58話『あのガキ、ぶっ殺す!!』
「回復薬よし! 魔法薬よし!」
おじいさんに聞いた鍾乳洞に向かう途中で、私は荷物の確認をしていた。伝説の剣を持ち帰るつもりだから、大きな袋を用意した。青龍の剣を手に入れたらこの袋に入れて、サンタさんみたいに担いで帰ろう。
そう思って、今は魔法薬だののアイテムをまとめて袋の中に放り込んでいた。
北東の方角に進んでいくと、巨大な崖が見えてきた。
私は海沿いにその崖をへばり付くように進んでいくと、ぽっかりと大きな穴があいていて、正に鍾乳洞の洞窟という感じの入り口に辿り着く事ができた。
中に入るとひんやりと空気が冷たい。さらには足場が濡れているので、滑らない様に気をつけなくちゃいけなかった。
盗賊などの素早さが武器となる職業に、この濡れた足場は危険だわ。全力でダッシュしたら、滑って転んじゃいそう……
私は気をつけながら洞窟を進んで行った。
洞窟の内部は意外に広いが、進むか、戻るか、という構造になっていた。左右に分かれているような道はないから、迷ったら引き返せば帰れると思う。
その代わり、上下に移動する事が多くて、壁を上ったと思ったら、今度は飛び降りて下に落ちる、なんてこともあった。
それでも私は先へ進む。しばらく進むと、なかなかに開けた空間に出た。学校の体育館くらいの広さに、周りをキョロキョロと見渡した。
そこは、広いだけで何もない。まぁ、人がすっぽりと隠れられそうな窪みがあったり、割れ目に水が溜まっていたりと、地形はかなり歪ではあるけれど、隠れた通路があるわけでも、宝箱が隠されているわけでもない。
私は上の方を見渡してみた。すると、またしても岩を登った先に、人が通れるくらいの穴が開いているのが見えた。
濡れた足場に気をつけながら、私はトントンと岩から岩へと飛び移っていき、小規模な穴に辿り着いた。てくてくと歩いていくと、また開けた場所に出る。しかしこの場所は……そう、闘技場といった印象を受けた。円形に広がる空間に、奥に進む道の真ん中に、大型のモンスターが寝そべっている。
「ここの洞窟のボスかなぁ。この先に青龍の剣があるのかも……」
私はそっと歩き出す。モンスターは巨大なイカのようなモンスターで、ウネウネと触手がうごめいていた。
ゆっくり大回りをして、モンスターをやり過ごそうとするが、私が横を通過しようとした時に、ギョロリとモンスターの瞳が動き、その巨体が動き始めた!
「やっぱ戦わなきゃダメか~……」
私は腰の短剣を抜き、ぼやきながらモンスターに向かって走り出した。
「スキル、『韋駄天!』」
加速して迫るこちらに向かって触手が伸びた。私の顔面目掛けて飛んでくる一本目をわずかな動きで回避する。二本目はステップを聞かせて大きく避けた。その回避した直後の硬直を狙って迫り来る三本目は短剣で切り裂き軌道をずらした。
今度は横薙ぎに大きく振るわれた触手が迫ってきた。私は地を蹴りクルリと宙がえりをしながらその触手飛び越した。
シュっと鞭のように、上から叩きつけるようにもう一本が襲ってきた。それを軽やかに避けると、触手は地面を叩きバウンドする。私はその触手に飛び乗り、足場にしてしなる動きを利用して大きく跳び上がった。イカの頭上を飛び越えてから、落下するのと同時に短剣を振るう!
「特技、『痺れ紅刃』」
背中を斬り付けた瞬間に、赤色の電撃がモンスターに走った。モンスターはビクビクと痙攣して襲ってこない。
よかった。水系のモンスターのようだから狙ってみたけど、ちゃんと麻痺が効いたみたい。
私はモンスターをそのままにして奥の通路へと向かった。モンスターを倒す事は考えない。目的はあくまでも伝説の剣の回収なんだから。
通路の先に、大きな宝箱が見えた。私はその宝箱を両手で開けた。
そこには、龍の文様が入った鞘に納まった、一本の剣が入っていた。
……これが、伝説の武器、青龍の剣!?
