃんが家の前で倒れてんの?」
「いえ、私にも何が何だか……」
「とりあえずさ、家に入りなよ。そこで話し合おう」
私は手を引かれて勇者様の家の中へと通された。
「れーん! 庭の手入れは中止だ中止! ビックリするお客さんだぞ~」
どことなく、勇者様は嬉しそうにドタバタとしているように見えた。
「え!? ナユちゃん!? もしかしてお隣さんだったのですか?」
「いえ、そういう偶然とかじゃないかと。とりあえずお邪魔します……」
お茶の間のコタツに私は座らされ、その隣に恋さんが寄り添うように座った。そして向かいに勇者様が座る。そんな構図で、私は自分のことを最初から最後まで、全てを話した。
私がすでに自殺をしてゲームに参加した事。そして、生き返ったと思ったらここにいた事。
「それってつまり……あの駄女神、俺に全部丸投げしたって事じゃね!? なんつー神様だよ!!」
「あわわ、マスター落ち着くのですよ!」
女神様に吠える勇者様と、それを抑えようとする恋さんを見て、私は申し訳なくなってくる。誰だって、人の面倒を見るのは大変な事だから……
「大丈夫です勇者様。私、一人で生きていけますから」
私の言葉に、勇者様はピタリとその動きを止めた。そして、改めて座り直している。
「一人でって、どっかにアテとかあんの?」
「いえ、ありませんけど……」
「ん~、じゃあさ、やっぱここにいれば?」
勇者様が嬉しい事を言ってくれた。けど、そう言われて即座に「え? 本当ですか? ではお世話になります」なんて言える訳がない。
「いえ、私なら大丈夫です。これでも向こうの世界で、処世術を学んだんです。なんとかなりますよ」
「ホントに大丈夫か? 俺達さ、ナユちゃんにはかなり感謝してんだ。ナユちゃんが届けてくれた青龍の剣のおかげで、なんとか引き分けに持ち込めた。アレが無かったら全滅してたからさ……」
「それを言ったら、私を最初に助けてくれたのは勇者様じゃないですか。迷いの森でのご恩を返しただけですよ」
勇者様の申し出を丁重に断る。何度かそのやり取りを繰り返した。
なんだか、断る方が失礼なんじゃないかってくらい、気を使ってくれたけど、その好意に甘える訳にはいかない。私にはもう、異世界の時みたいに勇者様を助ける事なんて出来ないんだから……
そんな私を置いたって、勇者様にはなんのメリットもない。メリットがなければ、お互いにただ辛いだけだ。
「ん~、なぁナユちゃん、もうさ、メンド臭いから本音で話さないか?」
「え?」
勇者様がよく分からない事を言ってきた。
「俺達さ、向こうの世界で仲間だった訳じゃん? なのに、なんか他人行儀みたいな問答ばっかしてさ、もうこっからは本音で話そうぜ? ナユちゃんはさ、ここで暮らすの不満?」
「えっ……と、そんな訳ないじゃないですか……でも、そんなの迷惑に決まってます。本音で話そうって言うなら、勇者様こそ私がここに住むの、本当は大変だって思ってるんじゃないですか? 女神様に押し付けられて、面倒くさいって!」
本音で話そう、そう言われて、私はバカ正直に本音をぶちまける。
勇者様の本音を聞けるなら、もう後のことなんて知った事じゃない気持ちだった。
「まぁ、俺も本音で言うけどさ、別に俺、善人ぶってここに住んでいいよって言ってる訳じゃないからね? ナユちゃんだって、掃除くらいできるだろ? そうやって、家の手伝いしてくれたらいいなって思ってる。今は忍に任せっきりだからさ、ナユちゃんが加われば効率もいいだろ?」
「お手伝い……ですか……?」
「そう、お手伝いだよ。向こうの世界じゃ仲間として助け合っただろ? こっちでも一緒だよ。俺は住むところを提供する。ナユちゃんは家の手伝いをする。俺はキミが困ったら力になる。だから俺が困ったらキミに力を借りる! 今はそんな関係でいいんじゃねぇ?」
驚いた。これが本音? お手伝いをするだけで住むところを貸してくれるの……?
「それだけで……いいんですか?」
「ああ、もう一つ重要な目的があったわ。ナユちゃんがここに住んでくれたら面白そうかなって思った」
面白い……? 私といる事が……?
「俺さ、忍がこの家に来るまで、かなりつまらない毎日を送ってたんだよね。ホント、毎日毎日なんの面白みも無い日々でさ、そんな時に忍が来て、恋も現れてさ、すっげー楽しくなったんだわ。そこにナユちゃんも加われば、さらに面白くなるんじゃないかなって思ったわけ。だってさ、向こうの世界で一緒に冒険した時、めっちゃ楽しかったぜ? ナユちゃんはさ、俺達と旅して楽しくなかった?」
この人は嘘を付いていない。なんとなくわかる。心から思った事を口にしているような感じ。だから、次は私が本音を打ち明ける番なんだ……
「楽しかったに決まってるじゃないですか……ずっと一緒に冒険したかった。別れるのが辛かった」
「なら、一人で生きるのは寂しいんじゃない?」
勇者様の言葉が胸に染みる気がした。自分で本音を漏らす度に、強く保とうとする心が揺らいで、涙が溢れてくる。
「寂しい……です。もう一人はイヤ。酷いこと言われるのも、裏切られるのもイヤ」
ボロボロと涙が止まらない。現実への不安や恐怖に押しつぶされそうだった。
「だったらさ、ここに居ればいい。俺達は絶対に裏切らねぇ。そうやって、協力しながら楽しくやっていけばいいんだよ。それとも、ナユちゃんは俺達と一緒にいるのは嫌か?」
私はブンブンと首を振る。
そんな私のそばに恋さんが寄り添って、肩を抱き寄せてくれた。
「イヤじゃない……勇者様と一緒にいたい……忍さんや、恋さんと一緒にいたい……私、ちゃんとお手伝いやります。だから……私の事、捨てないで……」
恋さんが私の事を強く抱きしめてきた。そして私の頭に手を回して、優しく撫でてくれる。
「捨てねぇよ。俺達は仲間だ! だから安心しろ。みんなキミの味方なんだからさ」
勇者様の言葉が嬉しくて、抱きしめてくれる恋さんの優しさがとても温かくて、私の涙は止まりそうにない。
「うぅ……うわああああぁぁぁ……」
恋さんの胸の中で、私はしばらくの間泣き叫び続けた。
こうして、今日から私は犬伏家の一員となった。