私はこの剣を、持ってきた大きな袋に入れてサンタさんのように担いだ。
――「ギュオオオオオン……」
その時、後ろの方からモンスターの断末魔が聞こえた。
何があったの!?
私は急いで通路から戻ると、先ほどの麻痺させたイカのモンスターが光りになって消えていくところだった。
完全に消えた後には、一人の女性が立っている。
スラッして背の高い、黒髪の女性。着ている服は……忍び装束というやつかしら? 動きやすそうな着物を着ていて、なんだか忍者っぽい雰囲気だった。
「それが伝説の武器だな? そいつを渡しな」
「……え?」
その言葉に不穏な空気を感じた。お願いでも交渉でもない。この人は渡せと言っている。でもなんで……?
「おとなしく渡せば攻撃はしない。けど、抵抗するなら殺す」
「ちょ、ちょっと待って下さい。一体どういうことなんですか!?」
殺すって本気!? だけど、この人の目は本気だし、殺気も感じる。……だけど、この武器は渡せない。これは勇者様に届ける大事な物なんだから!
その女性はツカツカとこちらに向かって歩みだした。
「あ、あの、あなたは誰なんですか!? なんで私から奪おうとするんですか!?」
女性は答えない。ただ、こちらに向かって歩いて来る。その手にはナイフが握られていた。
私は女性を避けるように壁に沿って走り出す。だけど、その女性は通せんぼをするように私の前に立ち塞がる。
――タン!!
私は大きく跳び上がり、さらに壁を蹴って一気に女性の頭上を飛び越した!
「なっ!?」
女性は私に手を伸ばしたけど、クルンと回ってその手から逃れる。
着地が成功した私は、一気に走り出した。このまま出口まで走り抜けなきゃ!
――ドスン!!
右足に何か衝撃を感じた。だけど止まる訳にはいかない。……いかないけど、次第に灼熱のような熱さと痛みが走りだした。見ると私のふくらはぎに、一本のナイフが深々と突き刺さっていた。
私はその場に崩れ落ちた。一瞬頭がパニックを起こす。このナイフは抜いたほうがいいの!? けど、抜いたら血がたくさん流れて……
だけど、私の考えがまとまる前に頭をわしづかみにされた。そしてそのまま、地面に叩きつけられた。
「くぅっ、ぁ……」
思い切り地面に押し付けられて、頬骨が痛い……押しつぶされそ……
だが、さらに女性は私の首に何かを当ててきた。ひんやりと冷たい感触。
動かない頭の代わりに目だけで追うと、私の首筋にナイフが当てられていた。その瞬間、私の呼吸は止まった。
息もできないほどの恐怖。このナイフをスッと引けば、私の首は掻っ切られて絶命する。私はこの時、死を覚悟した……
……だけど、そのナイフはいつまでたっても引かれる事はなかった。今、常に死と隣り合わせにあるこの状況が次第に耐えられなくなって、体が震えてきた。
「アンタに一度だけチャンスをやる」
女性がやっと口を開いた。相変わらず口調は冷たいままで淡々としていた。
「私だって鬼じゃない。どうやら、アンタは本当に現状が理解できていないみたいだから、ちゃんと説明してやる。アンタは女神に言われてこの世界に来た、プレイヤーだね?」
「ん……」
顔面を強く押さえつけらたままだけど、私は出来る返事をした。
「その様子だと、アンタは勇者を勝たせる側のプレイヤーだ。だけどこのゲーム、魔王を勝たせる側のプレイヤーも存在するのさ。それが私……だから私は、アンタが勇者にその武器を届けるのを阻止しなくちゃならない。すでにアンタのような、勇者を勝たせる側のプレイヤーを何人か殺してる。私の職業は『アサシン』だからね」
「っ……」
魔王を勝たせる側のプレイヤー……!? これって、そういうゲームだったの!? そういえば女神様は言ってた。このゲームに参加するなら、覚悟を決めた方がいい、と。あれってこういう意味だったの!?
「さぁ! その抱きかかえている袋の中身を渡しな! そうすればこの場は見逃してやる。三日目の今日。日付が変わるまで、まだ丸々一日ある。ゲームの事は諦めて、美味しいものでも食べてのんびり過ごしな。ここで死ぬよりはマシだろ?」
私は頭を押さえつけられながら、抱えている袋の中に手を入れた。そんな私の行動に、わしづかみにしている頭に込める力が少しだけ緩んだ。
「そう、いい子だ。アンタみたいなガキ、私だって出来るなら殺したくないからね」
袋の中をまさぐる。ここで青龍の剣を渡せば私は助かる。
……けど、それでいいの!? 必ず役に立つアイテムを届けるって約束したのに……これを届ける事で、何かがわかりそうだったのに、ここで諦めるの……?
死ぬのなんか怖くない、と言えば嘘になる。けど……私は一度自殺をしている。自殺する恐怖に比べたら、殺される事なんて一瞬だ。そんな事にビビって、掴みかけている物を放したくなんかない! たった一日のんびり過ごしただけで納得するほど、私の気持ちは軽くないんだから!
私はゴソゴソと袋の中をまさぐって、青龍の剣ではなく、ただの回復薬を握りしめた。
(スキル、『偽装幻夢!』)
袋から回復薬を取り出して、アサシンの女性に差し出した。
「これです……」
「よしよし、……へぇ、随分と軽いんだね? 流石は伝説の武器ってところか?」
アサシンは回復薬をブンブンと振り回している。完全に私の幻惑スキルに惑わされていた。
彼女が私を解放した瞬間に、自分の足に刺さっているナイフを引き抜いた。
痛みに顔を歪ませながらも、袋の中からもう一個の回復薬を取り出して、自分の足に振りかけた。すると傷口がきれいに塞がり、痛みまで消えていく。
「それにしても、軽すぎやしないか? いくらなんでもこれは……」
私は立ち上がり、急いで走り出した。穴から飛び出す瞬間、後ろを振り返ると、アサシンは手に持つ回復薬を地面に放り投げていた。
いけない! ああやって一度、幻惑からその身を遠ざけると、効果が薄れる!
「なっ!? これは幻術!? あのガキ、ぶっ殺す!!」
背後から殺気が膨れ上がるのを感じながら、私は一気に地面まで飛び降りた。体育館のような広さの開けた空間を見渡し、人がすっぽりと隠れられそうな窪みに身を隠した。
(スキル、『気配断ち!』)
その直後、アサシンの女性も横穴から一気に飛び降りてきた。
綺麗に着地をすると、辺りを見ながら私を探している。
「どこ行った!? もう先に進んじまったか……?」
私は両手を握りしめて強く祈る。
次に見つかったら、確実に殺される……
「いや、すぐに後を追ったんだ。まだこの辺りに隠れているね」
ドキンドキンと心臓が飛び出しそうになる。この心音が聞こえちゃうんじゃないかってくらいに、大きく高鳴っていた。
「スキル、『サーチ!』」
アサシンが何かのスキルを発動させた。すると、波のような空気の振動が私を突き抜け、この空間全域に広がっていった。
私は息を止める。目も瞑る。ただ見つからない事を、小刻みに震えながら必死に祈った。
「…………」
何も聞こえない。
沈黙が続いていた。
「……反応なしか。と言う事は、一直線に外へ向かったみたいね」
そう言って、アサシンは出口に向かって走っていた。
恐らく、彼女のスキルよりも、私の『気配断ち』の方が判定勝ちしたんだと思う。
けど私は、しばらくの間そこから動くことができなかった。腰が抜けたと言っても過言じゃない。下半身に力が入らなかった。
怖かった。すっごく怖くて涙が流れていた。殺される事にビビってられないって覚悟を決めたけど、この怖さは想像以上だわ……
私は約、30分以上はそこに身を隠していた。もちろん、切れそうになる『気配断ち』を上乗せして効果を維持しながら……
そうして、ようやく気持ちが落ち着いてから立ち上がり、ゆっくりと出口に向かって歩みだした。
まだ彼女がこの洞窟に潜んでいる可能性はゼロじゃない。じっくりと、ゆっくりと、進んでいく。この目で確認しながら、どんな小さな音も聞き逃さないようにしながら。そして、彼女の気配を敏感に探りながら……
私はようやく洞窟の入り口が見える所まで進んで来た。だがそこで人の気配を感じた。
姿は見えない。けど、入り口付近で誰かの気配がする。
私は、近くの岩と岩が重なって、エレベーターの扉のようになっている所にジャンプで上から飛び込んだ。その場所からジッとして、気配をうかがう。
すると、波のような空気の振動が再び私を突き抜けていった。あのアサシンが探知に使う、『サーチ』というスキルだ! 大丈夫、私のスキルの方がレベル的に上だと言う事は証明されている!
「くそ! やっぱり反応なしか。あのガキがまだ洞窟内にいるのは間違いないのに……」
声が聞こえた。あのアサシンの声だ。やっぱり近くにいる私に気付いてはいない。けど、なんで私が洞窟内にいるって断定したんだろう……?
そっか、ここは海の近くの洞窟。もしも今、潮が引いている状況なら、外へ出れば足跡が残る。それがないから私がまだ中にいるって気づいたんだわ!
私は仕方なく、この岩場に隠れながら彼女が諦めるのを待つことになった……
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一体何時間この場所に隠れ続けているんだろう。手帳から時間を確認すると、もう17時を過ぎていた。
朝の9時近くにこの洞窟へ侵入したので、大体8時間はここで我慢比べをしている事になる。
「スキル、『サーチ!』」
アサシンは何度かスキルを使って私を探していた。もちろん私は、気配断ちの効果が切れないように上乗せしている。
蛇のようにしつこいアサシンが入り口からどかない以上、私がここを出る事はできない……そんな焦りと不安が募っている現状だけど、問題はもう一つあった。それは、大量に買い込んだ魔法薬を使い切ってしまったこと……
永遠と気配断ちを使い続けて、そのMPを回復するために使い続けた結果、この時刻を持って底を尽きてしまった。
それでもアサシンは未だ諦めない。私をここに拘束する事で、伝説の武器を勇者様に渡せないという結果になるからだろう。洞窟の外へ姿を隠し、私が出てくるのをずっと待ったり、洞窟の入り口付近をウロウロと行ったり来たりを繰り返したりしていた。
(スキル、『気配断ち……』)
魔法薬が尽きて、さらにはMPまで尽きてしまった。今のが最後のスキルになる。
再び焦りで心臓がドクドクと高鳴って来た。もう余裕はない。何かしら手を打たないと、彼女の探知スキルで見つかってしまう……
この際、思い切って彼女に戦いを挑んでみようか。そんな事も考察してみたが、この洞窟の通路は狭い上に足場が濡れている。素早さが最大の武器である私には条件が厳しすぎた。相手はアサシン。すでに何人か殺したと言っていた。そんな相手に、私が勝てる要素なんて微塵も無いように思えた。
私はまた、両手を合わせて固く結び、祈りをささげる。
この気配断ちの効果が続いているうちに、諦めますように……
切に、そう願った。
そうして数分が経ち、私を覆うスキルが消えていく。あとは……ただ祈るしか出来なかった……
「もう一度、探知してみるかぁ」
アサシンの言葉に、自分で血の気が引いていくのが分かった。
目を閉じ、息を止め、心を落ち着かせようと祈りを捧げる。
「スキル、『サーチ!』
波が広がり、そして私に到達した。
体がガタガタと震えて止まらない。
「……ク、クククク」
アサシンが笑い出した。待ち焦がれたといった感じの、狂気を含んだ笑い声。
むせ返りそうなほどの恐怖に、必死に息を止めて我慢をした。
ここまで来て終わりたくない。まだ何か手が残されているはず……
必死に自分に言い聞かせる。だが――
「みぃ~つけた!!」
不気味なほどに、ねっとりとした声が洞窟に響いた……




